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5 バレリアン視点
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バレリアンは自室で頭を抱えていた。
夜も更け、夜勤の使用人以外は全て使用人エリアに戻ってきている。廊下がざわざわと騒がしい。
食堂や談話室に向かう者たちが行き交っているのだろう。
公爵家で働き始めた頃、使用人に対する待遇が、今までの職場よりも段違いに良く、とても感動した。
勤務時間は詳細に把握され、衣食住は保証されている。
子供の保育施設や小さいながら学校まで完備されている。
こんな職場で働ける喜びで、浮かれてしまったのかもしれない。
元々城下町にある園芸店で働いていたが、そこを訪れる公爵家の庭師に引き抜かれ、見習いから始めることになった。
ペンタス公爵家は優秀な使用人が多いが、使用人を大切にするため退職者が少ない。
それ故、彼らは後継を育てるために、気に入った若者に声をかけるらしい。
運が良かったとしか言いようがない。
もちろん期待に応えるため、必死に仕事をしてきた。
それなのに。
バレリアンは先程の出来事を思い出し、羞恥で叫び出したくなる。
公爵令嬢の部屋で自慰をして果てた。
強制された事とはいえ、こんな事がこの先も続くのかと思うと絶望しかない。
三ヶ月前、月の綺麗な晩に、命を絶とうとする侍女を見つけた。
冷たい湖から慌てて引き上げ、上着を肩にかけてあげると、彼女は真っ直ぐこちらを見上げた。
木の根元に座る彼女の顔には影が落ち、表情はよく見えなかった。
彼女の声は震えていて、大粒の涙を零す姿は痛々しい。
なんとか励まそうと色々な話題を振り、話しかけ続けた。思いつく限り日常に近い他愛のない話題を選んだつもりだ。
月の明かりが頼りなくて、彼女の顔はより一層見えなくなっていたけれど、それでいいと思った。
泣き顔なんて見知らぬ男に見られたくないはずだ。
彼女は去り際「次に会う時」と言っていた。
だから、また会えるだろうと思った。
けれど翌日には湖に続く道が封鎖され、夜中に館を出たことが親方にバレて叱られた。
もう会えないのだろうか。
泣いている姿がちらついて、心配で堪らなかった。
仕事中、すれ違う侍女を見てしまう癖がついた。
歳の近い使用人仲間には女漁りだと冷やかされ、本気で心配してくれた者は、公爵家は男女交際が禁止されていると忠告してくれた。
そんなんじゃない。ただ心配なんだ。
自分は職場の待遇に満足していたけれど、見たところ育ちのいい高位の侍女のようだった。
もし彼女の泣いていた原因が、この公爵家にあるならば、話を聞いて相談相手くらいにはなれるかもしれない。
顔はよく見えなかった。だから、栗色の長い髪と栗色の瞳。それだけを頼りに捜した。
そんな中でリナリーに出会った。
彼女の容姿は捜している人と共通していたけれど、すぐに違うと気付いた。
リナリーは明るくて話をしていても楽しかった。
家族を養う為にずっと仕事ばかりしてきたから、男女交際の経験がなかった。
久しぶりに同年代の女性と接して、あっという間にリナリーとの恋に夢中になった。
隠れて続けていた逢瀬の中、興奮が抑えきれず情事に至ってしまった。
事の最中、突然現れた存在には血の気がひいた。
リナリーが驚き膣を絞めたから、初めての行為だったせいで、刺激に耐えられず彼女の中で果てた。
その一連を見てしまった第三者は、栗色の瞳を鋭くして睨みつけてくる。
怖い。
得体の知れない威圧感に圧倒され、リナリーは言葉を失い震えている。
こんな再会は想定していなかった。
彼女だ。
ずっと捜していた彼女だ。
怯えるリナリーを庇いながら謝罪を重ねたが、周囲の空気は冷えるばかりだった。そして彼女は名を呼ばれた。
ダリアお嬢様。
当然、雇い主である公爵の娘の名前くらいは記憶している。
彼女が?
あの日、湖で出会った人。
ずっと捜していた人。
眼前で怒りに満ちている、この人が?
華奢な令嬢はバレリアンとリナリーを張り倒し、その力は到底、令嬢の細腕で出たとは思えなかった。
それもこれもペンタス公爵家の特殊能力だったのだ。
何故、全てを得ている令嬢が、あんな場所で命を絶とうとした?
何故、泣いていた?
記憶違いをしているのだろうか。疑問は溢れて止まらない。
投獄されている間、殴られた痛みに耐え考え続けたが、答えは出なかった。
罰として彼女の遊び相手にされた。
情夫だと誰もが思ったが、当然バレリアンもそう認識した。
細い肩を震わせて泣いていた彼女は、実は性欲の強い好き者だったようだ。
バレリアンの落胆は止まらない。
冷やかす使用人仲間は妬みや憧憬を隠さないが、バレリアンだって十九の若さである。性欲もあり、盛んだ。
情夫を楽しもうと思えば出来るかもしれないと思った。
思い込もうとしていた。
けれど彼女には触れることが出来ない。
後々知ったが、公爵令嬢は王太子と婚約が決まっていたそうだ。
彼女は王太子のために身を汚す気はない。ただ、バレリアンの嫌がる反応を見て楽しんでいる。
こんな苛烈な性格をしていると知っていたら、絶対に心配なんてしなかった。
捜したりしなかった。そもそも、彼女を捜す過程でリナリーに出会ったのだから。
二度と、彼女には同情しない。
バレリアンは決意を固めながら、美貌に好奇心と欲を浮かべて艷やかに笑んでいたダリアを思い出す。
僅かに反応した自身のそれに気が付き、性的嗜好が歪みそうで落胆した。
夜も更け、夜勤の使用人以外は全て使用人エリアに戻ってきている。廊下がざわざわと騒がしい。
食堂や談話室に向かう者たちが行き交っているのだろう。
公爵家で働き始めた頃、使用人に対する待遇が、今までの職場よりも段違いに良く、とても感動した。
勤務時間は詳細に把握され、衣食住は保証されている。
子供の保育施設や小さいながら学校まで完備されている。
こんな職場で働ける喜びで、浮かれてしまったのかもしれない。
元々城下町にある園芸店で働いていたが、そこを訪れる公爵家の庭師に引き抜かれ、見習いから始めることになった。
ペンタス公爵家は優秀な使用人が多いが、使用人を大切にするため退職者が少ない。
それ故、彼らは後継を育てるために、気に入った若者に声をかけるらしい。
運が良かったとしか言いようがない。
もちろん期待に応えるため、必死に仕事をしてきた。
それなのに。
バレリアンは先程の出来事を思い出し、羞恥で叫び出したくなる。
公爵令嬢の部屋で自慰をして果てた。
強制された事とはいえ、こんな事がこの先も続くのかと思うと絶望しかない。
三ヶ月前、月の綺麗な晩に、命を絶とうとする侍女を見つけた。
冷たい湖から慌てて引き上げ、上着を肩にかけてあげると、彼女は真っ直ぐこちらを見上げた。
木の根元に座る彼女の顔には影が落ち、表情はよく見えなかった。
彼女の声は震えていて、大粒の涙を零す姿は痛々しい。
なんとか励まそうと色々な話題を振り、話しかけ続けた。思いつく限り日常に近い他愛のない話題を選んだつもりだ。
月の明かりが頼りなくて、彼女の顔はより一層見えなくなっていたけれど、それでいいと思った。
泣き顔なんて見知らぬ男に見られたくないはずだ。
彼女は去り際「次に会う時」と言っていた。
だから、また会えるだろうと思った。
けれど翌日には湖に続く道が封鎖され、夜中に館を出たことが親方にバレて叱られた。
もう会えないのだろうか。
泣いている姿がちらついて、心配で堪らなかった。
仕事中、すれ違う侍女を見てしまう癖がついた。
歳の近い使用人仲間には女漁りだと冷やかされ、本気で心配してくれた者は、公爵家は男女交際が禁止されていると忠告してくれた。
そんなんじゃない。ただ心配なんだ。
自分は職場の待遇に満足していたけれど、見たところ育ちのいい高位の侍女のようだった。
もし彼女の泣いていた原因が、この公爵家にあるならば、話を聞いて相談相手くらいにはなれるかもしれない。
顔はよく見えなかった。だから、栗色の長い髪と栗色の瞳。それだけを頼りに捜した。
そんな中でリナリーに出会った。
彼女の容姿は捜している人と共通していたけれど、すぐに違うと気付いた。
リナリーは明るくて話をしていても楽しかった。
家族を養う為にずっと仕事ばかりしてきたから、男女交際の経験がなかった。
久しぶりに同年代の女性と接して、あっという間にリナリーとの恋に夢中になった。
隠れて続けていた逢瀬の中、興奮が抑えきれず情事に至ってしまった。
事の最中、突然現れた存在には血の気がひいた。
リナリーが驚き膣を絞めたから、初めての行為だったせいで、刺激に耐えられず彼女の中で果てた。
その一連を見てしまった第三者は、栗色の瞳を鋭くして睨みつけてくる。
怖い。
得体の知れない威圧感に圧倒され、リナリーは言葉を失い震えている。
こんな再会は想定していなかった。
彼女だ。
ずっと捜していた彼女だ。
怯えるリナリーを庇いながら謝罪を重ねたが、周囲の空気は冷えるばかりだった。そして彼女は名を呼ばれた。
ダリアお嬢様。
当然、雇い主である公爵の娘の名前くらいは記憶している。
彼女が?
あの日、湖で出会った人。
ずっと捜していた人。
眼前で怒りに満ちている、この人が?
華奢な令嬢はバレリアンとリナリーを張り倒し、その力は到底、令嬢の細腕で出たとは思えなかった。
それもこれもペンタス公爵家の特殊能力だったのだ。
何故、全てを得ている令嬢が、あんな場所で命を絶とうとした?
何故、泣いていた?
記憶違いをしているのだろうか。疑問は溢れて止まらない。
投獄されている間、殴られた痛みに耐え考え続けたが、答えは出なかった。
罰として彼女の遊び相手にされた。
情夫だと誰もが思ったが、当然バレリアンもそう認識した。
細い肩を震わせて泣いていた彼女は、実は性欲の強い好き者だったようだ。
バレリアンの落胆は止まらない。
冷やかす使用人仲間は妬みや憧憬を隠さないが、バレリアンだって十九の若さである。性欲もあり、盛んだ。
情夫を楽しもうと思えば出来るかもしれないと思った。
思い込もうとしていた。
けれど彼女には触れることが出来ない。
後々知ったが、公爵令嬢は王太子と婚約が決まっていたそうだ。
彼女は王太子のために身を汚す気はない。ただ、バレリアンの嫌がる反応を見て楽しんでいる。
こんな苛烈な性格をしていると知っていたら、絶対に心配なんてしなかった。
捜したりしなかった。そもそも、彼女を捜す過程でリナリーに出会ったのだから。
二度と、彼女には同情しない。
バレリアンは決意を固めながら、美貌に好奇心と欲を浮かべて艷やかに笑んでいたダリアを思い出す。
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