ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第112話 都合のいい女とは

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昼間の時間帯にもかかわらず、暗灰色の雲が空を覆い、夜のように暗い世界が広がっている。
生暖かい風が吹き、海上に巨大な渦潮が不規則に発生していた。
時間が静止した世界の中、ペンギンが握ってきた指揮棒を右手から左手へ移してしまったことが原因で、旗艦ポラリスは深刻なダメージを負ってしまった。
ペンギンの話しによると、船はまもなく海に沈んでしまう状況になっているとのことだ。
ポラリスが沈没を回避するためには、海面に無限の浮力効果を生み出す緋色のスキル『フロート』の効果を利用するしかない。
8km先で航行不能に陥っている軍船に乗船している緋色を含む300名の漂流者達を救出するため、ペンギンが最適ルートを割り出した。

現在ポラリスは、直径3kmほどある渦潮の外殻へ進入していた。
潮に乗り、一気に加速していく。
船体全体から悲鳴のようなきしみ音が聞こえて始めてくる。
私は海に落ちないように甲板の手摺りに掴まっており、もう一方の手でポラリスを操舵しているペンギンを抱きかかえていた。

渦潮は海面に水位差が生じると発生し、その高低差が大きいほど渦潮の規模も大きくなり、比例して回転力が強くなる。
ペンギンが思い描いたシュミレーション通り、ポラリスは、その潮から生みだされるモーメント力を利用して加速していた。
ここで得たる推進力を利用し、8km先で航行不能に陥っている軍船まで一気に接近するつもりなのかしら。
ポラリスは、潮に乗りながら海水面が深く下がる渦の中心方向へ大きく傾いており、横方向にかかる重力の負荷が、少しずつ強くなっていく。
甲板には海水が怒涛の勢いで流れこんできており、不規則に揺れていた。
ポラリスから聞こえてくるきしみ音が大きくなる。
船体が壊れるのではないかと心配になり、心臓の鼓動が速くなっていた。
抱きかかえているペンギンを見ると、何故かドヤ顔をつくりながら、まったく興味がない講釈を始めてきた。


「三華月様。心配のご様子ですね。」
「はい。ポラリスが壊れないかと思い、心臓がドキドキしております。」
「心臓がドキドキですか。まさにこれは、吊り橋効果が働いている状況になっていると言えるでしょう。」
「恐怖や心配により心臓の鼓動が速くなると、人の脳が恋愛感情ではないかと勘違いしてしまい、近くにいる異性が好きなる効果のことですか。」
「異性に縁がない三華月様にとっては、どうでもいい話しをしてしまいました。」
「ペンギンさん。そんなどうでもいい話しは放っておいて、ここはポラリスの操舵に集中願います。」
「安心して下さい。風が気圧の差から生み出されるメカニズムについて理解し、大気の気圧を正確に読みとっております。つまり私には、これから吹いてくる風を捕らえ、渦潮から脱出する道筋が明確に見えています。」


海が嵐のようになっている状況下で、知識をひけらかすような行為はするべきではないだろ。
とはいうものの、最古AIにして参賢者の一角であるペンギンがドヤ顔をキープしている姿は、心強く感じる。
そのペンギンが更に気持ち良さそうに講釈を続けてきていた。


「三華月様。船は海に沈んでいるほど推進力を失ってしまいます。」
「何が言いたいのでしょうか。」
「はい。逆に言えば、海面から船が跳ねた状態になる時こそが、最も前に進むことが出来るタイミングとなるわけです。」
「ペンギンさんには、ポラリスが海面から跳ねた瞬間に吹いてくる風を捕える未来が見えていると言っているのですか。」
「YES。現状は、渦潮から脱出するシュミレーションどおりの流れです。」


ペンギンの目が大きく開いたタイミングでポラリスが大きく海から跳ねた。
そして、予言通り強い風が吹いてきたのだ。
ドヤ顔を継続しているペンギンが指揮棒を小刻みに振るっている。
風の力により推進力を得たポラリスが、渦潮の流れからコースアウトをしようと海面を滑るようにスライドし始めていた。
スピードに乗って渦潮の外殻からスムーズに脱出していく。
そして、帆をたたみ荒波を進んでいくポラリスは徐々に推進力を失っていた。
渦潮から脱出できたものの、潮の流れに身を委ねる状態になってしまったのだ。
予告どおり風を捕らえて渦潮から脱出し3km進んだ結果については、さすが最古のAIである。
だが、渦潮からのモーメント力で軍船まで一気に辿り着けなかったのは、ペンギンは計算ミスをしてしまったのかもしれない。


「ペンギンさん。ポラリスは無事に渦潮から脱出することに成功したものの、軍船まではまだ距離があるようです。」
「はい。何か気になることでもあるのでしょうか。」
「いや何。渦潮で得た推進力により、軍船の元まで一気に突き進むプランだと思っていたもので。」
「三華月様は、私が計算ミスをしたと疑っているわけですね。」
「はい。正直に言ってください。」
「私は三華月様へ、一気に軍船まで走りきるなんて言った覚えはありませんよ。」
「確かに聞いた覚えはありませんが、凄いドヤ顔をされていたのでてっきりそうなのかなと思ってしまいました。」


抱きかかえているペンギンが、こちらを見上げてきた。
何故か瞳がキラリと光っている。
ブチ切れる前兆ではない。
何か、ワクワクとした目をしている。
首を左右に振りながらやれやれみたいな感じで、大きくため息をついた。
その時である。
ペンギンが、突然、これまでにない迫力で一喝してきた。


「―――――海をなめてんじゃねぇぞ!」


海をなめるなとは、初めて船に乗った若者が悪ふざけをしている際に漁師が一喝する時に使用する言葉のはず。
このタイミングで言うのはしっくりこない。
そしてペンギンを見ると、言いたいことだけ言って満足そうな表情をしていた。
もしかしてだが…


「ペンギンさん。とても達成感に満ちた顔をされているようですが、何かいい事でもあったのでしょうか。」
「はい。以前から『海をなめてんじゃねぇぞ。』と言ってみたいなと思っておりましたもので。」
「今それが言えたので、とても満足されているのですか。」
「私にも死ぬまでに、やりたいことリストがありまして。」


私は、ペンギンのストレス解消のための道具扱いにされているということか。
気がつくと、帆をたたんで波に身を任せているポラリスが再び加速していた。
ポラリスはが、新たな大型の渦潮に引き摺り込まれようとしている。
ペンギンの冷静な様子を見ると、これも計算済みのようだ。
その後、ペンギンの神業的な操舵技術により、くそ迷惑なうんちくを聞かされながら、ポラリスは無事にラーの軍船へたどり着く事が出来た。
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