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ソロとシェバの王女の物語
しおりを挟む久々に着飾った、その日の昼下がり。
人払いをした王の執務室で私はソロと向かい合って座っていた。
「私は、あなたを疑っています」
「セ、セイル……?」
陽の光がソロの顔を照らす。
あの日の夜、満更でもない様子で別れたのに、突然発した冷酷な言葉にソロは動揺を隠しきれていない様子だった。
その動揺に呆れられるほど余裕はなく、私は早口で言葉を並べ立てる。
「ですので、誓いを立てて欲しいのです」
「も、もちろん、出来る限り要求は飲もう。どんな誓いだ」
真面目な顔で即答するソロに、私は慎重に答えた。
「仮に……子が生まれたとして、それが男でも女でも決して、エレムの政治に巻き込まないでほしいのです。エレムの跡継ぎ争いは激しいものだと聞きますし、例えどんな状況に陥ったとしても、子の安全を保証してください」
「分かった」
言葉を紡ぐそばで、ソロは悩むことなく即答し、私は思わず顔をしかめる。
「そんな簡単に返事をするのですか?」
「……だめか?」
「まぁこちらとしては願ったり叶ったりですが……」
戸惑いげに顔を伏せると、ソロは身を乗り出してどこか嬉しそうに言った。
「一点杞憂があるとすれば、エレム国内でのセイルの評判が落ちないかだ」
私の評判が落ちないか心配だと言いながらーーなんでこの人はこんなに嬉しそうなんだ? と私は眉をひそめる。
肩を僅かに揺らしながらニコニコと微笑むソロに若干引きつつも、私は理性を保った。
「…………まぁ、外交がやりにくくなるのは困りますね」
「てことでだ!」
「……ん? てことで?」
「俺に良い考えがある!」
「はい?」
そわそわとし出す無礼な王に私は嫌な予感が胸を掠めた。
そしてその予感は当たり、ソロは嬉々としてこう言った。
「悲恋にしよう!」
「…………はぁ」
「何をそんな湿気た面をしている」
「いや、あまりにも嫌すぎて」
「いいか、セイルを守るための悲恋話だ!」
「……はいはい」
興味が無さそうにそっぽを向く私を見てもソロは「良いかセイル」と、まだ見ぬ希望を語る少年のように、盛大な身振り手振りと共に話し続けた。
「ソロとセイルは一目見たときから愛し合ったが、住む場所も違い、互いに国を背負う身であったから、共には生きることができない……だから! 何とかして繋がりを持ちたかった……と! お互いに望むものを差し出し合い、救い合い、互いに国を治める者同士として語り合いーー」
奴は、私が「それいいですね」と本気で言うと思って言っているのだから、恐ろしいものだ。
ソロの話を遮るように一言述べた。
「嬉しそうなのが腹立ちますね」
「嫌ならーー」
「嫌です」
私は即答した。
そんな話を流されたら最後、シェバの笑いものになってしまう。
額に手を当ててため息を付きながらソロに言った。
「そんなふざけた物語を創作するのなら、私が死んだ後にしてください」
「年齢でいったら俺の方が先に死んでしまう」
「またまた。未来はどうなるか分かりませんから」
「不気味なことを言うでない」
「……まだ子さえいないのです。そんなことあとで考えましょう」
「まぁ、それもそうだな」
ああ言えばこう言う。どこか懐かしい会話のテンポに、ソロは機嫌を悪くすることなく、あっさりと引き下がった。
その隙を見て私はソロに釘を刺す。
「あとナジュムの事ですがーー絶対に誰にも言わないでください。噂が流れた途端、宣戦布告と受け止めるとでも思っておいてください」
「分かった。この胸に留めておこう」
ソロは胸に手を当てて微笑む。
何だか緊張してきた私は、普段着ない重い衣服も相まって、ぎこちなくゆっくりと立ち上がる。
「では今夜からユージンとイフラスを……下がらせますので」
人知れずその手は震えていた。
強がることと強く見せることは違うと分かっていても、隠しきれていなかっただろう。
シェバの城を人知れず抜け出すのとは違う。
いわゆる、両親やシェバへの裏切りだと思われても仕方の無いことを、私は今からしようとしている。
ーー自分でも分からない。
本当にここまでする必要があるのか。
このまま生きていれば、どこぞの国かシェバの有力貴族から王配を迎え、跡継ぎを作り、シェバの安寧を維持することができる。
王配を迎えず、跡継ぎだけを……。
それがどれだけ危険な事か、私はもうきっと分かっている。
それでも迷いがない事が、シェバの王女として悲しくも悔しくも思うのだ。
そんな私を見てソロは優しい笑みを浮かべ、立ち上がった。
「セイル。俺はセイルよりも4つも歳上だ。怖がることは無い。何かあったら必ず守ろう」
「……感謝します」
「いいんだ。ほぼ俺のわがままだから」
最後扉を開ける時、私はふと振り向いた。
「もうひとつ、誓って欲しいことが」
「なんだ?」
そこに決して希望はないこと。
私は誰も愛さないことをーー奴にも私にも言い聞かせたかった。
「……子が出来ても、絶対に婚姻関係、愛妾の関係は結ばないことを、約束してください。私は誰のものにもなりません」
ソロはしばらく黙った。
口を閉じたまま俯き、心の整理をしているようだった。
そして数秒耐えたのち、私の目を見て微笑んだ。
「ああ、分かった」
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