星が語らなかった真実

藤沢はなび

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『記憶』

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 ミヤージュ歴1108年。

 ユリは飛び級で大学校を卒業し、アビヌの官僚見習いとして、寝る間も惜しんで働いていた。
 そして今日は科学技術の研究施設、ラミネスタの視察に来ていた。

 ユリが頻繁にラミネスタを訪れるのには二つの理由がある。
 一つ目は一番楽だから。
 慌ただしい日々の中で、ラミネスタはユリにとって息抜きの場であった。
 研究者は皆好奇心旺盛だから、ユリから質問をしなくとも聞きたいこと全てを話してくれる。
 ユリの分け隔てない気さくな性格は職人のような研究者たちをも虜にし、自然とそれはユリの強みにもなっていた。

 二つ目は気になる男性がいた。
 アビヌの研究者は基本はグループになって活動する。しかし、いつもひとりでいる青年がいたのだ。
 彼の名はチトセ・エル。ラミネスタの施設長からはとても優秀だと聞いていた。
 その青年はユリと同じ髪色をしていて、どこかプレアデスを感じさせない彫りの深い顔立ちをしている。
 まるで世の中全てを諦めているような、しかし諦めきれず常に不安を抱いているような、そんな表情をユリは青年から感じ取っていた。
 それは初めはただの好奇心。
 いつ見てもひとりである青年に、その理由を尋ねたかったのだ。



 昼下がり。ラミネスタの中庭。花壇に腰かけて一人で昼食をとる青年にユリは声をかける。
「ね、あなたはいつも1人ね」

 風が吹き、陽の光に照らされるユリの笑みに青年は内心とても動揺していた。
「あっ」
「いい、立たなくて。……隣、座ってもいい?」
「はい」
「名前は?」
「……チトセ・エルと申します」
「ん、チトセね。私はユリ・スターシャ。……まぁ知ってると思うけど」
 ユリは面白おかしく笑ったが、チトセはクスリとも笑わず、視線を下に向ける。
 皆自分を見れば笑顔で駆け寄ってくると自負していたユリは、そんなチトセに首を傾げる。

「あんまり人のこと好きじゃないの? 見かける度一人でいる気がして」
「……どうでしょうか。僕にもよく分かりません」
「ふーん……どうして、科学技術者になろうと?」
「え、一人になれるから……?」
 俯きながら大真面目に答えるチトセに、ユリは吹き出す。
「ふふっ。一人が好きなのね。でもとても優秀な人だって聞いた。沢山頑張ったんじゃない?」
「うーん頑張ったっていうより、気付いたら時間が過ぎていた……んです」
「好きなのね。機械たちが」
「まぁ、そんなもんだと思います」
「そっか、話してくれてありがとう。お邪魔してごめんね。また来る」
 ユリは微笑みかけたあと、颯爽と立ち上がりチトセに背を向けた。

 そしてユリは不意に振り向いて、無邪気に笑う。
「あ、今日は快晴らしいね! 綺麗な空よ」
 チトセは僅かに離れたユリと共に空を見上げる。

 そんなチトセを満足気に見やると
「じゃあね!」
 と、ユリは今度こそチトセに背を向けて去っていく。

 風になびく艶やかな長い髪が自分と同じ色をしていることに、チトセはこの時初めて気が付いた。




 それからユリは毎週のようにラミネスタを訪ねた。
 その度にチトセは会議に呼び出され、最初は面倒だと思っていたが、国に対する心意気やその信念をユリと交わすうちに、次第に尊敬の念を抱くようになる。

 ユリは自分と異なる意見を呈したチトセを排除せず、「そういうのもありね!」と柔軟な心を見せ、かつチトセがチーム内で肩身の狭い思いをしないよう、積極的に彼の言葉を採用した。
 こんな人が自分の国のトップだったら、己の運命も変わったのだろうかーーとチトセはふと有り得ぬ未来を想像する。
 情とも愛とも違う。
 ビリビリと痺れていくような、まるで最初から決められていたかのような、使命に似た感情はこの時芽生えた。


 そしてユリはいつも一人でいたチトセをカフェに誘い、様々なことを訊ねた。
 ラミネスタで何が流行っているのか、アビヌの変えるべき所はどこか、好きな食べ物は何か、行ってみたい場所はあるかーー
 政治的な質問からそれは徐々に個人的な質問へと変わる。

「ねぇ、そういえばチトセってアビヌの人? っていうかプレアデス系じゃないよね?」
「……いや、僕はプレアデス人だよ。もしかしたら祖先に別の惑星人が居たかもしれないけど」
 チトセは初めてユリに嘘をついた。
 恐る恐るその顔を覗き見るが、ユリがチトセを疑っている様子はない。
「顔立ちからよく言われるんだ」
「あーリオン系って?」
「そう」
 チトセが落ち込んでいるように見えたのかユリはにこっと微笑む。
「顔立ちなんて関係ないわ。大切なのは中身でしょ」
 そこに可憐な花が咲いたような暖かい心に、ただ胸が痛くなった。
 当のチトセは落ち込んでいるわけではなかったのだ。
「ありがとう」

 不安げな表情のチトセにユリは首を傾げた。



 ユリとチトセは付き合っているのでは? と言えるほどに親密だった。
 そういった噂も流れてはいたが、実際はそんな雰囲気は1ミリたりとも流れてはなかった。
 友人であり、同志であるとそう思っていた。少なくともユリは。

 周りが恋愛、結婚……と支え合う未来を選択していく中、ユリは自立をし懸命にアビヌの為に尽くした。
 それはこの国が好きだからという理由もあるが、私なら出来るという謎の自信もあった。

 そして待ち望んだその日が、ついに訪れる。
 投票によってユリがアビヌの大統領に選ばれたのだ。
 周りは祝福をしたが、ユリは喜ばなかった。
 未来はこれからだと知っていたからだ。

 そして、ユリは選ばれたその日、嬉々としてラミネスタへと足を運んだ。

「チトセ! やったわ!」
「おめでとうユリ」
 チトセはフーディエランという蝶の形をした花の花束を用意していた。
「わぁ!」
 ユリは花束を受け取ると「綺麗ね! ありがとう!」と無邪気に笑う。
 チトセはその表情に何故か泣きそうになる。

 ユリは花束を愛でながら、チトセはただひたすらにユリを見つめながら、
「それでなんだけど……ユリ」
「あのチトセーー」
「あっ」
「……あっいいよ、先言って」

 話を譲ったのはチトセの方だった。

「じゃあ失礼するわ」
 ユリはニコッと笑うと「私の秘書になってほしいの」とチトセの目を見て言った。
 チトセは息を飲み、手先から力が抜けていくのが分かった。
「秘書……」

「もちろん、技術者を続けながらで構わない。でもそばにいてほしいの。あなたの斬新なアイデアで、これからも私を助けて欲しい」
「……あ」
「報酬は今まで以上よ!」
「あの、ユリ……考えさせて、ほしい」

 複雑そうな面持ちを従えるチトセを、ユリは不思議そうに見つめる。
「ごめんなさい、嫌だった? あの、嫌だったら全然断っていいのよ?」
 チトセは動かない口角を必死に上げた。
「ううん、ちょっと色々あって……」
「そうなの? それで、チトセの話って?」
「いや……忘れちゃった、かも」
「えーなにそれ」

 ユリは笑っていた。
 フーディエランの花言葉の意味も知らずに。




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