星が語らなかった真実

藤沢はなび

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最後から2番目

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 ゆっくりと赤黒く砕け散っていく惑星の悲惨さに、膝から崩れ落ちた。
 私の愛する人は、あの惑星から逃げ出すことはできたのか。それは誰も知らない。
 こぼれ落ちていく涙と共に手を合わせて祈っていた。
 私を置いてどこで幸せになっていてもいい。
 生きてさえいるならば……どうか、と。





 ミヤージュ歴1123年。
 今はもう亡きプレアデスのナンバー2であり、その惑星のアビヌ国の元首相のユリ・スターシャは、新たな地で薄紅色の花を愛でていた。
 ユリが住まう惑星スタルベスの小国ナジュムは、プレアデスの地と風景がよく似ていた。
 そのせいか、稀に心が苦しく疼くことがあった。
 リオンとの戦争で失われた故郷の惑星を思い出すのだ。
 別の戦争に首を突っ込んだせいで始まったあの戦争。
 歴史上最も無意味で最も犠牲者が出た戦だと、そうナジュムの教科書には載っていた。
 敵も味方も失った命は数しれず、ユリにとっては何万文字あっても足りないほどの記憶だったが、教科書に綴られたのはたった三行。
 日々微笑みを取り繕うことはできても、心の中は穏やかではいられなかった。

 しかしユリの一番の気がかりは、ずっとそばで支えてくれた友人ーーチトセ・エルの行方だった。
 ユリが逃亡先にこのナジュムを選んでから、5度目の夏が訪れようとしている。
 広い邸宅に一人で住み続け、縁談は全て断り、毎夜プレアデスの今はもう亡き光に祈った。

 プレアデスの失ったものの全ての責任を私が引き受け、一生を孤独に生きましょう。
 私はこの先幸せになれなくてもいい。
 だから、どうかーーと。




 暖かい陽の光がユリの銀髪を一層と輝かせる。
 ユリは小さな庭園の花壇の枠に腰掛け、疲れが垣間見える真顔で愛らしい花を見つめている。
「あ、いた。ユリ!」
 酷く焦った表情の、ユリのプレアデス時代からの秘書であるカオナ・トゥールがこちらに向かって駆けてきた。

「ん? どうしたの? そんなに焦って」
 花からひと時も視線を逸らさないユリにカオナは「もう!」とユリの頬を両手で抑え、自分の方に向けた。
「リオンの奴らが、視察に来るって! プレアデス人にも挨拶したいって」
「……そう?」
「……そう、って憎くないの!? 私は絶対断るべきだと思う」
「新たな火種を生みかねないからね、まぁ私が対応するわ」
「え! 絶対良くない! どうするの、奴隷にでもって」
「大丈夫。命にかえてもプレアデス人は守るから」

 ユリはカオナの手を優しく払うと颯爽と立ち上がり、その時に揺れるユリの豊かな銀髪にカオナは一瞬だけ視線を奪われる。
 がすぐにユリに意識を戻した。
「だめ、私も行く。昔リオンに連れ去られそうになった事あるじゃない」
「……確かに、そんなこともあったわね。でももう随分昔のことだから心配しなくてもいいのに。……で、いつ来るの?」
「3時間後」
「は3時間後!? ちょっとすぐじゃない!」
 今まで余裕に真顔を取り繕っていたユリは慌てて緑の小道を駆け抜け、邸宅へと帰っていく。

 そしてアビヌ国の正装に着替え、ナジュムの官僚に連絡を取り、面会の場を設けてもらおうとしたが、ナジュムからの連絡は
「ユリ、なんか、この邸宅で会いたいって」
「……え? なんで?」
「分からない。でも、ナジュムも怪しんでるみたいで、どんな会話だったか報告をするように……って」
「そ、そう」
 てっきり公式な場だと思っていたユリは拍子抜けした、のと同時に警戒した。

 リオンは非常に好戦的な種族だ。
 戦争が終わったあとも後腐れなく良好な関係を持ちやすいが、その分戦争を起こすハードルがとてつもなく低い。
 現にプレアデスはリオンとの戦争に既に負けて、跡形もなく惑星も消された。
 とすると、このスタルベスに関する話になるということは推察できるが。

 ユリは久々に緊張した面持ちでそわそわと広い邸宅内を歩き回る。
 夕陽が部屋の中をオレンジ色に染めていく頃、邸宅内にベルが鳴り響き、客人が訪れたことを知らせた。
 ユリとカオナは顔を見合わせ、ユリが意を決して玄関に向かって歩こうとすると、カオナが慌ててそれを止める。
「ユリは奥で待ってて。私が先に出る」
「んーまぁ、そんなことだろうと思ったわ」

 ユリは観葉植物の影に隠れ、玄関を見守った。
 カオナは酷く警戒しながら玄関扉を開ける。
 ユリはその後ろ姿しか見えず、誰が来たのかも分からなかった。

 ただひと言
「……え?」
 というカオナの腑抜けた声だけが邸宅内に響く。
 ユリは単純な興味本位で観葉植物から顔だけを出し、その姿を確認したーー。

「えーー?」

 カオナの前に立っていたのは、リオンの正装をまとっているチトセだった。
 開けた扉の奥からオレンジ色の光が差し込み、彼を照らし始める。
「ユリ……」
 光に包まれながら、チトセは微笑んだ。
 最後別れた時の、あの涙ながらの微笑みではなく、共にアビヌで過ごしていた時の穏やかな日常の中での笑みを、浮かべていた。

 じわじわと込み上げてくる涙にユリは膝から崩れ落ちそうになるが、その手前でふと重要な事に気付き、血の気が引いていくのが分かった。

「ね、何故リオンの正装服を着てるの?」

「あっ……」
 徐々に笑顔が消えていくユリに焦ったカオナは「何があったのか分からないけど、とりあえず中に入りましょ? ね?」とチトセの腕を引っ張り家の中に引き入れる。
「すごい、身長伸びました? 私の記憶だと冴えない感じだったのに、何か凄くかっこよくーー」
「ね! なぜ!」

 ユリはチトセを引っ張るカオナの手を強く払った。

「どうしてあなたが……リオン側にいるのかと、そう聞いてるの」

 リオンが憎いと、そう心から叫んでいるような、そんな静かな掠れ声だった。
 ユリはリオンを恨んでいないと思っていたカオナ。驚いて言葉も出なかった。
 しかし心の奥底では違ったのだと、ユリの険しい表情を見て気付く。

 あぁそれもそうだ。
 裏切り、スパイ、暗殺、誘拐、と稀に見る残酷な戦争だった。
 ユリの同僚や、彼女と仲の良かった人達は次々と殺されていった。
 納得できる理由などひとつもなく、その度に当時ユリが影で泣いていたことも、カオナは知っていた。
 普段は穏やかに笑っていても、本当の気持ちなど誰も分からない。

 カオナは恐る恐る、ユリに睨まれるチトセの表情を覗き見る。
 口を閉じたまま俯き、ユリの心情を全て受け止めようとしているようにも見えた。
 リオンを憎んでるカオナにとっても、チトセは共にユリを支え続けた同志。
 あんなに好きだと言っていたユリに詰められるチトセに少しばかり同情してしまったのは確かだ。
「ねぇユリ。ここで話すのもなんだから、応接間に連れていこう」
 カオナはユリを宥める。
「そうね……」

 ユリは深呼吸をしながら、二人を置いてひとり応接間へと向かった。

「げ、げんき?」
「あ、あぁ」
「まぁ、なら、良かった……。いや、良くないか」
「ごめん」

 ややぎこちない会話を交わしながら、二人もユリの後をついていった。


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