三途に焦がれて

藤沢はなび

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【1】運命の末路

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 その手に麻紐を握らせた。
 手は震え、涙はほろほろとこぼれ落ちていく。

 朝陽が窓から差し込み、疲れきった部屋に光をともした。
 悲しみと幸せの狭間に揺られていた。

 幼い頃からずっと信じ続けていたものが、縋ってきたものが、この手を離れた時だった。
 それも、最も見たくなかった方法で。

 壊れた心が壊れたままでも生きられる理由がそこにはあった。
 それは、彼女の全てを形成した。
 耐える全ての理由をくれた。
 人生に色を与えた。
 それを忘れようとすれば、彼女には何も残されていなかった。
 右も左も、天も地も、前も後ろも、全てがそれへの想いで溢れていたのだ。

 彼女ははじめから決めていた。
 それに人生を委ねながら生きることを。
 それがこの手から離れた時が、自らの寿命だと。
 そして彼女は寿命を全う出来たはずなのに、何故泣いているのだろうか。

 これから先、彼女を支える人は出ては来ないし、次不幸が訪れても、彼女には耐える理由が無い。
 今が一番いい時期だと分かっているはずだった。


 結局は幸せにはなれなかった事実に打ちひしがれているのだろうか。
 たった一度の死、こんな悲しみの中旅立ちたくはないと思っているのだろうか。
 それとも、まだ未来を信じようとしているのか。

 未だ涙は止まらない。
 もう彼女の涙を拭ってくれる人はどこにも居ない。
 彼女を抱きしめる人も、守る人も、生きる僅かな理由になり得る人も、もういない。
 これから先も決して現れない。

 全て幻だったのだ。
 彼女は幸せのしのじも知らなかった。
 ただ、他人の幸せを借りてその感情を真似てみたにすぎなかった。
 まともに生きる事の出来なかった人生の中で、狂った振りをして自分を保っていたにすぎなかった。
 本当はいつだってこうやって悲しみに溺れていたかったのだろう。

 そうやって彼女は命日を迎える。
 涙を流しながら、胸を震わせながら、後悔と孤独にまみれながら、救われなかった世界から救いの見えない世界へと旅立つ。


 くだらない理由だとあざ笑っていいだろうか。
 あんなにも死に夢を見ていた、焦がれていた女の運命は実に滑稽なものだった。

 



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