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本編
砂漠の女王が語る葛藤と真実
しおりを挟むあの日ユージンから刃を向けられた時、絶望と一言で片付けるには足りない程の衝撃を感じた。
もう、死んでもいいと思った。
生きる価値などないから、こうやって刃を向けられたのだろうと。
しかし、ユージンは私を殺してはくれなかった。
必死に自分を保ち、周りを見ているようで自分しか見えていなかった。
無責任だろう。もう生きたくないと心の底で叫びながら、私は国を守ると言いながら、それを捨てて逃げた。
ナジュムが私の目の前に現れなければ、私は女王として保っていられなかった。
彼は私から女王としての責任を奪っていったが、その罪悪感までは奪ってはくれなかった。
彼を守りたいと思う度に民の顔が浮かんだのだ。
そして、もう全てを終わりにしたいという気持ちも同時に育っていった。
ユリウスを守らねば、皆を、皆を国を守らねば……その思いが強まるごとに目の前の景色は非情にも赤黒く染まっていく。
しかしナジュムという一筋の光が私を生きながらえさせた。
神は無責任だ。
私をこの豊かな国の女王に選び、そして私から国を奪ったあとで、たった一人の、かけがえのない光を与えた。
どれほど悩み苦しんだか。そしてどれほど救われたか。
20歳で即位してからというもの、今は亡き母に抱き締められた温もりと、今は亡き父と語り合った胸の高鳴りに飢えていた。
ユリウスに愛情を注ぎながら女王としての務めを果たし、孤独と戦いながら休むこと無く動いてきた身体を預けられたらと、そう心から願った人が、とてつもない絶望の後に現れた光を目にした時の、その絶望が誰に分かるだろう。
ナジュムと過ごすうちに絶望は希望へと変わろうとしていたこと。それは私に葛藤を与えたこと。
自らを呪いたくなる程の景色を目にする時はいつも彼が傍に居て、温もりを与えてくれたこと。
私は何一つとして与えることが出来ないのに、その優しさを疑いたくても疑えなかったこと。
彼だけは違うのではないか。彼だけは私を分かってくれるのではないか。
そんな醜く縋り付くような想いを抱いていた。
互いに愛した景色が運命に汚されていく度に、彼の表情には悲しい影が走っていくのに、それを知っていても私は最後の最後まで彼を手放すことを躊躇っていた。
愚かだと思う。私も、ナジュムも。
少年に初めて会った時の、これから訪れる運命も知らずに、無邪気に川沿いに咲く花を求めて走り回っていた少女はもう居ない。
少年が惹かれた少女は居ない。呪いを解く花など、あるわけがない。
それなのにどうして、傍に居たいと言ったのか。
好きだと、言ったのか。
"愛してる"と、そう言ったのだろうか。
私には彼の本当の気持ちが分からない。
なぜ、あの時あの場面であの言葉を紡いだのか、私はきっとナジュムが思うほど綺麗な人ではない。
身分差ゆえに、本当は何かを企んでいたのかもしれないし、立場を狙っていたのかもしれないと思わなくもなかった。けれど、それでも良いと思えた私の心を誰か知って欲しい。
ナジュムの言葉や行動が嘘か真実かだなんて、本当は関係無かった。
私が信じれば、それは私の中で真実になるのだから。
あなたがそう言うのであれば、そうなのだろう。
あなたが幸せで、健やかであれば、それだけでいい。
それだけで私は、今まで信じることができたのだから。
あなたが孤独だろうとそうでなかろうと、何を抱えていようと、何も抱えていまいと、私の目に映る今のあなたが一番大切なのだと。
自分でもこの感情を制御することが出来なかった。
幼い頃から何度も何度も繰り返し考えてきたことだ。
愛されたいと望んだ事を悔やみはしないけれど、例え愛されていなかったとしても、あなたがそれでよいなら、私もそれがよいのだと。
私と目を合わせることであなたが悲しい思いをするのなら、私は永遠の別れを望むかもしれないけれど、私は一生を終える最期まであなたの優しさや微笑みを忘れないだろうと。
私はこれから死を目前にしたとしても抗わず、それを喜んで受け入れるだろう。
生まれ変わってもナジュムにまた会いたいと願えば、神は叶えてくださるだろうか。
――しかしふとそう思うそばで気付いてしまった。
生まれ変わった私とナジュムでは意味が無いと。
例え生まれ変わって性別や立場や人生を変えて出会ったとしても、もう優しく勇敢なナジュムに会うことが出来ない事が、こんなにも辛く寂しいこととは知らなかった。
それでもお互いが笑い合える人生が交差する時が訪れるのならば、私はきっとナジュムを思い出すだろう。
彼の笑顔、涙、怒り、喜び、その全てを思い出したいと願うのだ。
私が生まれ育ったシェバの国は豊かでとても美しかった。
そんな美しい国の王として生まれてきた事を誇りに思う。それはきっと最期まで変わらない。
この国を照らす光だと崇められていた頃は、強くなければ意味が無いと思っていた。
この美しい国や尊い民、そして大切な人を守れるほどの絶大な強さを持たなければと。
父も母もいない。いるのは守るべき小さすぎる命。
強くなければ意味が無い。
何かを守ると決めたからには、自分を犠牲にしてでも守り通すと。
それが私の務めだと。
でも本当に必要だったのは、強さではなく、弱さを共有して皆と共に乗り越えることだったのかもしれないと、彼と再会した時にふと頭を過ぎった。
素直に想いを伝え、王として得られる最大限の穏やかな日常を求めることが出来ていたら、何か変わっていただろうか。
時には感情をあらわにし、自分に向けた怒りや恨みの矛先を正当な誰かに向けることが出来ていたら、このように自分を追い詰める事もなかったのだろうか。
でも地獄のように嵌まり続ける沼から抜け出せる思考があったとしても、私は私の信念と尊厳を守る為に、きっと自分を責めることを選択しただろう。
でももし、私をただのセイルとして見てくれる誰かが傍に居てくれていたら違ったのだろうか。
そのような人と出会い、共に過ごすことが出来たら、きっと魔法のように全てが変わっていたのだろうか。
川沿いに咲く花など見つけ出せなくとも、笑い合う事が出来ただろうか。
――例えば、それがナジュムだとして、
きっと、私は彼の存在を知る事が出来ただけで幸せだったのだと思う。
例え傍に置くことが出来なくとも、紙切れ1枚での繋がりだったとしても、そこから再び出会えた奇跡があって、抱き続けてきた感情の名前を私は知っている。
彼の微笑みは私の全てだ。
彼の言葉は私の心の支えだ。
彼の声は私の意志の源だ。
彼の意志の全てを守りたかったし、彼の涙全てを拭いたかった。
そして、ずっと会いたかった。
この美しい国であなたとずっと歩いていける夢を見ていた。
私は神に感謝してもしきれないほど、彼との出会いは私の魂を成長させた。
だから私は、私以外の誰も恨まず旅立ちたい。
全てが終わったあと、消えることの無い懺悔と想いだけが魂に刻まれるのだろうか。
例えナジュムやこの国が私を忘れたとしても、私は決して忘れたくない。
この想いを忘れたくなかった。
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