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事件簿1
猫ズ
しおりを挟む「待ってたよ~」
紀人は超高級家具店にでも売っていそうな茶革のソファに埋もれながら、不敵な笑みを浮かべ待っていた。
その胡散臭い姿に美琴は足を止めて、思わず眉をひそめた。
ーーあぁ戻ろうかな。
この先の未来、ろくな事が待っていないだろう。そんな不穏な予感が胸をよぎる。
そんな不穏を考えているのが分かったかのように、紀人は「こらこら。もう逃げられないよ」とまた調子よく笑う。
溜息をつきながらも美琴は正面のソファーに腰をかけた。
不快な革の匂いに思わずまた眉をしかめる。
「で、本当に私を雇ってくれるんですか?」
「もちろん」
「本当にあの時給ですか?」
「もちろん」
くそぅ。こんな胡散臭い笑顔を浮かべておいて嘘ひとつ付いていないことに、逆に腹が立ってきそうだ。
「ちなみになんだけど……」
紀人はそう言ったあと、真顔で美琴を見つめたまま急に黙り込む。
何か深刻なことを言われるのだろうか……身体を提供しろなんて言われたらどうしよう……だなんて考えながら美琴も紀人を見つめ返す。
「ち、ちなみに……?」
「美琴。君は目に見えないものは信じる?」
思わぬ言葉に、瞬きをしながら美琴は首を傾げた。
この人は一体何を言っているのだろうか。
これだけ散々自分の占い店に誘い、自分だって透視できるくせに、今更何を言っているのだろう。
しかし、数秒考えた末に美琴は素直にこう告げた。
「私は、信じません」
そういった途端、紀人は安堵したように目を細めて微笑んだ。
その迷いのない言い切る姿に、彼女の芯の強さを羨ましくも感じた。
「私は、目に見えているから信じてるだけで、見えないものは信じません。まずは見えるものから信じます」
「うん。そうだね。じゃあ、神の存在は?」
この人は宗教か何かの勧誘でもしているのか? と疑う心を押さえつけながら美琴は告げる。
「そんなの信じるわけないじゃないですか」
「何故?」
「何故って……。人々が傷つけ合っているのに成長を人質に傍観している存在を、私は神と……呼びたくありません」
「……それ、お客さんの前では言わないでね」
「なんでですか?」
「皆がみんな、君みたいに強いわけじゃない。君とか普通ならグレて闇堕ちしてもしてもおかしくないのに、それこそ僕から見たら神の加護でもあるんじゃないか、頭おかしいんじゃないか……って精神レベルだよ。みんな神に縋りたいんだ」
「ちょっと……何言ってるか分かりません」
「……ここに来る人達は基本的に神を信じてるし、目に見えるものよりも目に見えないものに縋り付きたい人だ。それだけ不安を抱えてる。それが良いとか悪いとかでは無くて、人それぞれ幸せになれる方を選んでるだけなんだけど。……んーまぁ、俺たちのことを神のように崇め奉ることもあるかもしれない。君の価値観とここに来る人の価値観が違った時、君がショックを受けてしまわないかだけ、それだけが気がかりだ」
紀人は美琴の人生を見つめながら、なるべく言葉を選んでいた。
視えてくる彼女の人生と現在の心は紀人の興味をそそるものだった。
しかし美琴自身が誰に対しても心を閉ざしているのか、深いところまでは簡単に見せてはくれない。
思わず好奇心から遠い未来を……と意識を向けようとしたが、グッと拳を握りしめ何とかこらえる。
美琴の方はここに来て初めて聞く、紀人のまともな言葉たちに呆気に取られていた。
「……気持ち悪がられないなら、いいです」
「ま、それは大丈夫だと思う! 君は本物だし! あぁー良かった。永田町の変な奴らに連れていかれなくて」
「はぁ」
永田町で真面目に働いている人達よりも、絶対紀人の方が変なやつであろうと、ここに来た者であれば誰もが感じるだろう。
「じゃあ早速明日からよろしくね!」
「え、はっ? 明日!? 早すぎじゃ」
美琴の突き刺すような語気も視線も、紀人には刺さらなかった。
「ニートなんだから~暇でしょ~」
そのくせっ毛をいじり倒す指を何とか出来る方法があるのなら、美琴は神を信じたいとさえ今思った。
「えっ、暇じゃないの?」
イラつき始める美琴が何だか猫のように可愛くて、紀人はわざと美琴を煽るように笑う。
そして紀人に嘘が通用しないと分かっている美琴は、シャーッと警戒する猫のような鋭い視線を紀人に向け、口を開く。
「はい、暇です」
「よし! じゃあ明日お昼の12時にここに来て」
美琴にわざとらしくウインクをすると紀人はソファーから立ち、受付の奥へと消えていった。
一方取り残された美琴。
ただ呆然と受付の奥を見つめる。
何か書類でも持ってくるのだろうか、とソファーに座りながら紀人を待つ。
「…………」
10分後。
紀人が来る気配も無ければ、物音ひとつさえ立たないこの状況。
もしや、私にこのまま帰れと言うことか?
しかし意地を張っていた美琴はソファーにのけぞりながらスマホを取りだし、まるで実家のように寛ぎ始めた。
「………」
更に20分後。
意地でも受付の奥に行って紀人に話しかけるような事をしたくなかった美琴はまだソファーにふんぞり返っていた。
そしてようやく僅かな足音と共に紀人が受付の奥から顔だけを出して、笑いを堪えるように真顔を決め込む。
「え? まだ居たの? もう帰って良かったのに……」
美琴は言葉を失う。
込み上げる怒りと共に感じるのは、腹立たしくも高揚感ーー。
分からない。知らない。
単純だが、こんな予想外の紀人の行動に腹立たしくも感動を覚えてしまう。
いや違う。
紀人の行動は単純に腹立たしい。
予想外だと思うこの状況に美琴は感動していた。
ーー私はきっとこの状況から離れることは出来ないのだろう。
腹立たしくもそう思ってしまった。
美琴はスマホを手に真顔でスっと立ち上がると、紀人に一礼をして店を出た。
紀人以外誰も居なくなった『猫ズ』
紀人は久々に大声を上げて笑っていた。
そして、彼女が感じたであろう "分からない" というその感情を少し羨ましくも思うのだった。
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