王族と奴隷剣士

七槻夏木

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邂逅

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それから三時間は歩いたか。眼鏡にかなう奴隷は未だに見つかっていない。そしてまた、もう何度目かの奴隷商の荷車を見つけた。ここでも奴隷は、足枷をはめられ荷車に繋がれていた。歳や性別は様々だが、いくらか女性が多く、いくらか十五より下が多いのは、どこも同じなようだ。数にして二十に満たないくらいか。皆、汚い麻の布を身に着けている。今までそうしてきたように、右から左へ一人ひとり目で追っていく。
途端。深海に吸い込まれるような錯覚に陥る。話にしか聞いたことのない海。その深い所が、なぜか思い起こされた。水の虚。それは、奴隷の少女の瞳だった。その少女の瞳を見た瞬間に、俺は海の底に引き込まれたのだった。
それから、きっと、俺は奴隷の少女に見惚れていたのだと思う。街道の真ん中で、短くない時間、見惚れていたのだと思う。恍惚の時間の中。
往来を行く人の肩がぶつかり、やっと我に返った。丁度そのとき、誰からか声をかけられた。
「若い旦那、入用ですかい」
いつの間にか、奴隷商が俺の前に立っていた。にやにやと気味の悪い笑みを浮かべ、口元をしきりに、クチャクチャと歪ましている。俺に営業しに来たらしかった。
「ああ。奴隷が一人欲しくて探しているのだが、何分初めてのことで勝手がわからな「おお。それは、それは。わたくしめでよければ、相談に乗りますぜ」
 奴隷商は、商機と睨んだのか、手をこねて口から黄色い歯を覗かせる。
「いや、いい。決めている。あの黒い髪をした女をくれ。その、左から二番目の、座っている」
「ああ、アイツですかい。へいよ。旦那、若いだけあって器量好みですな」
 奴隷商の返答を俺が無視すると、奴隷商は沈黙に耐えかねたという風に奴隷が繋がれている方へと向かい、指定した奴隷の女を引っ張ってきた。深海の瞳が、私を見つめる。私も彼女を見つめる。見つめて、互いに逸らさない。そこに言葉の介在はない。何秒視線を交錯させたか、奴隷商が女の頭をはたく。
「このバカが、お前の新しい主人だぞ。何を黙っているんだ」
男は、私の方に向き直ると継いだ。
「えへへ。すみませんね。礼儀も知らない阿呆でして」
俺は、また無視することにした。多分、少し俺は不機嫌だ。なぜだか、もう少し、彼女と見つめ合っていたかったから。そんな私の顔をみてか、男は浅黒い顔に、冷や汗をたたえた。そして、少女の身に着けていた布をいきなり捲り上げた。布の下は、全裸だった。人で賑わう真昼の道で、少女の裸体が晒される。少女の瞳が少し波打つのが分かった。奴隷商は汚れた太い指を彼女の足の付け根にゆっくりと這わすと、その花びらを、二本の指でぱっかり開く。もの珍しい光景に、人が集まって来る。先ほどより、少し大きく彼女の目が波打つ。
「ほら、きれいな色してるでしょう。ここも、礼儀も、旦那の躾次第なんつってなあ」
 奴隷商は、下卑た笑いを浮かべる。あまりにも醜悪だ。吐き気を催しすらする。ソコがきれいな色かどうかは、問題ではなかった。俺は別の場所に気を取られていた。彼女の左の胸の上。平べったい円柱の真ん中にぽっかりと穴が開いた様相をした焼き印。奴隷として帝国に認可される際に、等しく身体――左胸の上に焼き入れられるそれは、奴隷を縛る足枷を表すらしい。焼き印は、べっとりと絵の具を重ねたように黒々としており禍々しくあった。
「分かった。もういい。少し黙れ道化。その子に早く服を着せろ。変に目立ちたくない。」
 へぇ、と力なく返事をして、ピエロは少女に剥ぎ取った布を返した。奴隷の少女が、少し離れたところで服を着ているのを横目に見やり、少し声を抑え、商人に尋ねる。
「それで、いくらだ」
「金貨三十五枚、といったところでしょうか」
「アレの歳は」
「十八です」
 おかしな話だ。市場に疎い私でも、その値が法外に高いことは分かる。奴隷なぞ、せいぜい金貨にして十枚が相場。奴隷は若いほど値がつくというが、十八という歳は、平均より上のはずだ。
「金に糸目は付けんが、少し妙な額に思える。何か特別な理由があってか? もし、俺の装いから金を持っていそうで、素人だからと適当にふっかけたのなら、その時は赦免は無いよ、道化師」
 実際、腰の短刀と教養で習った剣技でこの場は制圧可能であるように思えるし、その後の処理も家の権力を用いれば、どうとでもなる。
 男は、顔を青くする。
「そんな、そんな。とんでもございませんよ。勿論、ちゃんと理由があってのことですぜ」
 無言で続きを促す。
「実は、アレは、極東との混血でございまして、ええ。希少価値が高いのですよ。加えて、奴隷に見合わない美貌ときた。ああいうのは、置いとくだけで店の宣伝にもなるもんで、私としても、生半可な値じゃ手放したくねぇわけです。これまでも、欲しいというお客は少なくなかったんですが、その度に、もっと高い値段をふっかけてきたんですわ。でも、コイツももう十八ですし、ここらで売っておきたいと考えましてね。これでも、譲歩したほうなんですぜ」
 さすがに、ピエロは芝居がかった話し方をする。しかし、話には、それなりに筋は通っていそうだ。
「その話、信じていいな?」
「ええ。それは、もう」
「この袋に、金貨が五十枚ある。釣りはいらない。取引の用意を進めてくれ」
 俺が簡素な契約書にサインをしている間に、奴隷商は、少女の足枷を外し、麻の服の上から、それよりは少し上等そうな羊毛のローブを着させていた。
「準備、できましたぜ。体は丈夫ですし、何の病気にもかかってないことは保証しやす。まあ、目の色が……少し気持ち悪い以外は、最高の奴隷ですよ」
「ほう。お前は、これを気持ち悪いと言うか」

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