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能力発現
梅雨入り Ⅸ
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でも、こうなることは、定めであったのかもしれない。私が、不可解な能力に憑かれてしまうことは、生まれた時から――私の名前が両親によって決められた時から必然であったのかもしれない。
名は体を表すという。それなら、私は誰にも愛されない。真梅雨。私の名前には、梅雨が入るから。常に梅雨入り。誰からも疎んじられる梅雨。だから、紫陽花が開花時期を六月に設定したのは大失敗。雨の日に咲いたって、誰も見てくれやしないのだから。六月に生まれたから、梅雨。七、八月に生まれていたら、夏。九から十一月なら、秋。十二から二月なら冬。三から五月なら春。
六月生まれの真梅雨。私は、誰にも愛されなかった。両親は、仕事とお金しか愛していない。産んだ子供に、梅雨なんて不吉な名前を適当につけて、後は、丸投げ。ご飯を一緒に食べたことなんて数えるほどだし、その時の会話は、主に成績の話。もちろん、運動会や参観日に来てくれたことなんてないし、私が愛姫に行く際も見送りなんてなかった。連絡のかわりに、毎月けた外れのお金が振り込まれるだけ。でも、二人を恨んでいるわけではない。歩み寄ろうという努力をしなかったのは、私も一緒だから。それに、別に親との関係なんて、まぁ、どうでもいい。
交友関係についても、苦労してきた。女子たちからは嫉妬され、男子たちからは、身体を舐めまわすような嫌な視線を受けてきた。中学まで、仲良くしてくれていた子たちも、私の病的なまでの完璧さに、いつも離れていってしまった。私の出自は、人を嫉妬させる。私の才能は、人を絶望させる。
こんなことなら、お金なんかいらなかった。才能なんていらなかった。私は、普通の生活を送りたかった。
その気になれば、交友関係なんて簡単に作れたと思う。運動や勉強だって制限して、普通の子みたいに振舞おうとしたら出来た。けれど、私は、そうはしなかった。別に、誰からも愛される必要性を感じなかったからだ。
だから、高校のクラスメートが、いい子たちばかりなのは大誤算だった。忙しない都心を離れ、彼女らと過ごしていると、私は普通の生活を送れるんじゃないかと勘違いしてしまった。一組で過ごしてきた一年ちょっとは、私の人生で一番満ち足りた時間だった。だから、勘違いしてしまった。私は、小崎真梅雨。幸せになっていい人間じゃなかったのだ。
何を思い上がっていたのだろう。私に、人並みの幸せなんて与えられるはずないのに。
こんなことなら、温かさなんて知らなければよかった。
それならずっと、冷たい雨のままで。
考えているうちに、あんなに気持ちよかった直子の髪を梳く手が、何故だかとても怖くなってしまった。髪を通して、背中に優しさが悪寒となって伝わるような感覚。ゾワリとする。ぬくもりに対するアレルギーとも呼べるような拒否反応。
「やめて!」
私は振り向くこともなく、右手で直子を突き飛ばしていた。目を丸くして、こちらを見つめる直子。
「ごめん。その、違くて」
私は、謝った。私は、親切に髪を梳かしてくれるクラスメートを、あろうことか突き飛ばした。何故だろう。自分でも分からない。無意識だったが――無意識とは言え、これは、真梅雨の意志であったかもしれない。
ああ……。大切な友達を一人失ってしまった。
「真梅雨……」
咎めるでもなく、直子は、私の名前を呼んだ。それも、真梅雨の方を。直子は普段私のことを、姓で呼ぶ(京香以外全員そうで、私はその呼び方は気に入っていた)のだが、今回に限って名前で呼んだ。直子は本当に聡いから、何かを感じ取ったのだろう。私を、真梅雨と呼んだ。
我に返って、押し倒してしまった直子の身体を起こそうと手を伸ばす。直子は、私の手をそっと握り返す。身体を起こした直子は、思いっきり私を抱きしめた。
肩に回された腕から、直子の熱を感じる。ジンと熱くて、けれど、繊細な熱。怖い。嫌だ。私は、これを壊してしまいそう。耳元に、直子の呼気を感じる。温かくて安心できる。恐い。ダメだ。私の身には余る。心臓に、直子の心臓を感じる。穏やかな心音。落ち着く。不快だ。異物のように優しい。ずっと。ずっと、このままでいたい。嫌なのに、離れたいのに、さっきみたいに、突き放してやりたいのに。このままでいたい。
繭に包まれたような錯覚。母鳥の羽毛の幻想。
「何があったのですか」
「カエルを、二匹殺した」
嘘ではない言葉を返す。
「そう。私、カエルが死んでたの見ました。真梅雨さんが、あれを殺してしまったと?」
「うん。それで、それで……」
それ以上、言葉を続けることが出来ずに、代わりに、直子の腕の中で、子供のように泣いた。
なそんな私の背をさすりながら、直子が言った。
「今年の梅雨は、雨がたくさん降ってよかったですね。梅雨に、あまり雨が降らないと、何だか、不安になりますから」
名は体を表すという。それなら、私は誰にも愛されない。真梅雨。私の名前には、梅雨が入るから。常に梅雨入り。誰からも疎んじられる梅雨。だから、紫陽花が開花時期を六月に設定したのは大失敗。雨の日に咲いたって、誰も見てくれやしないのだから。六月に生まれたから、梅雨。七、八月に生まれていたら、夏。九から十一月なら、秋。十二から二月なら冬。三から五月なら春。
六月生まれの真梅雨。私は、誰にも愛されなかった。両親は、仕事とお金しか愛していない。産んだ子供に、梅雨なんて不吉な名前を適当につけて、後は、丸投げ。ご飯を一緒に食べたことなんて数えるほどだし、その時の会話は、主に成績の話。もちろん、運動会や参観日に来てくれたことなんてないし、私が愛姫に行く際も見送りなんてなかった。連絡のかわりに、毎月けた外れのお金が振り込まれるだけ。でも、二人を恨んでいるわけではない。歩み寄ろうという努力をしなかったのは、私も一緒だから。それに、別に親との関係なんて、まぁ、どうでもいい。
交友関係についても、苦労してきた。女子たちからは嫉妬され、男子たちからは、身体を舐めまわすような嫌な視線を受けてきた。中学まで、仲良くしてくれていた子たちも、私の病的なまでの完璧さに、いつも離れていってしまった。私の出自は、人を嫉妬させる。私の才能は、人を絶望させる。
こんなことなら、お金なんかいらなかった。才能なんていらなかった。私は、普通の生活を送りたかった。
その気になれば、交友関係なんて簡単に作れたと思う。運動や勉強だって制限して、普通の子みたいに振舞おうとしたら出来た。けれど、私は、そうはしなかった。別に、誰からも愛される必要性を感じなかったからだ。
だから、高校のクラスメートが、いい子たちばかりなのは大誤算だった。忙しない都心を離れ、彼女らと過ごしていると、私は普通の生活を送れるんじゃないかと勘違いしてしまった。一組で過ごしてきた一年ちょっとは、私の人生で一番満ち足りた時間だった。だから、勘違いしてしまった。私は、小崎真梅雨。幸せになっていい人間じゃなかったのだ。
何を思い上がっていたのだろう。私に、人並みの幸せなんて与えられるはずないのに。
こんなことなら、温かさなんて知らなければよかった。
それならずっと、冷たい雨のままで。
考えているうちに、あんなに気持ちよかった直子の髪を梳く手が、何故だかとても怖くなってしまった。髪を通して、背中に優しさが悪寒となって伝わるような感覚。ゾワリとする。ぬくもりに対するアレルギーとも呼べるような拒否反応。
「やめて!」
私は振り向くこともなく、右手で直子を突き飛ばしていた。目を丸くして、こちらを見つめる直子。
「ごめん。その、違くて」
私は、謝った。私は、親切に髪を梳かしてくれるクラスメートを、あろうことか突き飛ばした。何故だろう。自分でも分からない。無意識だったが――無意識とは言え、これは、真梅雨の意志であったかもしれない。
ああ……。大切な友達を一人失ってしまった。
「真梅雨……」
咎めるでもなく、直子は、私の名前を呼んだ。それも、真梅雨の方を。直子は普段私のことを、姓で呼ぶ(京香以外全員そうで、私はその呼び方は気に入っていた)のだが、今回に限って名前で呼んだ。直子は本当に聡いから、何かを感じ取ったのだろう。私を、真梅雨と呼んだ。
我に返って、押し倒してしまった直子の身体を起こそうと手を伸ばす。直子は、私の手をそっと握り返す。身体を起こした直子は、思いっきり私を抱きしめた。
肩に回された腕から、直子の熱を感じる。ジンと熱くて、けれど、繊細な熱。怖い。嫌だ。私は、これを壊してしまいそう。耳元に、直子の呼気を感じる。温かくて安心できる。恐い。ダメだ。私の身には余る。心臓に、直子の心臓を感じる。穏やかな心音。落ち着く。不快だ。異物のように優しい。ずっと。ずっと、このままでいたい。嫌なのに、離れたいのに、さっきみたいに、突き放してやりたいのに。このままでいたい。
繭に包まれたような錯覚。母鳥の羽毛の幻想。
「何があったのですか」
「カエルを、二匹殺した」
嘘ではない言葉を返す。
「そう。私、カエルが死んでたの見ました。真梅雨さんが、あれを殺してしまったと?」
「うん。それで、それで……」
それ以上、言葉を続けることが出来ずに、代わりに、直子の腕の中で、子供のように泣いた。
なそんな私の背をさすりながら、直子が言った。
「今年の梅雨は、雨がたくさん降ってよかったですね。梅雨に、あまり雨が降らないと、何だか、不安になりますから」
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