真梅雨怪奇譚 ー 梅雨の日に得た能力

七槻夏木

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心象世界

廃墟の上で Ⅲ

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予想外の質問だった。その言葉に、自分の顔が赤くなっていくのが分かる。

「な、何よ、私のネーミングセンスが無いって? それとも、“死の概念”とか、高校生にもなって痛すぎるとでも言いたいわけ? そんなこと自分でも分かってるわよ!」

「まあまあ、落ち着け真梅雨。そういうことが言いたいんじゃない。案外、大事なことなんだ。一度、深呼吸して、なんでこの名前にしたのか、思い出してくれないか?」

 幼子を諭すような口調で言う峰子。私は、わざとらしく大きく一つ深呼吸をした。思い出す過程は必要なかった。鮮明に思えているからだ。何故かって、私は、この“死の概念”という言葉が頭をよぎる度に、一人で勝手に恥ずかしくなっていたのだから。

「よーく覚えているわ。その能力に憑依された瞬間に、私は、どうしてか、それが、“死の概念”だ、と思ったのよ。悪い?」
 私は、むすーっとした顔で答えたと思う。

「いや、オーケー理解出来たよ。それなら、いいんだ。能力の名前は、憑依者のフィーリングに任せるのが一番いい。
 少し論説文チックな話になるが、人は“あるモノ”を認識する際に、その“あるモノ”に対応する言葉を媒介させるだろう? 今回の場合は、“あるモノ”が、能力に関するモノで、言葉は、その能力に関するモノの名前になるわけだ。だから、能力を認識する際には、どうしても能力の名前を媒介にする必要がある。もし、能力の名前が、変に捻られたモノで、その認識の過程に違和感がつきまとってしまったりすると、能力の使用感にまで悪影響をおよぼしてしまうなんてこともあるんだ。だから、聞いておいた。でも、君の話の通りなら問題ないよ」

「待って。そういうことなら、少し問題があるわ」

「いやー、君ならそう言ってくれると思ったよ。確かに、能力に憑依されたとき、最初に感覚的に、その能力に関するモノについて名前が浮かんだなら、それが一番いい。でも、今回の場合、“死の概念”では、あまりにも長すぎる。そこで、もしも真梅雨に違和感が無いなら、略して、“死念”なんていうのはどうだい?」

 “死念”悪くないかもしれない。違和感も無いし、何よりも、圧倒的に恥ずかしさが軽減されている。峰子の話の展開の仕方的に、ちょっとハメられた節はあるが、“死念”の方が断然いい。

「ま、別にいいわよ? 私は、能力の名前になんて強いこだわりは無いし」

 私は、作って澄ました口調で承諾した。 

「それは、良かった。だって“死の概念”じゃ、ちょっと中二病が過ぎるものな。資料を作る際に、こっちが恥ずかしいったらありゃしない」

 そこまで言って、峰子は、つい口を滑らしてしまったというように、口元を素早く抑えた。でも、もう遅い。私は、自分の肩が、怒りと羞恥に震えるのが分かった。

「峰子のバカ! やっぱり、中二病だって思ってたのね! 何もそんな言い方しなくたっていいじゃない! 私だって、好きでそんな名前にしたわけじゃないのに! ……それなのに!」

 何もかも、この能力の所為だ! この能力がなければ、こんな辱めを受けることも無かったのに! 中二病なんて、年頃の女の子にそんなことを言うなんて、酷い、酷過ぎる、あんまりだ! それが、もう二十も半ばの大人がすることか? あまりの恥辱に涙目になりながら、下の階に通ずる階段のある方へと、私は駆けだす。行くあても無いけど、あのまま峰子の隣に座っていたら、自尊心から憤死してしまっていただろうから。

 その私の後を慌てて追いかけてきた峰子に腕を掴まれた。 

「すまなかった。本当にすまなかった。頼むから、許してほしい。あれは、違うんだ。言葉の綾というやつで、やっぱり日本語は難しい、とつくづく実感させられる日々だよ」

 峰子の、途端に論理性を欠いた意味不明な弁明には、全く納得していないが、私も子供じゃないので頭をクールダウンさせた。ただ、ほっぺたは膨らませたままそっぽを向いておく。

「冷静になってくれたみたいでよかったよ」
 峰子は、一安心というように、大きく息をいた。

「それでだ、真梅雨。非常に言い辛いことなんだが、聞いてほしい。この際だ、実践に臨む前に、名前関連でもう一つ訂正しておきたいところがる」

「……。そう、もう何でもいいわよ。どのみち、私には、もう守るべきプライドも無いわ。煮るなり焼くなり、中二病と言って嘲るなり、好きにしたらいいわ」

「君なぁ、随分と中二病が堪えてしまったようだね……」

 苦笑する峰子を、あんたの所為よ、と抗議するようにジト目で見る。すまない、すまない、と手をひらひらさせながら、峰子は続けた。 

「実は、君の能力の名前についてなんだが。確か、『死の転移』とつけていただろう?」

 そう言われると、指定されたフォーマットに能力の名前を書く欄があったために、深く考えずにそんな名前を打ち込んだ気がする。“死の概念”が恥ずかしすぎて、あまり記憶には無かったが。

「そうね。確かに、そんな名前を打った気がするわ。これも、下校時に初めて能力を発現したとき、“死の概ね……“死念”を二匹目のカエルに送るときの感覚が、転移、って感じがしたから、適当にそう名付けたのよ。こっちは、別に、その、なんていうの? ……そんなに中二病っぽいってことも無いんじゃないかしら」

「うん。君の言う通り、特に問題ない。ただ、ちょっとこちらの都合でね」峰子は、両手で私の頬に触れると、きゅっと力を入れ、彼女の顔に近づける。「ちょっと、ごめんね」

 え? へ? 嘘……? キスされちゃうの? でも、何でそんな急に。私、初めては好きな男の人ができた時にって……。

 彼女のヘアワックスの香りだろうか。甘酸っぱいような匂いに、苦みの混じったような大人の香気が、変な気持ちにさせる。

 そんな急に、まだ準備も……。それに、女の子同士でなんて……。私は、無意識の内に目を閉じる。
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