元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

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2、2日目は野宿

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 朝になるとニナリアは、裸で布団の中にいた。体中が痛い……。アレンはいなかった。ニナリアのオレンジのふわっとした髪はぼさぼさに広がっていた。

(あの時じっと見てたのは、私をどう食べようか考えていたからだわ)

 舌なめずりをする狼とそれに気付いていないウサギを思い浮かべた。部屋のドアが開きアレンが、お湯の入った桶と布を持って入ってきた。

「体を拭いてやる」

 ニナリアは黙っていたが、力が入らない猫みたいに、アレンにヒョイと扱われる。アレンはオレンジの髪がふわふわしているのを見て、微笑んだ。

(本当に猫みたいだ)

 汗をかいた体を優しく拭いた。アレンは背中の傷にキスをする。

「いい薬を見つけてやる」
「それはいいです。魔法薬を持っているので、自分で治せます」

 アレンは驚いた。魔法薬は貴重なものだ。

「旅の魔法使いからもらったんです。一回分しかないから、あの家では使わなかったんです」(使っても無駄だし、治ったら何を言われるか分からない)
「俺に見せるために、わざと治さなかったな」
「そうです。効果なかったけど」(傷があると嫌がると思ってたけど、この人には関係がなかった……)
「そうだ」

 アレンはそう言うと、後ろからニナリアを抱きしめた。ニナリアは何も感じなかった。アレンは反応がないのが分かった。それでも、今度は体をほぐすために、ニナリアの体中をマッサージした。やっと楽になって、ニナリアは動けるようになった。
 アレンはニナリアに旅用の着替えを渡す。動きやすいひざ下丈のスカートだ。ニナリアはメイド服しか持っていなかったので、替えの服は持ってこれなかった。夜は寝間着も用意されていた。

(用意してくれたんだ。スカートで助かった。トイレの時に便利だから、女性はスカートをはくのかしら?)
「スカートでないと、俺の隊の者に使用人と間違われるからな」

 子爵家から同行してきた者は、男の従者や騎士しかいなかった。侯爵家からの使用人はいない。首都から子爵領のストラルトまでは4日かかる。馬車に乗り一行は再び出発した。
 街道から外れ、森に入った。馬車はダークブラウンのニス塗装がされて木目が分かる簡素なもので、森の中を走っても違和感がない旅用の馬車だ。車内も外と同じ仕様で装飾はない。座席だけは、固めのクッションと上質な赤のビロード生地で長時間座っても疲れにくいものにしてあった。

「馬車の中は寝ていけ」
(夜もまたするのかしら)

 昨日のことは途中から覚えていなかった。思い出して恥ずかしかったので、考えないようにする。外を眺めていたら、ニナリアはいつのまにか眠っていた。それを見て、アレンは微笑んだ。

(あの強い瞳が気に入った)

 結婚式の前に迎えに行った時のことを思い出す。アレンも眠った。


「起きろ。休憩だ」

 ニナリアが目を覚ますと、マントがかけられていた。外は森の中の開けた場所だった。

「見張っててやるから来い。申し訳ないが、紙を補充するのを忘れた」
(トイレ休憩だ)

 森の中へ少し分け入ると、アレンは平たい大きめの葉っぱを3枚ぐらい渡してきた。

「大丈夫です」(フフン。実は、前の宿屋でちり紙を補充してきたのだ)
「それは取っておいたほうがいい。今夜は野宿だから」
「……」

 それを聞いてニナリアは、黙って素早く葉っぱを取った。

「あまり遠くに行くなよ」
「はい」(はあ、……旅って大変。でも、前の家でも使ったことあったな)

 家族で住んでいた家でのことを思い出す。田舎で、寒い最果ての村だった。ニナリアの家は村の一番奥の端にあった。すぐ隣が森で、森の中や家の前の畑でも紙がない時は葉っぱを摘んだ。それを思い出して笑う。
 ニナリアの旅は二度目だ。一度目は祖父に連れ去られた時だ。その時祖父は、日用品を分けてくれたが、それは、自分の場所を汚されたくないからだろう。同じ馬車に乗せたのは逃げないようにするためだ。その時は不自由はなかったが、重苦しい旅だった。

 休憩が終わってからもずっと山道で、日が傾くと開けた場所で野営することになった。テントが張られて、そこで二人は眠ることになる。気温が低くないので従者たちは外で眠る。

(こんなところでしたら、声が丸聞こえだ!)

 ニナリアは緊張した。寝る時間になり、テントの中の毛布の中で横になって縮こまっていた。アレンも毛布の中に入って、後ろからニナリアを抱きしめて、耳元でささやく。

「どうした緊張して。ここですると思ったのか? お前の声を他の者に聞かせるわけないだろ」

 ニナリアはほっと安心した。力が抜けるのが分かる。手で、ポカッとアレンを叩くと、アレンは笑った。

「山道だと、半日早く領地に着くことができる。今の時期、子爵領には魔獣が多く出るから早く帰りたい。すまないが今日だけは野宿だ」

 ニナリアはうなずいた。それで、侍女が来ていなかったのかもしれない。

「お前の話を聞かせてくれ。なぜあの家に来た」

 父と母から聞いたことを誰にも話したことはなかった。ニナリアはそれを話し始めた。

「……首都では、父と母は大恋愛の末に駆け落ちしたと言われていたけど、そうではないの。父があの家から逃げ出したかったから、街で知り合った平民の母に道中の案内を頼んだのよ。母は街の食堂で給仕として働いていた。父はお忍びで街に来た時の常連だった」

 二人が旅をしながら恋に落ちるのは時間の問題だった。父が母を好きだったから。北の果ての寒い田舎まで逃げた。そこで、貴重な薬草の畑を作って暮らしていた。
 祖父が私たちを見つけた時には、体が弱かった父は他界していた。祖父は私だけを連れて行こうとした。

『やめて!』

 母は引き留めようとしたが、祖父は母を杖で打とうとした。私は母の前に立ちはだかった。

『付いて行くから、お母さんには手を出さないで!』

 連れてきても女だから、跡取りにもできないし、母に似た髪を見るたびに祖父はいらだっていた。ただ閉じ込めて父を失った腹いせで私を鞭で叩いた。祖父にとって父は立派な跡取りで、宝だった。

『あの女に似て忌々しい』

 祖父は、父が家を出たのは母さんのせいだと思い込んでいた。

『ここにいるぐらいなら、仕事をさせてください』

「私は、とにかく祖父から離れないとダメだと思った。メイドになって祖父とは顔を合わさなくなって、やっとまともな食事にもありつけたけど、今度はメイド長に鞭で叩かれた。結婚の話が出たらメイド長は叩かなくなったけど、また私を閉じ込めて食事が質素になった。そして、あなたが迎えに来た」

 アレンはまたニナリアをぎゅっと抱きしめる。

「これからは何不自由なく暮らさせてやる」

 ニナリアは無言だった。

(私、お母さんのもとに戻らないと……)

 ニナリアはそのまま眠ってしまった。
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