元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

文字の大きさ
4 / 40

4、魔法薬を使う

しおりを挟む
 メイドがニナリアを広い寝室に案内した。大きな天蓋付きベッドが一つ置いてある。コバルトブルーの無地の壁紙に、クローゼットとソファが一式置いてあった。

「こちらが、主寝室です。ご主人様がいる日はこちらでお休みください。奥様の部屋は、隣にあります。そちらにもベッドはございます」
「はい」

 内ドアから、隣の部屋に案内される。濃いピンク地に白のストライプと花柄の壁紙に、彫りがきれいな家具が置いてある。先ほどの部屋より小さいかわいらしい部屋だった。

(わぁ、なんて素敵なの)

 クローゼットの中には普段着が三着だけかけてあった。ニナリアはその中の一着に着替えると、自室のほうのベッドで少し仮眠を取った。昼食を一人で済ませると、城を案内してもらう。夜はアレンと一緒に食事をした。

「どうだった。城は?」
「とっても素敵です」
「そうか。今日は先に寝てくれ」
「……はい」(なんだか、ほっとしたような、そうでないような)

 アレンは城に帰ってから忙しいようだ。ニナリアとほとんど顔を合わせなかった。
 夜は広い部屋で一人で眠った。

 朝起きると、アレンは魔物討伐に出かけて城にはもういなかった。

(あれ、こういう生活なのかな?)

 朝食を一人で食べているとセルマンが言った。

「奥様は旅でお疲れでしょうから、今日もお休みされるようにとのことでした」
「はい」(というか、そもそもやることがあるのかな?)

 これからどうやって過ごすのか、ニナリアには見当もつかなかった。

(城の仕事をしたら、ここを出てからも役に立つかもしれない)

「セルマンさん。ここで私にできる仕事はありますか?」
「どうぞ呼び捨てでお呼びください。財務管理などの奥様のお仕事はありますよ。ぜひやっていただければ、私も助かります」
「では、今日の午後から教えてください」
「分かりました」

 ちょうといいので、午前中は魔法薬を使って背中の傷を治すことにしていた。ニナリアはメイドのメグを呼び、小瓶に入ったピンクの液体を背中に塗ってもらうようにお願いした。メグはダークブラウンの髪に二つ分けの落ち着いた感じのメイドで、ニナリア付きのメイドの一人だ。メグは渡された小瓶を不思議そうに眺めていた。

「これを塗るんですか?」
「そうよ、背中の傷にまんべんなく塗ってね」

 ニナリアはそう言うと、上半身だけ服を脱いで背中を見せた。背中の傷を見たメグは、思わず声が出て顔を引きつらせた。

「ひっ」(なんてひどい傷!)
「それを塗れば治るから、大丈夫よ」

 小瓶のふたを開けると中からバラの香りがした。

(バラの香りがするわ。いい香り)

 メグは言われた通り、ニナリアの背中に薬を塗った。

「ありがとう。これで、夜になれば、完全に消えるわ!」(これでよし)
「魔法薬はすごいですね……」

 メグは半信半疑だ。
 午後からはセルマンに仕事を教えてもらった。領地の財政管理に、備品と設備の管理、やることは山ほどあった。──ニナリアは仕事を聞いて少し後悔した。

「奥様は、帳簿を付けたことがおありで?」
「はい、父が薬草を売っていたので、付け方を教わりました」
「なんと。──お父上は優秀な方だったそうですね!」

 セルマンは感心した。ニナリアは父を褒められてうれしかった。父は侯爵家でも祖父の仕事を手伝っていた。メイドたちの話では、叔父さんは何もしてないらしい。人にやらせても、侯爵家は叔父さんの代で終わりだと思う。
 仕事の合間にセルマンが仕立て屋の話をした。

「明日は、奥様のドレスを作るために仕立て屋がやってきます」
「はい……?」
「今度王宮で開かれる舞踏会に招待されていて、そこでご主人様と奥様のお披露目があるのです」
(! そうか、舞踏会があるなら、バートン家の人たちとまた会うのか。——傷を治してしまった……そうだ!)

 ニナリアは気が重かったが、あの家にお返しをすることを思いついた。
 それから、アレンはなんと5日も帰ってこなかった。

(これなら、ここを抜け出して馬車を借りれば故郷に帰れたな……。ここからは5、6日かかると思うけど)

 今回の討伐は何日かかるか分からないとのことだった。食糧が足りなくなれば補給係が取りに来る。討伐はいつも1日だが、結婚式で首都に行っていたのと、今度は舞踏会に参加するので、いつもより多く魔獣を狩ることになったそうだ。
 おかげで、ニナリアは城や仕事の概要を把握することができた。トホホな気分だった。

 5日目の昼には、討伐隊が返ってくる知らせが先に来た。夕方前に到着したので、ニナリアと使用人たちは玄関外で出迎えをした。アレンは喜んで馬から降りると、鎧姿のままニナリアを抱き上げた。ニナリアは驚いた。こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。

「会いたかった」

 アレンはそう言うと、ニナリアを自分の腕に座らせて担ぎ上げたまま歩いた。小さい子供みたいで少し恥ずかしかったが、見晴らしは良かった。その姿に、若いメイドたちはキャーと小さい歓声を上げ、隊の者たちも頬を赤くして微笑ましく見守った。

 夕食は一緒に取り、ずっと何をしていたのか聞かれた。

「セルマンに仕事を教わっていました」
「奥様は、ご実家で帳簿もお付けになっていたそうです。物覚えが早くお父様譲りでございましょう」
「ほう。それは助かるな」

 セルマンはニナリアを褒め、ニナリアはまた父を褒められてうれしかった。
 夜は、この城で初めて一緒に過ごす。背中の傷は、夜の風呂の時間にはきれいに治り、それを見てメグは驚いていた。ニナリアはそのことを先に言っておく。

「傷を治しました」
「どれ」

 アレンはあっという間に、ニナリアの寝間着と下着を脱がせて背中を見た。アレンは感心した。

「本当だ。見事なものだな。今日は先にしても良いか?」
「……はい」
「討伐中は、ずっとお前のことばかり考えていた」
(それは危険なのでは?)

 アレンはニナリアの体にキスをする。

「俺のかわいいニア」
(ニアって言った。みんなはニナって言うのに、なんでだろう)
「お前のかわいい声で、俺の名前を呼んでくれ」
「……アレン」

 熱くつながって、声が小さくなる。アレンは満足そうに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~

紅葉山参
恋愛
長きにわたる戦乱で、私は全てを捧げてきた。帝国最強と謳われた女傑、ルイジアナ。 しかし、私の身体には、その栄光の裏側にある凄惨な傷跡が残った。特に顔に残った大きな傷は、戦線の離脱を余儀なくさせ、私の心を深く閉ざした。もう誰も、私のような傷だらけの女を愛してなどくれないだろうと。 そんな私に与えられた新たな任務は、内政と魔術に優れる一方で、武術の才能だけがまるでダメなロキサーニ公爵の護衛だった。 優雅で気品のある彼は、私を見るたび、私の傷跡を恐れるどころか、まるで星屑のように尊いものだと語る。 「あなたの傷は、あなたが世界を救った証。私にとって、これほど美しいものは他にありません」 初めは信じられなかった。偽りの愛ではないかと疑い続けた。でも、公爵様の真摯な眼差し、不器用なほどの愛情、そして彼自身の秘められた孤独に触れるにつれて、私の凍てついた心は溶け始めていく。 これは、傷だらけの彼女と、武術とは無縁のあなたが織りなす、壮大な愛の物語。 真の強さと、真実の愛を見つける、異世界ロマンス。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

氷の参謀、うっかり拾った天使に勝てない——おやつと陽だまりで国が回る恋。

星乃和花
恋愛
【完結済:全11話+@】 冷えた石壁に囲まれた王宮作戦室。氷の異名をとる参謀アークトは、戦でも交渉でも“最短”を選び取る男。そんな彼の作戦室に、ある日まぎれ込んだのは、温室の庭師見習いソラナと、蜂蜜の香り。 彼女がもたらすのは「人と場の温度を整える」力。湯気低めの柑橘茶“猫舌温”、蜂蜜塩の小袋、会議前五分の「温度調律」。たったそれだけで、刺々しい議題は丸く、最難関の政敵すら譲歩へ。 参謀は国を守る最短を次々と実現する一方で、恋だけは“最長で温めたい”と密かに葛藤。「難しい顔禁止です」と両手で頬をむにっとされるたび、氷は少しずつ解けていく。 戦いに強い男が、掌の温度には勝てない。年の差。理性×天然のじれ甘宮廷ラブコメ。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました

緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。 エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。 ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。 なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。 番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく… 〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

処理中です...