元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

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5、魔法石のお風呂

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 少し経つと、アレンはニナリアから離れて、枕を背にして座った。

(今日はもう終わりなんだ)

「お前とは、先にもっと話をしないといけないからな。領地にいるとどうしても仕事が優先になるが、お前を抱く時間はこれからももっとある」

 時間の話をすると、ニナリアは無表情になるから多分そのことでだろう。ニナリアも枕を背にして座る。

「討伐中は、お前が逃げるんじゃないかと思って気が気じゃなかった。だから、日数を言わなかったんだ」

 アレンはニヤリと笑った。ニナリアは、アレンをポカッと叩こうとして手を伸ばすと、アレンはその手を掴んで自分に引き寄せた。ニナリアは、アレンの体に倒れる。アレンはニナリアの肩に手を回して、もう片方の腕を曲げて自分の頭の下に置いた。ニナリアはアレンの体温を感じた。

「旦那様は素敵な人だから、たくさんの女性とお付き合いしてきたでしょ。その中で私が物珍しいだけだと思うのですが?」
「俺は、お前しか女を知らないし、興味もなかった」
「え⁉ それ本当ですか?」
「ああ、生きるのに精一杯で、興味が湧かなかった。——それは、俺がソードマスターだからかもしれない」
(なんだか信じられない話だ)

 アレンは出自こそ孤児だが、外見は金髪碧眼で美形だし、貴族の地位と騎士の名誉も持っている。女性が放っておくはずがない。ニナリアの信じていない顔を見て、アレンは昔のことを話し始めた。

「俺が10代初めごろの話だが、仲間の男が滞在先の街で女を買ったんだ。次の街に行く途中でその男は発熱して動けなくなった。女から変な病気をうつされたんじゃないかという話になった。仕方がないから、リーダーは食料と飲み水を置いてそいつをその場に残すことにした。俺はそれを見て、知らない女とは関わらないと決めた」
(そういう危険があるのか……)
「この話には続きがある。そいつと残ると言い出した男がいて、同じ街で拾ってきた男だからかと思ったリーダーは、それを了承した。ところがすぐに、その男が追いついてきた。
 その男が言うには、病気の男はすぐ悪化して死んでしまったそうだ。男は死んだ男の装備品を持ってきていた。俺は、その男に黒い影が付いてるのが見えた」
(黒い影⁉)「それ、怖い話ですか……?」
「いや?」

 ニナリアは、ちょっと怖くなって聞いたが、アレンは不思議そうにした。

「リーダーはその男が殺しただろうと思ったが何も言わなかった。リーダーはその男が、装備品が多くて遅いので一番後ろを歩かせた。
 それから、魔獣が現れた時にその男は逃げ遅れて死んでしまった。リーダーは魔獣を倒すと、その男の装備品をみんなで分けた」
(リーダーが一番怖いのか……。悪い人を連れていくのは、装備品を取るためなんだよね……)

 アレンはニナリアを離し、横になって右手で頭を支えてニナリアを見た。

「お前は知らないだろうが、俺は結婚前にお前を見ている。そうでなければ結婚はしなかった」
「ええ⁉」
「王子から話があったんだ。王子は俺がお前を気に入ると思ったんだろう」

 結婚の話が出る前に王子がシェイラに会いに来たことがあった。その日、メイドたちの間では王子の話でもちきりだった。ニナリアは残念ながら王子を見ていなかった。

(アレンは王子の部下だから、もしかしてその時かも。本当に野生動物みたいにこちらを見ていたのね……)

「俺は知らないやつと結婚するような男じゃないということだ。お前を見た瞬間に俺の止まっていた時間が動き出したのかもな」

 アレンは仰向けになり、笑って言った。

(そんなことを言われると……。アレンと話をするとどんどん好きになってしまう。これは、アレンの策略なのかも?)

 ニナリアは、背を向けて横になった。アレンはニナリアの背中に頭を当てる。今日はアレンのほうが先に眠ってしまった。

(討伐で疲れているからだな)

 ニナリアは向き直って、眠るアレンを見ていた。ニナリアも、そのまま目をつむった。
 朝起きると、ニナリアはアレンの頭を抱きしめていた。アレンは起きていた。

「起きているなら、起きてください」
「気持ちいい姿勢だったからな」

 ニナリアは離れようとしたが、アレンは離さなかった。ニナリアはしまったと思ったが、遅かった。カーテンで薄暗いが、上にいるアレンがよく見えた。アレンの体は、引き締まった筋肉で美しかった。

「声を我慢しなくていい」
「……だって、聞こえてしまうから……。あっ」
「この部屋は魔法石で消音になっている」
(え? 魔法石ってそんなこともできるの? でも本当かな)

 ニナリアが疑っているのを感じて、

「本当だ」

 それでも、恥ずかしがって声を出さなかった。

「お前のかわいい声を聞かせてくれ」
(そう言われると弱い……)

 ニナリアは、結局声を上げてしまった。
 終わった後、体を起こすとニナリアは後ろからアレンをポカッと叩いた。アレンは笑った。
 アレンは恥ずかしがるニナリアを連れて、二人でお風呂に入った。

「今更恥ずかしがるな。体を拭いてやっただろ」
(それでも恥ずかしいでしょ)

 ニナリアはアレンの前に座って、赤い顔をしている。アレンの言い分に不服だ。アレンは後ろから両腕を回し顔を寄せる。

「お前も俺も舞踏会までは仕事が山のようにあるから、朝は小さい湯船だが、ここには領主と客人用の大浴場もある。お前も自由に使っていいぞ」
「へえ~」(大きいお風呂いい!)

 ニナリアの目が輝いた。アレンは両腕を縁に載せ、湯船にもたれた。

「お風呂のお湯は魔法石で沸かしている。この城も老朽化しないように保護魔法がかかっているんだ」
(魔法ってすごい)

 魔鉱石を魔法使いが魔法付与して加工すると、様々な効果を持つ魔法石になる。
 ストラルトは魔獣の森があるため、後継ぎになる者がいなくて王国が管理していた。魔法使いは希少な存在だが、引退した魔法使いを国がここで保護しているため、辺境にあってもどこよりも便利に魔法が使えるのだ。
 魔法自体が高価なので、魔法石は貴族しか使えない。例えば、屋敷のトイレが臭くないのも消臭効果のある魔法石を置いてあるからだ。湯船のお湯も沸かして運ぶ手間がないし、浴場のお湯も火を使わなくて済む。逆に、氷を作ることもできる。

 アレンは身支度をニナリアに任せて、二人とも服を着てからニナリアを抱きしめて、おでこにキスをした。アレンは着替えるまで我慢していた。
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