元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

文字の大きさ
5 / 40

5、魔法石のお風呂

しおりを挟む
 少し経つと、アレンはニナリアから離れて、枕を背にして座った。

(今日はもう終わりなんだ)

「お前とは、先にもっと話をしないといけないからな。領地にいるとどうしても仕事が優先になるが、お前を抱く時間はこれからももっとある」

 時間の話をすると、ニナリアは無表情になるから多分そのことでだろう。ニナリアも枕を背にして座る。

「討伐中は、お前が逃げるんじゃないかと思って気が気じゃなかった。だから、日数を言わなかったんだ」

 アレンはニヤリと笑った。ニナリアは、アレンをポカッと叩こうとして手を伸ばすと、アレンはその手を掴んで自分に引き寄せた。ニナリアは、アレンの体に倒れる。アレンはニナリアの肩に手を回して、もう片方の腕を曲げて自分の頭の下に置いた。ニナリアはアレンの体温を感じた。

「旦那様は素敵な人だから、たくさんの女性とお付き合いしてきたでしょ。その中で私が物珍しいだけだと思うのですが?」
「俺は、お前しか女を知らないし、興味もなかった」
「え⁉ それ本当ですか?」
「ああ、生きるのに精一杯で、興味が湧かなかった。——それは、俺がソードマスターだからかもしれない」
(なんだか信じられない話だ)

 アレンは出自こそ孤児だが、外見は金髪碧眼で美形だし、貴族の地位と騎士の名誉も持っている。女性が放っておくはずがない。ニナリアの信じていない顔を見て、アレンは昔のことを話し始めた。

「俺が10代初めごろの話だが、仲間の男が滞在先の街で女を買ったんだ。次の街に行く途中でその男は発熱して動けなくなった。女から変な病気をうつされたんじゃないかという話になった。仕方がないから、リーダーは食料と飲み水を置いてそいつをその場に残すことにした。俺はそれを見て、知らない女とは関わらないと決めた」
(そういう危険があるのか……)
「この話には続きがある。そいつと残ると言い出した男がいて、同じ街で拾ってきた男だからかと思ったリーダーは、それを了承した。ところがすぐに、その男が追いついてきた。
 その男が言うには、病気の男はすぐ悪化して死んでしまったそうだ。男は死んだ男の装備品を持ってきていた。俺は、その男に黒い影が付いてるのが見えた」
(黒い影⁉)「それ、怖い話ですか……?」
「いや?」

 ニナリアは、ちょっと怖くなって聞いたが、アレンは不思議そうにした。

「リーダーはその男が殺しただろうと思ったが何も言わなかった。リーダーはその男が、装備品が多くて遅いので一番後ろを歩かせた。
 それから、魔獣が現れた時にその男は逃げ遅れて死んでしまった。リーダーは魔獣を倒すと、その男の装備品をみんなで分けた」
(リーダーが一番怖いのか……。悪い人を連れていくのは、装備品を取るためなんだよね……)

 アレンはニナリアを離し、横になって右手で頭を支えてニナリアを見た。

「お前は知らないだろうが、俺は結婚前にお前を見ている。そうでなければ結婚はしなかった」
「ええ⁉」
「王子から話があったんだ。王子は俺がお前を気に入ると思ったんだろう」

 結婚の話が出る前に王子がシェイラに会いに来たことがあった。その日、メイドたちの間では王子の話でもちきりだった。ニナリアは残念ながら王子を見ていなかった。

(アレンは王子の部下だから、もしかしてその時かも。本当に野生動物みたいにこちらを見ていたのね……)

「俺は知らないやつと結婚するような男じゃないということだ。お前を見た瞬間に俺の止まっていた時間が動き出したのかもな」

 アレンは仰向けになり、笑って言った。

(そんなことを言われると……。アレンと話をするとどんどん好きになってしまう。これは、アレンの策略なのかも?)

 ニナリアは、背を向けて横になった。アレンはニナリアの背中に頭を当てる。今日はアレンのほうが先に眠ってしまった。

(討伐で疲れているからだな)

 ニナリアは向き直って、眠るアレンを見ていた。ニナリアも、そのまま目をつむった。
 朝起きると、ニナリアはアレンの頭を抱きしめていた。アレンは起きていた。

「起きているなら、起きてください」
「気持ちいい姿勢だったからな」

 ニナリアは離れようとしたが、アレンは離さなかった。ニナリアはしまったと思ったが、遅かった。カーテンで薄暗いが、上にいるアレンがよく見えた。アレンの体は、引き締まった筋肉で美しかった。

「声を我慢しなくていい」
「……だって、聞こえてしまうから……。あっ」
「この部屋は魔法石で消音になっている」
(え? 魔法石ってそんなこともできるの? でも本当かな)

 ニナリアが疑っているのを感じて、

「本当だ」

 それでも、恥ずかしがって声を出さなかった。

「お前のかわいい声を聞かせてくれ」
(そう言われると弱い……)

 ニナリアは、結局声を上げてしまった。
 終わった後、体を起こすとニナリアは後ろからアレンをポカッと叩いた。アレンは笑った。
 アレンは恥ずかしがるニナリアを連れて、二人でお風呂に入った。

「今更恥ずかしがるな。体を拭いてやっただろ」
(それでも恥ずかしいでしょ)

 ニナリアはアレンの前に座って、赤い顔をしている。アレンの言い分に不服だ。アレンは後ろから両腕を回し顔を寄せる。

「お前も俺も舞踏会までは仕事が山のようにあるから、朝は小さい湯船だが、ここには領主と客人用の大浴場もある。お前も自由に使っていいぞ」
「へえ~」(大きいお風呂いい!)

 ニナリアの目が輝いた。アレンは両腕を縁に載せ、湯船にもたれた。

「お風呂のお湯は魔法石で沸かしている。この城も老朽化しないように保護魔法がかかっているんだ」
(魔法ってすごい)

 魔鉱石を魔法使いが魔法付与して加工すると、様々な効果を持つ魔法石になる。
 ストラルトは魔獣の森があるため、後継ぎになる者がいなくて王国が管理していた。魔法使いは希少な存在だが、引退した魔法使いを国がここで保護しているため、辺境にあってもどこよりも便利に魔法が使えるのだ。
 魔法自体が高価なので、魔法石は貴族しか使えない。例えば、屋敷のトイレが臭くないのも消臭効果のある魔法石を置いてあるからだ。湯船のお湯も沸かして運ぶ手間がないし、浴場のお湯も火を使わなくて済む。逆に、氷を作ることもできる。

 アレンは身支度をニナリアに任せて、二人とも服を着てからニナリアを抱きしめて、おでこにキスをした。アレンは着替えるまで我慢していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

偽聖女に全てを奪われましたが、メイドから下剋上します。

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
孤児のアカーシャは貧乏ながらも、街の孤児院で幸せに過ごしていた。 しかしのちの聖女となる少女に騙され、家も大好きな母も奪われてしまう。 全てを失い絶望するアカーシャだったが、貴族の家のメイド(ステップガール)となることでどうにか生き延びていた。 マイペースなのに何故か仕事は早いアカーシャはその仕事ぶりを雇い主に認められ、王都のメイド学校へ入学することになる。 これをきっかけに、遂に復讐への一歩を進みだしたアカーシャだったが、王都で出逢ったジークと名乗る騎士を偶然助けたことで、彼女の運命は予想外の展開へと転がり始める。 「私が彼のことが……好き?」 復讐一筋だったアカーシャに、新たな想いが芽生えていく。

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

修道院パラダイス

恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。 『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』 でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。 ◇・◇・◇・・・・・・・・・・ 優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。 なろうでも連載しています。

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

処理中です...