元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

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40、母との再会 最終回

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 ニナリアとアレンは、感謝祭をストラルトで迎えるために旅支度をして、王宮に挨拶に来た。王子宮に置いてあるニナリアの荷物を取りに来たのだ。王子宮の応接室で、ヒース王子とアーシャ王女に挨拶をした。王子は二人に声をかけた。

「ご苦労だった」
「はい」

 ニナリアが答えた。王子も侯爵派の取り調べが一段落したところだった。二人は穏やかな顔をしていた。アーシャ王女はやっと公に姿を見せることができて、心置きなく過ごしている。

「あなたたちのおかげよ」

 王子と王女は顔を見合わせて微笑んだ。ニナリアもそれを見て微笑む。

(良かった)

 侯爵邸は年明けに売ることにしたので、それまではみんなにいてもらうことになった。侯爵領の屋敷は警備だけ残して年明けまで閉めた。王子が褒賞として国の兵士を貸してくれることになり、ストラルトの騎士は全員帰ることができる。ニナリアはそのことでお礼を言った。

「護衛の兵士をお貸しくださり、ありがとうございます」
「当然のことだ」

 侯爵家の衛兵は一部残った者もいるが、再編成するつもりなので任を解いて、引っ越し準備の雑用をさせている。
 王子が聖剣のことについて話をしてくれた。

「私が聖剣の持ち主を探していたのは、聖剣は人を切らずに悪を切るという言い伝えがあったからだ。侯爵を追い詰めることができなければ、最後の手段でアレンにやってもらうつもりだった」
(そうだったんだ!)
「ニナリア侯爵のおかげで、そうしなくて済んだ」

 法のもとに裁きを下さなければ、国民も穏やかではないだろう。人心が離れてしまえば、国の維持にも関わる。何よりも、アレンにそんなことをさせなくて良かったとニナリアは思った。
 四人はしばしの別れを告げた。ニナリアはグレーテにも挨拶に行った。
 挨拶が済むと一行はストラルトへ旅立った。馬車の中で二人は隣同士で座り、べったりとくっついていた。
 夕方、最初の宿泊先に着き、やっと落ち着いた。荷物を運び入れると、二人きりになり、アレンはニナリアを両腕に収めた。

「これで任務は完了だろうか?」
「? いやまだですよ。感謝祭の準備が終わるまでが任務です」

 ニナリアは最初何のことか分からなかったが、とぼけて両腕でアレンを軽く押して、横を向いた。アレンはニヤリと笑うと、ニナリアの鼻にカプっとキスをした。それを見て、ニナリアは笑った。

(アレンにはかなわない)

 二人は久しぶりにキスをした。ニナリアは久しぶり過ぎて、キスの仕方を忘れてしまった。アレンはかまわなかった。

(どんなニナリアでも、俺のニアだ)


 四日の旅を終えて、やっとストラルトに着くと、ジョディとリーダー、使用人のみんなも玄関先で出迎えてくれた。ニナリアは涙を浮かべて、母に駆け寄り両腕を掴んだ。

「お母さん、会いたかった!」
「ニナリア」

 ジョディは涙をこらえた。ニナリアはそれを見て、多分私が先に泣いたからだと思った。お母さんは少し老けていて、離れていた時間を感じる。ジョディが口を開いた。

「大きくなった……。本当にごめんね」
「うんん」

 色んな後悔がよみがえる。でも、どうにもできなかったのは二人とも分かっていた。ジョディはニナリアを抱きしめた。まだ子供だったニナリアを手放した日以来だった。

「ニナリアの香りがするわ」
「どんな匂いですか?」
「外で駆け回っていた、お日様の匂いよ。……私たちのニナリア、やっと会えた」

 ジョディは声を上げて泣いた。ニナリアが結婚したときは新聞で知った。本当にショックだった。自分の娘が結婚させられてしまった。でも幸せになっていて本当に良かった。

(きっと神様が守ってくださった。そしてクリスも見守ってくれている……)

 ニナリアも涙が溢れて、ジョディにしがみついた。見守っているみんなも涙ぐんだ。
 二人は涙を拭いた。

「お母さんは相変わらずきれいです」
「ふふ、ありがと。素敵な旦那さんね。安心したわ」

 二人はアレンのほうを見る。アレンは二人に微笑んだ。リーダーも目に涙を浮かべて、鼻をグスッとして言った。

「かわいい嫁さんだ」

 アレンは横で照れながらニッコリした。ニナリアは、リーダーにもお礼と挨拶をした。
 みんなで城に入っていった。これからは感謝祭の準備だ。急いでいたのはこのためだった。ニナリアは自分が言った手前、準備に間に合って良かったと思った。

 感謝祭の準備は、みんなで協力して順調に進んだ。感謝祭には家族でプレゼントを贈り合う。アレンは自分が用意したものを先に渡すと言ったので、ニナリアもプレゼントのために刺繍したハンカチを用意した。
 ジョディも呼んでアレンとニナリアがプレゼントを渡した。アレンが用意したのは、魔獣の森で拾ったダイヤを加工したネックレスだった。ジョディに送ったのは、ティアドロップ型にした大粒のダイヤだ。ジョディは豪華な宝石に気後れしたが、ありがたく受け取った。ニナリアのものは、ダイヤがちりばめられて、ずっしりと重くて豪華だった。ニナリアは驚いた。アレンは自分用にダイヤのクラバットピンを用意していた。家族三人でお揃いだ。リーダーの分は、宝石はいらないので用意していなかった。
 ニナリアは刺繍したハンカチと、随分差があるなと思った。でも、二人ともとても喜んでくれたので良かった。
 ハンカチはたくさん作れなかったので、メグとジェシー、セルマンにも先に渡すことにした。三人とも喜んでくれた。

 感謝祭当日は、三か所会場を用意した。ダンスができる大広間、子供家族が楽しめる会場、落ち着いておしゃべりできる会場だ。みんなが交代で、給仕するようになっている。ニナリアも手伝う。
 楽団の音楽が流れた。ニナリアはアレンからもらったネックレスを付け、アレンも白いクラバットにピンを付けた。二人は白い衣装に身を包んでいる。
 ニナリアは思い出して、アレンにあれを試すときだと思って声をかけた。

「アレン様、私と踊ってくださいますか?」

 アレンは突然の様付けに驚いた。すぐに、ニナリアの遊びかなと思った。

「ニナリアのほうが高位貴族だから、俺もニナリアを様付けで呼ぼう」

 アレンはニナリアの左手を取り、膝をつくと、自分の胸に左手を当てて言った。

「もちろんです。ニナリア様、踊りましょう」

 ニナリアはアレンのその行動に驚いて頬を染めた。自分でも瞳の中にハートマークがあるようだと思った。

(アレンは何をしてもカッコイイ!)

「はい」

 ニナリアはニッコリ微笑んだ。アレンが立ち上がり、二人は踊った。みんなはその様子に見とれていた。ジョディも、リーダーも二人を安心して見守っていた。
 踊ってみて、アレンは驚いた。

「ニナリア、ダンスが上手くなっているな」
(ふふふ)

 ニナリアはやったと思った。

「練習したんですよ」

 二人は笑った。くるくると回り、他のみんなもダンスと感謝祭を楽しんだ。

 ◇

 年が明け侯爵邸の引っ越しが始まった。ブレンダやベニー、スーザンも侯爵領に来てくれることになった。ブレンダは、夫と長男が一緒に働くことができるので喜んでいた。使用人の数が減って定員はちょうど良かった。首都に残る者には紹介状を書いた。引っ越しが済むと屋敷を売りに出した。
 侯爵領には、母があるじとして住むことになった。祖父の部屋にあった巨大な父の肖像画は、屋敷の玄関から応接室に行く廊下に飾った。元となった肖像画は金庫室に保管されていた。それは、主寝室の母の部屋に飾ってある。ジョディは肖像画を見て微笑んだ。横に棚を作って、そこにはニナリアの人形を置いた。

 ニナリアは領地の区画整理を行って、施設を建てることにした。侯爵領は広大な農地と民家しかないので、領民が便利に暮らせるようにストラルトに習い、交流の広間と商店、宿泊施設、簡易警備署、教会などを建てることにした。
 リーダーの傭兵団の事務所兼住まいも用意した。リーダーはとても喜んだ。傭兵団の収入は運営資金以外はみんなに分けていたので、リーダーの資産はほとんどなかった。これを機に、リーダーは故郷の家を引き払って、若い夫婦に譲ってきた。

 領地計画が済むと、ニナリアとジョディは、ワレントの村長とペナンのジーンにお礼の手紙を書いた。村長には、春に家の中を片付けに行く話と、侯爵領のブラットバーンで、ワレントからの移住者を受け入れる話をした。

 ジーンのもとに、ニナリアとジョディの手紙と共に、金貨と準魔鉱石が届けられた。侯爵家事件の話はすでに国中に広まっていた。

「まさか、逃げていた相手があの侯爵だったとはな」

 お礼の手紙には、

『地域の皆様のために役立ててください。
 ワレントの領主にも商会のことはお伝えしています。どうぞお立ち寄りください』

 ニナリアはワレントの領主のドレン男爵とも友好関係を結んだ。今後、ワレントにはアレン子爵とニナリア侯爵からの資金が流れ込む。北と南ではお互いの物が珍しいと、ジーンは考えた。

「ワレントか。北にまで足を延ばすのも悪くない。
 これだから人助けはやめられないのさ」

 ジーンはうれしそうに笑った。


 しばらくすると、オリアナが執事夫婦と一緒に侯爵邸を訪ねてきた。ニナリアは突然の来訪に驚いた。侯爵家の事件は支援者からオリアナのもとにも届けられていた。オリアナはニナリアに会いに来たのだ。初めて見る祖母はとても上品で、グレーテ夫人のようだと思った。

「お祖母さん、初めまして、ニナリアです」
「あなたに会いたかったわ。クリスに似ているわね。——あなたが、オーギュストを倒してくれたのね」

 オリアナは涙を浮かべた。ニナリアは、そう言われて少し誇らしかった。オリアナは、出迎えたブレンダを見付けた。

「あなたを選んで良かったわ。私の孫を助けてくれてありがとう」

 ブレンダは、オリアナと出会った17歳の頃に時間が戻ったようだった。なんと長かったことだろう……。両手で顔を覆って泣いた。オリアナが優しく肩と背中に手を置いた。

 祖母は執事夫婦に助けられて東の外国で暮らしていた。執事夫婦は元々、オリアナの家で働いていた。
 オリアナは結婚前にオーギュストの許可をもらい、家財道具を売って使用人の退職金を支払い、全員を解雇していた。当時若夫婦だった二人は、オリアナを助け出す計画を練った。クリストファーの日記にも、母を捜索した際に執事家の行方だけが分からないと書いてあった。
 執事の息子は反侯爵派で外国にコネのある貴族を当たって、オリアナの受け入れ先を探し、そこで働きながらオリアナに連絡を付けた。オリアナはオーギュストが油断するのを待ち、時期を決めて出て行った。長い髪を切り、肌に色を塗って老婆の姿に変装した。髪は仲間が別の国に持ち出して売っていた。

 オリアナも屋敷で暮らすことになった。ジョディもオリアナを歓迎した。早速ニナリアは、祖母を助けてくれた人たちにも、お礼の手紙と品を送った。
 オリアナはやっとバートン家から籍を抜いて、オルト家に入った。貴族同士でしか結婚は認められないので、オルト家はニナリアの代から始まり、家系図に載る者は貴族の身分が認められることになった。

 首都の元侯爵邸は人手に渡ったが、五人の幽霊が出るようになった。
 無くなった父の肖像画を探す祖父。嫌な微笑みを浮かべて現われる叔父。泣き叫ぶ叔母。悲しそうな顔をしてたたずみ、祖父の足音がすると怯えて逃げ出すシェイラ。鞭を持ってニナリアを探すメイド長。
 屋敷の持ち主は転々と変わり、最後には幽霊が出るホテルとして使われた。老朽化が他の建物より早く、建て替えるためにまた貴族が買い取った。取り壊されてからは、幽霊は出なくなって普通の屋敷に戻ったそうだ。


 春になるとジョディは、ワレントの家を片付けに行った。帰りは、村長と身寄りのいない老人三名、そして体の弱い子供がいる家族を連れてきた。村長は息子に村長の仕事を任せて、ブラットバーンに移住することにした。
 グレーテも遊びに来るようになった。オリアナとジョディと三人でよく話をしている。それぞれが、首都のことやワレントやペナンなどの地方のこと、東の国のことを話して聞かせ、楽しんでいた。

 ニナリアは、主にストラルトで暮らし、年数回侯爵領に来るようにした。

 まさか自分が領地経営するとは思わなかった。

(母にも教えることができたし、セルマンのもとで勉強しておいて良かったわ)

 その後、侯爵領は栄え、ニナリアの評判は上がっていった。
 二人の統治はあの日の誓いの通り、長く続いた。
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