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39、たった一つの願い
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侯爵邸では国の兵士が屋敷を取り囲み、使用人たちを玄関ホールに集めて監視していた。ストラルトの騎士は宝物庫や財産を監視している。書類は王子の派遣した監査官が運び出していた。ブレンダは玄関ホールに夫と長男と共に座っていた。他のみんなも不安そうにしている。キミーは怖くてしくしく泣いていた。執事は書類の場所を聞くために連れて行かれた。
(とうとう、粛清が始まったのね)
ブレンダは膝の上に置いた両手を見ていた。そこへ、玄関のドアが開いてニナリアとアレンが入ってきた。キミーが「ニナリア」と小さい声で呼んだ。それをベニーが両腕で押さえる。ニナリアはブレンダを見つけると声をかけた。
「ブレンダ、来てちょうだい」
ブレンダは立ち上がって二人に付いて行った。三人は応接室に入った。執務室は書類を捜しているし、祖父の部屋なのでニナリアは使いたくなかった。ドアが閉まると、ニナリアはブレンダを抱きしめて、涙を流した。
「ブレンダ、ありがとう」
「……終わったのね」
ブレンダにもそのことが分かって、涙が出た。ブレンダもニナリアをそっと抱きしめた。
二人は涙を拭いて、ソファに座った。アレンはニナリアの脇に立っている。ニナリアは、侯爵家の家族たちの最後をブレンダに語った。マーゴットは、侯爵家の罪の証人として調べが終わるまで生かされている。
「そう……」
話を聞いてブレンダはつぶやいた。王子の怒りの凄まじさを感じた。今朝まで会っていた人たちが、もうこの世にいないとは……。あっけない終わりだった。でも、もう何も起こらないと安堵した。
「私が侯爵家の当主になったの。ブレンダ、あなたをメイド長に任命するわ」
それを聞いてブレンダは驚いた。ニナリアは精悍な表情をしていた。
(ニナリア、立派になって。さすが、クリストファー様の娘。そして、オリアナ様の孫だわ)
「分かりました」
ブレンダはソファから立つと、両手を前で合わせてお辞儀をした。
「この家で、犯罪や不正を働いていた使用人とそうでない者を、分かる範囲で教えてちょうだい」
「はい、かしこまりました」
使用人が順番に呼ばれ、ベニーやキミーも呼ばれた。悪事と関係のない使用人は解放された。キミーはニナリアに飛びついて喜んだ。ニナリアは、仕事に戻った使用人たちに、兵士や役人の世話をするように指示を出した。
不正をした者は、男女別に部屋に収監した。ニナリアが監禁されていた石床の部屋を使った。そこには個室のトイレが付いている。証拠が確定した後は、警備署に突き出す予定だ。
王子は侯爵家の処刑の前に、同時に制圧するために兵士とストラルトの隊を侯爵領の屋敷にも向かわせていた。屋敷は最低限の人数しかいなかった。ほとんどの使用人が領民なので、家のあるものは帰らせ、住み込みの者は離れに隔離していた。
今日1日があっという間に過ぎた。ニナリアたちはその日から侯爵邸に泊まることにした。
ニナリアは就寝のため、客間のベッドで横になった。今日ですべてが変わって、とても疲れた。ベッドの端にアレンが腰かける。アレンは警備の仕事があるので鎧を付けたままだ。ニナリアはアレンに考えていたことを話した。
「父が叔父さんを突き出さなかったのは、多分逃げるためもあったと思う。——この屋敷は売ろうと思います。始めはお祖母さんが、次に父、そして私が出て行った。ここには辛い思い出が多すぎます」
「ああ、そうだな。好きにするといい。お前のいいように手伝おう」
アレンは静かに言った。
「不要なものは全部売って、祖父がしたことの補填に当てます。土地も持ち主に返して、いない場合は王室に献上します。元の侯爵領だけのほうが治めやすいから。道筋がついたら、侯爵領はお母さんに任せようと思います。お母さんは薬草売りをしていたから、きっとできると思います」
「ああ、いい考えだ。お前に早く母親を会わせないとな。それがお前の、たった一つの願いだからな」
「いいえ、今は願いが変わりました。だって母のことはカウントしないでしょ」
ニナリアはアレンを見て微笑んだ。アレンは少し驚いて聞いた。
「今の願いとはなんだ?」
「それは、アレンとずっと一緒にいることです」
「叶えよう」
アレンは笑った。ニナリアのおでこにキスをすると、自分のおでこを突き合わせ、二人で微笑み合った。アレンは仕事に戻り、ニナリアは眠りについた。
王子は侯爵邸から集めた書類をもとに、侯爵派の弾圧に乗り出した。侯爵邸と侯爵領には臨時の執事を送ってくれた。
マーゴットの銀行口座には多額の資金があり、それは横領して作ったお金だった。メイドたちの給与を下げた時に、さらに少し引いて渡していた。キミーの旅費も宿泊費を含めて受け取り、キミーにはギリギリの旅費を渡した。執事はそのことに気が付いていたが見逃していた。執事もまた侯爵家の財産を横領していた。宝物庫にあるものを自分のものにしたり、こっそり売りさばいていた。他の者も経費を割り増しで請求したり、備品を売ったりと同じだった。
捜索人や暗殺者に払ったお金も記録されていた。そこから捜索人が殺されたことも分かった。関わった使用人も捕まった。
ニナリアは使用人たちの処分が済むと、侯爵邸を執事とブレンダに任せて、急いでアレンと領地のほうへ向かった。
領地でも、不正は行われていた。領主代行をしていた執事は農地の収穫量を少なく報告し、その分を売って着服していた。
住み込みの管理人は、備品を売っては新しいものを買うことを繰り返していた。管理人家族も領地から追い出すことにした。
御者でさえも同じように備品を売っていた。初老の御者は膝をつき、手を合わせて懇願した。
「どうか見逃してください。お願いします」
ニナリアは、どんな小さなことも見逃すわけにはいかなかった。何もしなかったローサやシェイラでさえ、処刑されたのだ。侯爵領に罪を犯す者はいらない。ニナリアは鋭い目つきで御者を見据えた。御者はその目を見てオーギュストを思い出して怯えた。ニナリアは御者に縄をかけて連れて行くように、ストラルトの騎士に指示した。
捕まった他の使用人の家族が文句を言って来たので、その家族も土地を没収して追い出すことにした。立ち退き料として、移動の幌馬車と1か月は暮らせる資金を渡した。馬車も必要なければ売ることができる。
腹を立てた家族は首都の新聞社に行き、ニナリアの非道な行いを訴えたが、逆に「ニナリア侯爵が不正を犯した使用人の家族を追い出した」と新聞に書かれ、民衆に褒めそやされた。みんな侯爵派の横暴から解放されて、喜んでいたのだ。家族はその機運に、黙って静かに暮らすしかなかった。
捜索班の二人もストラルトに戻っていた。
東寄りの要所の街には、アレンが匿名で借りている私書箱がある。そこに、二人宛ての手紙が届いていることを窓口で祈った。願いは通じ、手紙を受け取った。手紙には、「ニナリアの母がストラルトに到着したので、まっすぐ帰って来い」と書いてあった。二人は泣いて喜んだ。そして帰路に着くことができた。
なんとか、感謝祭の前までに侯爵家の目途がついた。ニナリアは侯爵家の名前を「オルト」に変更した。バートンの名前は消えた。ニナリアの名前は、ニナリア・オルト・ラディーとなった。
調べが終わると、マーゴットとストラルトに来た暗殺者は処刑された。スーザンは終身強制労働になり収容所に送られた。
ローサとシェイラの遺骨は、ローサの実家の侯爵家が二人をかわいそうに思って引き取った。二人は一族の墓に埋葬された。
マーゴットの処刑が終わると、オーギュストとマコールの遺骨と共に平民の墓地に一緒に埋葬された。無用に荒されないために墓石には、番号と日付だけが刻まれている。ブレンダは花束を持って墓を訪れた。
(マーゴット、やっとその人たちと家族になれたわね。望む形ではなかったけれど……)
ブレンダは花束を墓石の前に置くと、祈りを捧げ帰って行った。その後、その墓を訪れる者は誰もいなかった。
(とうとう、粛清が始まったのね)
ブレンダは膝の上に置いた両手を見ていた。そこへ、玄関のドアが開いてニナリアとアレンが入ってきた。キミーが「ニナリア」と小さい声で呼んだ。それをベニーが両腕で押さえる。ニナリアはブレンダを見つけると声をかけた。
「ブレンダ、来てちょうだい」
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「……終わったのね」
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二人は涙を拭いて、ソファに座った。アレンはニナリアの脇に立っている。ニナリアは、侯爵家の家族たちの最後をブレンダに語った。マーゴットは、侯爵家の罪の証人として調べが終わるまで生かされている。
「そう……」
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「私が侯爵家の当主になったの。ブレンダ、あなたをメイド長に任命するわ」
それを聞いてブレンダは驚いた。ニナリアは精悍な表情をしていた。
(ニナリア、立派になって。さすが、クリストファー様の娘。そして、オリアナ様の孫だわ)
「分かりました」
ブレンダはソファから立つと、両手を前で合わせてお辞儀をした。
「この家で、犯罪や不正を働いていた使用人とそうでない者を、分かる範囲で教えてちょうだい」
「はい、かしこまりました」
使用人が順番に呼ばれ、ベニーやキミーも呼ばれた。悪事と関係のない使用人は解放された。キミーはニナリアに飛びついて喜んだ。ニナリアは、仕事に戻った使用人たちに、兵士や役人の世話をするように指示を出した。
不正をした者は、男女別に部屋に収監した。ニナリアが監禁されていた石床の部屋を使った。そこには個室のトイレが付いている。証拠が確定した後は、警備署に突き出す予定だ。
王子は侯爵家の処刑の前に、同時に制圧するために兵士とストラルトの隊を侯爵領の屋敷にも向かわせていた。屋敷は最低限の人数しかいなかった。ほとんどの使用人が領民なので、家のあるものは帰らせ、住み込みの者は離れに隔離していた。
今日1日があっという間に過ぎた。ニナリアたちはその日から侯爵邸に泊まることにした。
ニナリアは就寝のため、客間のベッドで横になった。今日ですべてが変わって、とても疲れた。ベッドの端にアレンが腰かける。アレンは警備の仕事があるので鎧を付けたままだ。ニナリアはアレンに考えていたことを話した。
「父が叔父さんを突き出さなかったのは、多分逃げるためもあったと思う。——この屋敷は売ろうと思います。始めはお祖母さんが、次に父、そして私が出て行った。ここには辛い思い出が多すぎます」
「ああ、そうだな。好きにするといい。お前のいいように手伝おう」
アレンは静かに言った。
「不要なものは全部売って、祖父がしたことの補填に当てます。土地も持ち主に返して、いない場合は王室に献上します。元の侯爵領だけのほうが治めやすいから。道筋がついたら、侯爵領はお母さんに任せようと思います。お母さんは薬草売りをしていたから、きっとできると思います」
「ああ、いい考えだ。お前に早く母親を会わせないとな。それがお前の、たった一つの願いだからな」
「いいえ、今は願いが変わりました。だって母のことはカウントしないでしょ」
ニナリアはアレンを見て微笑んだ。アレンは少し驚いて聞いた。
「今の願いとはなんだ?」
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アレンは笑った。ニナリアのおでこにキスをすると、自分のおでこを突き合わせ、二人で微笑み合った。アレンは仕事に戻り、ニナリアは眠りについた。
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御者でさえも同じように備品を売っていた。初老の御者は膝をつき、手を合わせて懇願した。
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ニナリアは、どんな小さなことも見逃すわけにはいかなかった。何もしなかったローサやシェイラでさえ、処刑されたのだ。侯爵領に罪を犯す者はいらない。ニナリアは鋭い目つきで御者を見据えた。御者はその目を見てオーギュストを思い出して怯えた。ニナリアは御者に縄をかけて連れて行くように、ストラルトの騎士に指示した。
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ローサとシェイラの遺骨は、ローサの実家の侯爵家が二人をかわいそうに思って引き取った。二人は一族の墓に埋葬された。
マーゴットの処刑が終わると、オーギュストとマコールの遺骨と共に平民の墓地に一緒に埋葬された。無用に荒されないために墓石には、番号と日付だけが刻まれている。ブレンダは花束を持って墓を訪れた。
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