元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

文字の大きさ
38 / 40

38、侯爵家の最後

しおりを挟む
 二日が経ちオーギュストは、ニナリアのことで王宮に呼ばれた。申請が通ったのかは不明だった。騎士が前後に付き、奥にある軍議の間に通された。ここは、秘密の話がされる部屋でもある。中は石造りで中規模の広間だ。ドアから左手にある、正面中央の壇上の壁には、王家の紋章のタペストリーが飾られていた。王の椅子と、左右に王の椅子より背もたれの少し低い椅子が置いてある。
 左側の椅子に王子が座っていた。椅子の右側に執事と護衛が二人立っている。中央に赤い絨毯が敷いてあり、左側にニナリアとアレンが立っていた。ニナリアの今日のドレスは、マリーが選んだものだった。今の自分に一番ふさわしい気がした。
 兵士が両脇に並んでいた。オーギュストは、聖女の話をするのに人が多いと思った。嫌な予感がする。

(ニナリアが聖女ではないということか?)

 一度閉まったドアがまた開いて、マコールと、ローサ、シェイラが入って来た。ドアが閉まり兵が二人ドアの前に立った。そして、四人の後ろにも兵がついた。オーギュストは三人の登場に驚いた。

「どういうことだ⁉」
「分かりません。突然迎えが来て、王宮からの呼び出しだと……」

 オーギュストの問いにマコールが答えた。三人は王宮から来た馬車に乗せられて来た。

「さて、審議を始めよう」

 王子が冷たい声で宣言すると、手を前に出して合図した。

「ニナリアが侯爵を告訴した。傷害罪で捕らえろ」

 オーギュストは、その言葉にギョッとした。兵士がオーギュストを捕らえ、持っていた杖が落ちた。マコール家族はその様子に驚いた。

(くそっ、これは罠だ! ニナリアの奴、クリストファーの娘だからと生かしておくんじゃなかった!!)
(お祖父様が捕まった⁉ これからどうなるの? お父様では侯爵家はもたない)
(やった! 父さんが捕まった。やっと俺の代が来た!)

 それぞれが、思いめぐらした。ローサは両手で口元を抑えて、おろおろした。

「それから、侯爵からニナリアが聖女ではないかとの話があった」

 それを聞いてシェイラは驚いた。

(ニナリアが聖女ですって⁉ なんであの子ばっかり!)
(お祖父様は、それに気が付いて呼び戻したのね)

 マコール夫妻は何のことだか分からないので、ポカンとしていた。オーギュストは、他の人間にも知られてしまったので内心、舌打ちをした。王子は続けた。

「本人に聞いたところ違うそうだ」
「嘘だ! ではなぜクリストファーが長生きしていたんだ」

 オーギュストはすかさず声を荒げた。

(そういうことか!)

 ニナリアは納得して、反論した。

「それは、違います。父が余命少ないのは、嘘だったんです。父は回復していたからです」
「なんだと⁉」

 ニナリアは続けて、祖父に真実を告げた。

「父は、マーゴットに毒を盛られていたことに気が付いて逃げたんです」
「!」

(マーゴットがなぜだ⁉ あの女!)

 オーギュストは初めて聞く事実に驚いた。

「父が薬草を作っていたのは、体調を戻すためでした。そして万が一のために、私に毒の試薬を作って持たせてくれました」

 ニナリアはメイド時代にも、料理の違いでマーゴットに毒を盛られているかもしれないと考えたが、聖女の力で何とかなるだろうと思った。実際、まったく体を壊すことはなかった。少量ずつのため、マーゴットも効いていないことに気付くことはなかった。

「マーゴットに命じたのは、叔父様です」
「! ……なんだいきなり! そんなの出たら目だ!」

 マコールは突然名前を出されて、なんとか声を出した。オーギュストは、激しい怒りがこみ上げた。
 ドアが開き、マーゴットが兵士に連れられてやってきた。後ろ手に縛られている。兵士が報告した。

「マーゴットとマコールの部屋から、毒が見つかりました!」
「私はやっておりません。マコール様助けてください!」

 マーゴットが叫ぶ。マコールはまずい顔をして焦った。

(俺の名前を呼ぶな! メイドの分際で)

 マーゴットはニナリアを見つけて、睨みつける。

(ニナリアめ、やはり殺さなければならなかった。私の存在を脅かす者!)

 マーゴットはニナリアが侯爵邸に来た時、自分が殺そうと思った男の娘が戻ってきたことに驚愕して、不吉なものを感じていた。マーゴットは、ニナリアのほうを向いて叫んだ。

「あの女は嘘付きです!!」

 その言葉にニナリアは眉をピクッと動かした。

(最後まで腹の立つ。お父さんを苦しめた張本人のくせに!)

 だが、ニナリアは誰も恨んでいなかった。父が最後まで誰も恨んでいなかったからだ。王子は淡々と命じた。

「連れて行け。牢に入れろ」

 マーゴットは両脇を抱えられても、振り返りながら無実を叫んでいた。オーギュストは下を向いてつぶやいた。

「お前が、クリストファーを……」
「父さんあいつの言うことを信じるのか?」

 マコールはニナリアを存在しない者として、あいつとしか呼ばなかった。

「お祖父様が体を壊したのも恐らく、叔父様が毒を盛ったからです」
『!!』

 ニナリアの言葉に、全員が驚いた。王子もそれは初耳だった。

「お前……」

 オーギュストはマコールを睨みつけた。マコールは、オーギュストが捕らえられているので安心していた。確かに、自分を後継者にしないことにイラだって、マーゴットに毒を盛らせ、少し体を弱らせることにした。
 王子が手を顔の横に上げると、兵士が用意していた剣を、オーギュストに柄を向けて差し出した。オーギュストは、自分がもう終わりなのを分かっていた。剣の柄を握って鞘から引き抜くと、マコールのほうを向いた。マコールはギョッとした。オーギュストは杖がいるとは思えないほど、しっかりとした足取りで近づいた。

「待ってくれ、父さん! 俺は父さんに似ているだろ。兄さんは父さんの子供じゃなかったんだ。だからあいつも関係ない」
「! その噂もお前が流したんだな……」

 マコールはニナリアを指差したが、父の言葉にギクッとした。そうだ、学生の時に級友にその話をしたのはマコールだった。オーギュストは、マコールが自分に似ていると言われるのが心底嫌いだった。

「お前にはもう、うんざりだ!!」

 そう言うと、マコールの腹を一突きした。引き抜くとマコールは大量の血を流して倒れた。オーギュストは今まで自分の手を汚したことはなかったが、ここにはもう自分しかいない。ローサとシェイラが悲鳴を上げる。オーギュストはローサのほうを向いた。

「お前は何もしなかった。マコールにも、シェイラにも」

 ローサは悲鳴を上げて逃げようと後ろを向いた。後ろに立っていた兵士は、さっとよけた。オーギュストは背中を斜めに切りつけた。ローサは倒れた。シェイラは倒れて動かない父と母を見て絶望した。涙を流し両手を合わせて震えた。もうこの場にいる誰も、自分を助けてはくれない……。

「やめてください。お祖父様!」
「お前は役立たずだった」

 オーギュストは前からシェイラを切りつけた。

「きゃーあぁぁぁ!」

 シェイラの悲鳴が室内に響き渡った。シェイラは倒れ、目は開いたままだった。オーギュストはフーと肩で息をする。
 王子が再び手を上げると、槍を持った兵士が三方向から、オーギュストを串刺しにした。オーギュストはこと切れた。全てが終わり、辺りは静寂に包まれた。

 ニナリアは血だまりを避けて、シェイラのところまで歩いていった。シェイラの目は恐怖で見開き、涙の痕があった。きれいな顔は血が少し飛んだだけだった。ニナリアはかわいそうに思い、しゃがんで目を閉じさせた。
 ニナリアは静かにアレンのもとに戻る。祖父の見せた最後に言葉がなかった。アレンはニナリアの両腕に手を置いて支えた。王子は口を開いて宣言した。

「ニナリアを、バートン家の当主に任命する」

 アレンとニナリアはそれを聞いて驚いた! もう侯爵家には自分しかいない。ニナリアは目線を下に向け、貴族の礼をした。

「謹んでお受けします……」

 ニナリアの返事を受けると、王子は次の命令を下した。

「これよりバートン侯爵邸と侯爵領を制圧する!」

 兵士がそれぞれ持ち場に移動し始めた。アレンがニナリアに言った。

「俺たちも侯爵邸に行こう。すでに領のほうも包囲されている。ストラルトの騎士はニナリアを補佐する」
「分かりました」

 国の兵士とストラルトの騎士は、すでに配置についていた。二人も急いで広間を出た。

(またあの、場所に戻る……)

 ニナリアは、早足で歩きながら思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 〜王子たちの胃袋を『あんこ』で掴んだら、王宮で極甘に溺愛されています〜

あとりえむ
恋愛
「起きなさい、この穀潰し!」 冷たい紅茶を浴びせられ、無実の罪で男爵家を追放された地味なメイド、ミア。 泥濘の中で力尽きようとしたその時、彼女の脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。 それは、炊きたての小豆の香りと、丁寧にあんこを練り上げる職人としての誇り…… 行き倒れたミアを救ったのは、冷徹と恐れられる第一王子ミハエルだった。 バターと生クリームの重いお菓子に胃を痛めていた王族たちの前に、ミアは前世の知恵を絞った未知のスイーツ『おはぎ』を差し出す。 「なんだ、この食感は……深く、そして優しい。ミア、お前は私の最高のパートナーだ」 小豆の魔法に魅了されたミハエルだけでなく、武闘派の第二王子やわがままな王女まで、気づけばミアを取り合う溺愛合戦が勃発! 一方で、有能なミアを失い、裏金のカラクリを解ける者がいなくなった男爵家は、自業自得の崩壊へと突き進んでいく。 泣いて謝っても、もう遅い。 彼らを待っていたのは、処刑よりも皮肉な「全土小豆畑の刑」だった…… これは、一粒の小豆から始まる、甘くて爽快な逆転シンデレラストーリー。 あなたの心も、あんこのように「まあるく」癒やしてみせます。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!? 「これは契約結婚のはずですよね!?」 ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募しています。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。 ※表紙はAIイラストです。文字入れは「装丁カフェ」様を使用しております。 ※小説内容にはAI不使用です。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

第四王子の運命の相手は私です

光城 朱純
恋愛
闇の魔力の持ち主が世界を滅ぼすと、見下される国カイート王国。 生まれてきた者は隠され、貶められ、蔑まれ、まともな生活を送ることは許されなかった。 圧倒的なその力に、いつ呑み込まれるかわからない闇の魔力の持ち主を救えるのは、聖の魔力の持ち主のみ。 そんな国に生まれ落ちた第四王子は闇の魔力を持つ。 聖の魔力を持って生まれた相手に恋をして、側にいることが叶えば、その愛はとどまることを知らない。 やがて運命の相手との力は国を守り、民を助ける。 聖と闇。その二つの魔力を持つ者がお互いを信じ結ばれた時、その力は何倍もの大きさになって国に繁栄をもたらすだろう。 闇魔法の使い手である第四王子。聖魔法の使い手の侍女エラ。運命の相手との立場を超えた恋愛のいく末はーー。 表紙はイラストAC様からお借りしました

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

処理中です...