求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~

実川えむ

文字の大きさ
17 / 26
第四話

予約

しおりを挟む
 バレンタインデーが過ぎた。

 せっかく、その日はシフトが入っていなかったというのに、誰にチョコを渡すでもなく、家にこもっていた私。
 前にカットしてから、まだ一か月にもならなかったから、せっかくの休みでも、予約もしなかった。
 ほぼ、家と職場との往復の私には、出会いらしい出会いもなくて、強いて言うなら、黒川さんくらいしか頭に思い浮かばない。
 野村さんも名刺をいただいたけれど、さすがに、簡単にメールとかする勇気もない。

 ――そういえば、私、黒川さんの連絡先、知らないや。

 実家住みの私だけれど、美容室に行かない限り、黒川さんと会うこともない。
 今でも黒川さんが実家に住んでいるのか、それとも家から出ているのか。

 ――それに、黒川さんって、彼女とか、奥さんとかいるんだろうか。

 色々考えてたら、なんだか、私、黒川さんのこと、何も知らないんだな、というのを思い知らされた。



 店のディスプレイは、すっかりひなまつり。桃の節句だけど、桜色一色。

「Wow!! Beautiful!」

 桜色の大きな招き猫を目の前にして、白人のカップルが盛り上がってる。

「あれ、かわいいとは思うけど……買う人いるんですかね」

 思わず、ぼそりと店長に言う。

「金ぴかのを買って行く中国人のお客さんもいるんだから、あれだって、買う人いるわよ」

 顔をあげずに、伝票のチェックをしている店長。
 そして、抱えるほどの大きさの桜色の大きな招き猫を、先ほどのカップルが抱えて持ってきた。

「いらっしゃいませ~」

 あちらは完全に英語で話しかけてくるけど、こっちはカタコトしか話せない。それでも、なんとかしのげるようになったのは、経験の賜物。
 満足そうな笑顔で去っていくカップルを見送ると、一仕事終えた、という達成感で、私も微笑んでいる。

「いいなぁ」

 同じようにカップルを見送っていた店長がポツリとつぶやく。

「いいですねぇ」

 そう言いながら、桜色の招き猫のいなくなったところに、新しい商品を置くべく、在庫をあさる。
 あ、同じような柄で、少し濃い目のピンクの子がいた。

「そういえば、店長……筋肉くんとは、あれから、どうですか?」

 店長の恋バナを思い出してそう言いながら、箱から取り出す。

「えっ?」

 店長の声に、思わず振り向くと、少し頬を染めて乙女な店長がいた。

「え?……もしかして」
「え?」
「もしかしちゃったんですかっ!?」

 濃いピンクの子を、慌てて箱に戻して、店長のところに駆け寄ると。

「え、えへ。連絡先だけだけど……交換してもらえたの」

 くぅぅっ!
 いつもは、ピシッとしっかり者な店長が、乙女してるっ! 乙女してるよっ!
 思わず身悶えることを、止められない私。

「わ~、店長、やったじゃないですかっ!」
「う、うん……」

 わきゃわきゃしたいところだったけれど、新しいお客さんが入って来たのが見えたので、途中になっていた補充に戻った。
 バレンタインディに店長が頑張ってチョコを渡したという話は聞いていたけれど、あの筋肉くんが、ちゃんとそれに応えてくれたなんて。
 あきらかに、筋肉くんより、店長のほうが年上なんだけど、それでも連絡先を教えてくれたっていうのは、自分のことみたいに嬉しい。

 ――そっかぁ。

 ダメでも、やっぱり、何もしなければ、何も始まらない。
 黒川さんのこと、何も知らないから、まずは、黒川さんのことが知りたい、と思う。

「店長、ちょっと外します~」

 そう言って、バックヤードにかけこんで、スマホを取り出した。

「……あ、予約お願いします。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

皇后陛下の御心のままに

アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。 アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。 幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――

処理中です...