吸血鬼な俺と、美しく狂った祓魔師の話――これは最悪で最強の共犯契約

渋谷 楽(シブヤ ガク)

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第8章「三人の歩幅、戦いへ」

第52話「弱者の一撃」

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 触手のしなる音、正也がそれを辛うじて弾いていく音だけが戦場に響く。

 リンは膝をついたまま、相棒の纏う冷たさだけを肌に感じていた。

「どうしたら」

 呟き、手をついて立ち上がろうとしたそのとき、神殿の守り手の死体が目に入る。

 純白の隊服、もう動かない手、見開いた目。

 リンの視界がぐらつく。

「二人のところに、行かなきゃ」

 呟き、歩き出す。

 しかし、何か柔らかいものを踏んで立ち止まった。

「ッ!」

 死体を跨いだところにも、死体。

 慌てて後ずさり、踵が別の死体にぶつかる。

「私も」

 生まれて初めて見た神殿の守り手の死体が、リンの戦意を根底から揺さぶる。

「私も、こうなる」

 ――瞬間、戦場に突如瞬いた光に顔を上げる。

 櫻が投げた閃光珠が一時的にグレイヴの視界を覆い、二人は一気に距離を縮める。

 しかし、でたらめに振り回された触手によって二人は後退を余儀なくされた。

『敵の視線は今、二人に集中している』

 そんな言葉が脳裏をよぎったとき、リンはその場に片膝をついた。

『ここにいれば、安全か?』

 恐怖に身を任せて縮こまったそのとき、両足に鎖が巻き付く。

 それは足首、ふくらはぎと上がっていき、リンの脚を締め上げていく。

 リンはこの鎖の感覚に覚えがあった。

 それは、かつて自分が『期待』と呼んでいたもの。

「はっ、何が期待だ」

 リンの頭の中、隊長に向かって放った台詞、そしてかつての仲間たちに向けて啖呵を切ったあの瞬間が蘇る。

「本当は、死にたくないだけのくせに」

 初めて銃を受け取ったあのとき、神殿の守り手に任命されたあの日。

 そのときと同じ目で、リンは自分を見ていた。

「被害者でいられる内は、強くいられるだけ」

 呟き、拳を振り上げる。

「死ね」

 そして、殴った。自分の脚を。

「死ねよ。気持ち悪い」

 もう一度拳を振り上げたそのとき、戦場で火花が散る。

 その火が一瞬映し出した正也のその目に、リンは目を奪われた。

 そして、ふっと笑った。

 リンは思い出す。自分に向けられた正也の目を。

 芯があって、真っ直ぐで、嫌になる程だった。

「加害者の目だ」

 リンは膝に手をつき、骨が軋む程力を込める。

 震えながらも、何とか身体を持ち上げる。

「自分の理想以外知らねえって、加害者の目」

 もう一度火花が散る。

 立ち上がったリンは銃弾を一発手に取った。

「私も、加害者になる」

 そのとき、階段を通ってきた風がリンの頬と首を撫でた。

「あなたの理想は現実になったよって、お姉ちゃんに言うんだ」

 リンは集中し、右手の銃弾を強く握る。

 霊気が銃弾に流れ込み、青白い光を放つ。

 リンは立ち眩みを堪えながらその弾をシリンダーに込める。

 そして、銃口を今は沈黙している神木に向けた。

「さようなら、被害者」

 発砲。弾丸が神木に食い込む。

そして、発光。

 それはまるで真夏の夜に打ち上がった一発の花火のように、一挙に周囲を照らし出した。

「何ッ⁉」

 グレイヴは顔を覆う。しかし、その腕もろとも光が焼き尽くしていく。

 旋回を続けていた正也と櫻は進路を一気に変えた。

「俺が行く!」

「いいや私だ!」

 駆け出した正也を追い越し、櫻が飛び出す。

「やめろ! やめろぉぉ!」

「ごめんな」

 そして、グレイヴの心臓に太刀を突き刺した。

「殺しはしないと決めたんだが」

「ぐっ、はっ!」

「お前だけはダメだ」

 櫻は呟き、太刀を抜く。

しかしそのとき、グレイヴはくくっと笑った。

「約束通り、文句は言いませんよ」

 そしてグレイヴはまるで神を目の前にした信者のように、胸の辺りをぐしゃりと掴んで天に手を伸ばす。

「この、幸福な人生……ッ」

 グレイヴはそう言い、前のめりに倒れる。

 櫻はそんなグレイヴを見下ろし、次にキッとリンを見た。

「リン!」

「へっ?」

 櫻は走り出す。そして、その勢いのままリンに抱きついた。

「ごめん、一瞬見捨てた」

「……っ!」

「でも、私が間違ってた」

 リンは小さく笑い、櫻の背中に両手を回し、彼女の服を強く握り締めた。

「こっちこそ、ごめんなさい。諦めかけた」

 そしてリンは、正也にも控えめな視線を向けた。

「でも、もう大丈夫。もう、三人だから」

 正也はそんなリンを見て目を細める――。

「合格だ。王子よ」

 正也の背後、低くくぐもった声が響く。

それは正也にとって聞き慣れた声。

頭の中にだけ響いていた、王の声。

「どちらが真に吸血鬼の王にふさわしいか」

 グレイヴの身体がまるで背後から糸を引かれているかのようにぎこちなく立ち上がる。

 そして、その背中を突き破って黒翼が姿を現す。

 それは正也が深層意識の中で見た、王のものと同じだった。

「決着をつけようじゃないか」

 王が乗っ取ったグレイヴの身体。

 それが両手を組んだ次の瞬間、正也の頭上に赤黒い星が瞬いた。

第8章「三人の歩幅、戦いへ」完

 第8章、読んでいただきありがとうございます。3人が揃い、物語はいよいよ最終章を迎えます。満を持して現れた王、そして彼が抱えている信念や思想とは何なのか。3人の革命はどういう結末を迎えるのか。最後までお付き合いの程よろしくお願いします。

 毎日21時更新です。
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