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クウォーターの朝は、音で始まる。
風が梁を舐め、鎖が擦れ、どこかで金属が鳴ってしまう。
あれは生活音ではない。構造体が悲鳴を上げる前の、薄い予兆だ。
ヨルは通路を進みながら、足場の癖を足裏で確かめた。水平を信じる者から死んでいく。ここでは、床は平らであるべきものではなく、落ちないために選ばれた角度であった。傾いた梁、歪んだ渡し板、斜めに組まれた支柱。誰かが真っ直ぐにしようとした痕跡は、だいたい折れて補修痕になる。
補修は、仕事ではない。
呼吸のようなものだ。
捕獲棟〈竜の墓場〉へ向かう途中、ヨルは工具箱の蓋を指で弾いた。中身は揃っていない。欠けている分だけ、別の何かで代用する癖がつく。人間も同じだ。欠けた役割は、誰かが埋める。埋められなければ、工程が崩れる。崩れた瞬間、竜狩りは狩りではなく事故になる。
今日の空気は、事故の匂いがしなかった。
だからといって安心できるわけでもない。ただ、竜の気配が薄い。見張りの連中も、喉の奥で鉄を噛むような緊張はしていない。
来ない日だ。
来ない日は来ない日で問題はある。
竜が来なければ生き残ってしまう。生き残ったぶんだけ、腹が減る。装置が消耗する。人が擦り減る。死なないことは、延命の手間を増やすだけだ。
ヨルは外套の襟を立て、竜の墓場の縁に立った。
空間は、意図的に大きく開いている。
竜を誘い込むための空洞。
生活の中心に竜の死が置かれていること自体が、この場所の倫理だった。
梁から垂れる鎖の張り具合を見て、ウインチの固定を指で触れ、落とし床の継ぎ目に目を走らせる。昨日の狩りで削れた箇所は、まだ熱を持っているように見えた。実際には冷えている。それでも、ヨルの目には消耗の色が残る。
「ヨル」
背後から声がした。軽いが、軽薄ではない。
ヒオだった。
二十歳くらい。若いのに、目の奥が古い。クウォーターに来るのが早かった人間は、だいたいそうなる。薬に手を出して流された、と本人は笑うが、笑い方は上手くない。
「こっち、索の通し直し。昨日、擦れてる」
ヒオが指さしたのは天鎖の一部だった。擦過痕が白く残っている。刃物で削られたような筋。竜の動きに引きずられ、梁の角に噛んだのだろう。
「替えは?」
「ある。……いや、あるって言っていいか分かんない。短い」
「短けりゃ継いどけ」
ヨルが言うと、ヒオは少しだけ笑った。
「継げば、どっかが弱くなるよ?」
「お前が覚えておけばいいだろ」
「そんな、無茶だよ」
「でなきゃ死ぬだけだ」
その会話に意味はない。慰めでも、警告でもない。
ただ、工程の確認だ。
ヒオが索を引き、ヨルが固定具を締め直していると、足場の向こうから声が飛んできた。
「おーい、ヨルー! そこ、まだ生きてる?」
ユーカだった。
細い声のくせに、言葉は刃物みたいに刺さる時がある。彼女は二重人格だと自分で言う。臆病な自分と、攻撃的な自分。その区別をヨルは信じていない。ここでは、誰だって切り替わる。生きるために。
「生きてるぞ」
ヨルが返すと、ユーカは渡し板を渡って近づいてきた。足取りは軽いが、軽率ではない。B担当として落とし床と楔を扱う以上、臆病だけでは務まらない。
「今日、落とし床の起動試験やる? さっき、噛みが鈍い気がした」
「見たのか」
「見た。……いや、気がしただけかも」
「やっておこう」
ヨルは床板の継ぎ目を指で叩いた。空洞の音が返る。内部の滑車がどこかで引っかかっているのかもしれない。竜が来ない日こそ、こういう確認をやる。竜が来る日は、確認している暇がない。
ユーカはヨルの指先を見ていた。
何かを言いたそうで、言わない。
言葉を出した瞬間に、別の自分が出てくるのを恐れているのかもしれないし、恐れていないのかもしれない。
「オルダは?」
ヨルが聞くと、ユーカは肩をすくめた。
「上。指揮ごっこ。どうせ来ないでしょ」
「来ないって言うな」
「言うよ。言わないと落ち着かないから」
そう言って、ユーカはふいに目を逸らした。
目を逸らした先に、担架が置いてある。布がかけられたまま、端の暗がりに寄せられていた。昨日の死体のうちの一つ。解体室へ運ぶ順番待ち。竜の死体だけが解体されるわけじゃない。人も解体され、匂い槽に入れられる。
「人の解体って必要?」
「まぁ……解体したほうが、食・い・つ・き・がいいらしい」
「最悪ね」
ユーカは吐き捨てる。
おそらく、この地獄に対しての言葉だったのだろう。
二人は運び込まれる担架を見ていた。
誰もが、いつかは至る最期の姿。
ヨルは何も言わなかった。
言うべき言葉は、ここにはない。
⸻
昼に近い時間、風の匂いが少し変わった。
油と錆と血の匂いに混じって、遠い金属の匂いがした。
新しい鉄。濡れたロープ。木材の匂い。
ヨルは手を止めた。ヒオも、ユーカも、同じように止まった。
クウォーターでは、止まる理由が二つしかない。
竜か、物資だ。
そして今日は、竜の気配が薄い。
なら、もう一つだ。
上の見張りから、短い合図が飛んだ。声じゃない。金属を叩く音。決められた回数。決められた間隔。誰が聞いても分かる。
定期便。
誰も歓声を上げない。誰も走らない。
ただ、自然に人が集まり、ロープウェイの受け口へ向かっていく。
ヨルは階段を上がりながら、ふと考えた。
定期便。
定期なのに、久しぶりだ。
その矛盾は、ここでは矛盾ですらない。
外の世界は、クウォーターを「運用している」ことになっている。帳簿上は、規定の頻度で補給が行われ、規定の人数が入れ替わり、規定の成果が上がる。竜は狩られ、資源が回収され、前線は維持される。
実際は、風が強ければ箱は来ない。
部品が欠ければ装置は止まる。
人が死ねば工程は歪む。
竜が来れば、全部が崩れる。
それでも「定期」だ。
言葉が制度を保つ。
制度が人間を縛る。
人間は縛られたまま、ここで刑に処されるのだ。
受け口には、すでにオルダがいた。
名目上のリーダー。目つきだけは偉そうだが、足元は落ち着かない。竜を前にすると固まるくせに、竜がいない時だけ指揮を取る。そういう男は、クウォーターでは嫌厭される。
「来たか」
オルダが言った。
それは「良かったな」ではない。確認だ。
箱が来なければ設備が消耗する一方だ。そうなれば死者が増える。死者が増えれば、ここも終わる。
「……久しぶりだな」
誰かが呟いた。
オルダではない。別の男だ。
その一言だけで、空気が締まる。
クウォーターにいる人間は補充される。
死ぬための人間だけが送られてくる。
そういう世界だと、改めて確認する言葉だった。
ロープウェイの音が、断崖を切って近づいた。
遠い滑車が唸り、ロープが空を裂く。霧の向こうから、黒い箱が一つ、また一つと現れる。
箱は貨物だった。
水、食材、木材、金属部品、薬品。
そして――人。
最後の箱は、揺れ方が違う。
人間が入っている箱は、微妙に重心が動く。
無意識の揺れ、呼吸、体温。
死体とは少し違う。
ヨルは柵越しに、その箱を見下ろした。
木箱には簡素な刻印がある。番号。規格。内容物。
水の箱と、食材の箱と、部品の箱と、ほとんど同じ書式。
違うのは、最後の欄に書かれている文字だけだ。
「竜刑者」
オルダが顎で示した。
二人、だと。
数字が書かれている。
二人。
少ない。
外の世界は、クウォーターを維持する気があるのかないのか分からない。維持する気があるなら、もっと送る。維持する気がないなら、送らない。だが、送ってくる。それも中途半端に。
「開けるぞ」
誰かが釘抜きを持ってきた。
木材の軋み、釘が抜け、蓋が外れる。
最初に出てきたのは、物資の匂いだった。水と、乾いた穀物と、油紙に包まれた部品。外の世界の匂いは、ここより少しだけ清潔だった。清潔な匂いほど、ここでは気持ち悪い。
そして、最後の箱が開いた。
中には少女がいた。
小柄で、痩せている。だが、骨だけではない。筋がある。手首に擦り傷。足首に縄の跡。運搬の間、動かないように縛られていたのだろう。
目が開いていた。
涙も悲鳴も動揺もなかった。
またか、と言いたげな瞳。
地獄に慣れているかのような、荒んだ瞳だった。
ただ、その目は箱の外の構造をなぞっていた。梁、鎖、斜めの支柱、歪んだ床。まるで、落ちる角度を探すように。
「名前は」
オルダが訊いた。
それは歓迎の言葉ではなく登録だ。
少女は、一瞬だけ口を開き、閉じた。
唾を飲み込み、短く答えた。
「コト」
声は掠れていたが媚びはなかった。
恐怖も表に出してはいない。
表に出していないだけで、ないわけじゃない。ヨルにはそれが分かった。
二人目の箱には、男がいた。二十代半ば。目が合ってすぐ逸らした。生き残るための目だ。コトとは少し違う。
ヨルは二人を見たあと、すぐに視線を外した。
見つめることに意味はない。
ここでは、人が増えるのは祝福ではなく、工程の追加だ。
「編成は明日決める」
オルダが言った。
「今日は来ない」と同じ種類の言葉。言って落ち着くための言葉。
ヨルは工具を持ち直し、鎖の張りを確かめた。
断崖の風が、箱の中の匂いをさらっていった。
コトはその風を吸い込み、ほんの少しだけ目を細めた。
泣くでもなく、笑うでもなく。
まるで、これから先の未来を――「使う」準備をするみたいに。
ヨルは思った。
明日まで生きていれば歯車になる。
生きていなければ、ただの荷物だ。
クウォーターでは、その境界があまりに曖昧だ。
そして今日も竜は来ない。
来ないまま、すべてが竜のために整えられていく。
風が梁を舐め、鎖が擦れ、どこかで金属が鳴ってしまう。
あれは生活音ではない。構造体が悲鳴を上げる前の、薄い予兆だ。
ヨルは通路を進みながら、足場の癖を足裏で確かめた。水平を信じる者から死んでいく。ここでは、床は平らであるべきものではなく、落ちないために選ばれた角度であった。傾いた梁、歪んだ渡し板、斜めに組まれた支柱。誰かが真っ直ぐにしようとした痕跡は、だいたい折れて補修痕になる。
補修は、仕事ではない。
呼吸のようなものだ。
捕獲棟〈竜の墓場〉へ向かう途中、ヨルは工具箱の蓋を指で弾いた。中身は揃っていない。欠けている分だけ、別の何かで代用する癖がつく。人間も同じだ。欠けた役割は、誰かが埋める。埋められなければ、工程が崩れる。崩れた瞬間、竜狩りは狩りではなく事故になる。
今日の空気は、事故の匂いがしなかった。
だからといって安心できるわけでもない。ただ、竜の気配が薄い。見張りの連中も、喉の奥で鉄を噛むような緊張はしていない。
来ない日だ。
来ない日は来ない日で問題はある。
竜が来なければ生き残ってしまう。生き残ったぶんだけ、腹が減る。装置が消耗する。人が擦り減る。死なないことは、延命の手間を増やすだけだ。
ヨルは外套の襟を立て、竜の墓場の縁に立った。
空間は、意図的に大きく開いている。
竜を誘い込むための空洞。
生活の中心に竜の死が置かれていること自体が、この場所の倫理だった。
梁から垂れる鎖の張り具合を見て、ウインチの固定を指で触れ、落とし床の継ぎ目に目を走らせる。昨日の狩りで削れた箇所は、まだ熱を持っているように見えた。実際には冷えている。それでも、ヨルの目には消耗の色が残る。
「ヨル」
背後から声がした。軽いが、軽薄ではない。
ヒオだった。
二十歳くらい。若いのに、目の奥が古い。クウォーターに来るのが早かった人間は、だいたいそうなる。薬に手を出して流された、と本人は笑うが、笑い方は上手くない。
「こっち、索の通し直し。昨日、擦れてる」
ヒオが指さしたのは天鎖の一部だった。擦過痕が白く残っている。刃物で削られたような筋。竜の動きに引きずられ、梁の角に噛んだのだろう。
「替えは?」
「ある。……いや、あるって言っていいか分かんない。短い」
「短けりゃ継いどけ」
ヨルが言うと、ヒオは少しだけ笑った。
「継げば、どっかが弱くなるよ?」
「お前が覚えておけばいいだろ」
「そんな、無茶だよ」
「でなきゃ死ぬだけだ」
その会話に意味はない。慰めでも、警告でもない。
ただ、工程の確認だ。
ヒオが索を引き、ヨルが固定具を締め直していると、足場の向こうから声が飛んできた。
「おーい、ヨルー! そこ、まだ生きてる?」
ユーカだった。
細い声のくせに、言葉は刃物みたいに刺さる時がある。彼女は二重人格だと自分で言う。臆病な自分と、攻撃的な自分。その区別をヨルは信じていない。ここでは、誰だって切り替わる。生きるために。
「生きてるぞ」
ヨルが返すと、ユーカは渡し板を渡って近づいてきた。足取りは軽いが、軽率ではない。B担当として落とし床と楔を扱う以上、臆病だけでは務まらない。
「今日、落とし床の起動試験やる? さっき、噛みが鈍い気がした」
「見たのか」
「見た。……いや、気がしただけかも」
「やっておこう」
ヨルは床板の継ぎ目を指で叩いた。空洞の音が返る。内部の滑車がどこかで引っかかっているのかもしれない。竜が来ない日こそ、こういう確認をやる。竜が来る日は、確認している暇がない。
ユーカはヨルの指先を見ていた。
何かを言いたそうで、言わない。
言葉を出した瞬間に、別の自分が出てくるのを恐れているのかもしれないし、恐れていないのかもしれない。
「オルダは?」
ヨルが聞くと、ユーカは肩をすくめた。
「上。指揮ごっこ。どうせ来ないでしょ」
「来ないって言うな」
「言うよ。言わないと落ち着かないから」
そう言って、ユーカはふいに目を逸らした。
目を逸らした先に、担架が置いてある。布がかけられたまま、端の暗がりに寄せられていた。昨日の死体のうちの一つ。解体室へ運ぶ順番待ち。竜の死体だけが解体されるわけじゃない。人も解体され、匂い槽に入れられる。
「人の解体って必要?」
「まぁ……解体したほうが、食・い・つ・き・がいいらしい」
「最悪ね」
ユーカは吐き捨てる。
おそらく、この地獄に対しての言葉だったのだろう。
二人は運び込まれる担架を見ていた。
誰もが、いつかは至る最期の姿。
ヨルは何も言わなかった。
言うべき言葉は、ここにはない。
⸻
昼に近い時間、風の匂いが少し変わった。
油と錆と血の匂いに混じって、遠い金属の匂いがした。
新しい鉄。濡れたロープ。木材の匂い。
ヨルは手を止めた。ヒオも、ユーカも、同じように止まった。
クウォーターでは、止まる理由が二つしかない。
竜か、物資だ。
そして今日は、竜の気配が薄い。
なら、もう一つだ。
上の見張りから、短い合図が飛んだ。声じゃない。金属を叩く音。決められた回数。決められた間隔。誰が聞いても分かる。
定期便。
誰も歓声を上げない。誰も走らない。
ただ、自然に人が集まり、ロープウェイの受け口へ向かっていく。
ヨルは階段を上がりながら、ふと考えた。
定期便。
定期なのに、久しぶりだ。
その矛盾は、ここでは矛盾ですらない。
外の世界は、クウォーターを「運用している」ことになっている。帳簿上は、規定の頻度で補給が行われ、規定の人数が入れ替わり、規定の成果が上がる。竜は狩られ、資源が回収され、前線は維持される。
実際は、風が強ければ箱は来ない。
部品が欠ければ装置は止まる。
人が死ねば工程は歪む。
竜が来れば、全部が崩れる。
それでも「定期」だ。
言葉が制度を保つ。
制度が人間を縛る。
人間は縛られたまま、ここで刑に処されるのだ。
受け口には、すでにオルダがいた。
名目上のリーダー。目つきだけは偉そうだが、足元は落ち着かない。竜を前にすると固まるくせに、竜がいない時だけ指揮を取る。そういう男は、クウォーターでは嫌厭される。
「来たか」
オルダが言った。
それは「良かったな」ではない。確認だ。
箱が来なければ設備が消耗する一方だ。そうなれば死者が増える。死者が増えれば、ここも終わる。
「……久しぶりだな」
誰かが呟いた。
オルダではない。別の男だ。
その一言だけで、空気が締まる。
クウォーターにいる人間は補充される。
死ぬための人間だけが送られてくる。
そういう世界だと、改めて確認する言葉だった。
ロープウェイの音が、断崖を切って近づいた。
遠い滑車が唸り、ロープが空を裂く。霧の向こうから、黒い箱が一つ、また一つと現れる。
箱は貨物だった。
水、食材、木材、金属部品、薬品。
そして――人。
最後の箱は、揺れ方が違う。
人間が入っている箱は、微妙に重心が動く。
無意識の揺れ、呼吸、体温。
死体とは少し違う。
ヨルは柵越しに、その箱を見下ろした。
木箱には簡素な刻印がある。番号。規格。内容物。
水の箱と、食材の箱と、部品の箱と、ほとんど同じ書式。
違うのは、最後の欄に書かれている文字だけだ。
「竜刑者」
オルダが顎で示した。
二人、だと。
数字が書かれている。
二人。
少ない。
外の世界は、クウォーターを維持する気があるのかないのか分からない。維持する気があるなら、もっと送る。維持する気がないなら、送らない。だが、送ってくる。それも中途半端に。
「開けるぞ」
誰かが釘抜きを持ってきた。
木材の軋み、釘が抜け、蓋が外れる。
最初に出てきたのは、物資の匂いだった。水と、乾いた穀物と、油紙に包まれた部品。外の世界の匂いは、ここより少しだけ清潔だった。清潔な匂いほど、ここでは気持ち悪い。
そして、最後の箱が開いた。
中には少女がいた。
小柄で、痩せている。だが、骨だけではない。筋がある。手首に擦り傷。足首に縄の跡。運搬の間、動かないように縛られていたのだろう。
目が開いていた。
涙も悲鳴も動揺もなかった。
またか、と言いたげな瞳。
地獄に慣れているかのような、荒んだ瞳だった。
ただ、その目は箱の外の構造をなぞっていた。梁、鎖、斜めの支柱、歪んだ床。まるで、落ちる角度を探すように。
「名前は」
オルダが訊いた。
それは歓迎の言葉ではなく登録だ。
少女は、一瞬だけ口を開き、閉じた。
唾を飲み込み、短く答えた。
「コト」
声は掠れていたが媚びはなかった。
恐怖も表に出してはいない。
表に出していないだけで、ないわけじゃない。ヨルにはそれが分かった。
二人目の箱には、男がいた。二十代半ば。目が合ってすぐ逸らした。生き残るための目だ。コトとは少し違う。
ヨルは二人を見たあと、すぐに視線を外した。
見つめることに意味はない。
ここでは、人が増えるのは祝福ではなく、工程の追加だ。
「編成は明日決める」
オルダが言った。
「今日は来ない」と同じ種類の言葉。言って落ち着くための言葉。
ヨルは工具を持ち直し、鎖の張りを確かめた。
断崖の風が、箱の中の匂いをさらっていった。
コトはその風を吸い込み、ほんの少しだけ目を細めた。
泣くでもなく、笑うでもなく。
まるで、これから先の未来を――「使う」準備をするみたいに。
ヨルは思った。
明日まで生きていれば歯車になる。
生きていなければ、ただの荷物だ。
クウォーターでは、その境界があまりに曖昧だ。
そして今日も竜は来ない。
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