8 / 20
ハワイの香り
しおりを挟む
キスカ湾に係留されている少し変わった形の軽巡洋艦くらいの大きさの貨物船のような船の前にドナルドとオーティスが立っている。ドナルドが言う。
「真珠湾に帰れることになったのはいいけど、弾薬運搬船ってどうなのよ?」
オーティスがうなづく。
「ほんとだなぁ。だいじょぶかなぁ」
弾薬運搬船のタラップの上から、迎えの兵士が声をかける。
「ようこそ、いらっしゃい」
二人が重い足取りでタラップを上がっていき、オーティスが迎えの兵隊に声をかける。
「お手柔らかに頼むよ」
迎えの兵士が苦笑する。
「弾薬運搬船は不安ですか?」
オーティスがうなづく。
「うん。正直言うと」
迎えの兵士が気軽に言う。
「だいじょぶですよ。この船は脚が速いんです。それに、潜水艦がこの船を攻撃して、この船が爆発すると、その潜水艦まで巻き添えを食らうんです。だから、逃げていきます」
オーティスが真顔で言う。
「物騒な例えだなぁ」
3人で船内を歩いて、迎えの兵士が立ち止まってドアを開ける。
「こちらです」
ドナルドとオーティスが部屋をのぞき込むと、広い。この船の5倍も10倍も大きかった船艦ペンシルバニアの船室よりも広い。ドナルドが尋ねる。
「この部屋は何人で使うの?」
迎えの兵士が答える。
「2人です」
ドナルドとオーティス、黙って両手をあげて喜ぶ。迎えの兵士が微笑する。
「でも、この下には16インチの砲弾がたっくさんありますよ。気をつけてくださいね」
ドナルドとオーティス、両手をあげたまま固まる。迎えの兵士は、やっぱり微笑している。
「でも、温度を一定にして爆発を避けるためにエアコン完備なので、快適ですよ」
オーティスが尋ねる。
「どこ? どこ?」
迎えの兵士があちらの壁の下の方を指す。
「ほら、そこに吹き出し口が」
ドナルドが喜ぶ。
「あっ、ほんとだ」
ドナルドとオーティスが吹き出し口に寄っていって顔を近づける。ドナルドが感心する。
「スゴいなー、エアコン。大学の図書館で見て以来だー。エアコンを積んでる船なんてあるんだねー」
弾薬運搬船が大海原を軽快に走っている。ドナルドとオーティスが、甲板で海を眺めている。オーティスが海の向こうを指す。
「あぁ、見えてきた、見えてきた。あれ、ハワイだろ?」
ドナルドがうなづく。
「なんか、甘い香りが匂ってくるようだねー。アリューシャン列島は凍土しかなかったからなー」
オーティスが深くうなづく。
「大変だったなぁー」
真珠湾基地の一室で、ドナルドとオーティスが上司に報告している。上司が言う。
「よし。ご苦労。オーティス、報告が来てるぞ。お手柄だったそうじゃないか」
オーティスが照れ笑い。上司が続ける。
「きっと昇進とかあるぞ。ま、とりあえず、翻訳局はホノルルの方に移動したんだ。そこに向かって、指示を待ってくれ」
ホノルルの町中にある家具店。「一時休業」という看板がかかっている。その前に、海軍のジープが止まる。うしろに軍服姿のドナルドとオーティスが乗っている。オーティスが運転手の兵士に尋ねる。
「家具店じゃない。ここなの?」
運転手の兵士が答える。
「私にはわかりませんが、この地点を指示されました」
ドナルドとオーティスが降りながら言う。
「ありがとう」
「ありがとう」
海軍のジープが去って行く。ドナルドとオーティスはぼんやりと立って家具店の看板を見ている。オーティスが言う。
「ここなのかね?」
ドナルドが答える。
「うーん、ここなんだろうね」
少しの間二人がボンヤリ立っていると、中からドアを開けて軍服を着た年配の男が顔を出す。
「キミたち、軍服でナニしてんだ。さっさと中に入れ」
二人はビックリして中に入る。年配の男をドアを閉めながら言う。
「せっかくカムフラージュしてるのに」
オーティスが尋ねる。
「ここは海軍翻訳局?」
年配の男が、不機嫌そうに答える。
「いや、翻訳局だ」
オーティスが聞き返す。
「へ?」
年配の男が言う。
「海軍翻訳局じゃなく、米軍翻訳局だ。だから、陸軍の者もいるぞ」
ドナルドとオーティスが納得する。
「へー」
「へー」
年配の男が嘆く。
「まったく。海軍さんは真珠湾基地に日系人を入れたくないんだと。だからこんな面倒なことになってるんだよ」
夜になった。
リリィとドナルドとオーティスが一緒に住んでいるホノルルの一軒家に灯りがついている。
家の中では、3人掛けのソファーの真ん中にリリィ、右と左にドナルドとオーティスが座り、みんなウイスキーの入ったグラスを持っている。
ソファーの向かいには大きなレコードプレーヤーと大きなスピーカーが二つ。ベートーヴェンの5番が流れている。オーティスが言う。
「いいなぁ、音楽は」
ドナルドがうなづく。
「アッツ島はヒドいとこだったなぁ」
リリィが怒り出す。
「あんた達はいいわよ。戦場に出られて。あたしなんか、ずーっとホノルルなのよ」
オーティスが言う。
「ま、きっとおとーさんやおじーさんが手を回してるんだろ?」
ドナルドがうなづく。
「そりゃそうだ。可愛い可愛い娘や孫を戦地になんか送りたくないよー」
リリィがふくれる。
「それじゃー、海軍に入った意味ないじゃなーい」
オーティスが尋ねる。
「上には言ってみたの?」
リリィがふくれる。
「毎日言ってるわよ」
3人とも苦笑する。ドナルドが言う。
「でもさ、アッツとかキスカでは日本軍ヒドい状態だったよ。あれじゃ戦争にならないから、どんどん米軍が奪回するとこが増えるんじゃないかな?」
リリィが明るい顔になる。
「そう?」
ドナルドがうなづく。
「そしたら、日本語のできるボクらは引っ張りダコになるから、リリィもホノルルでのんびりしてるわけにはいかなくなるだろ?」
リリィ、うれしそう。
「そうかな。そうなるといいなー」
3人は、3人掛けのソファーにくっついて座りながら、ベートーベンの5番を聞いている。
「真珠湾に帰れることになったのはいいけど、弾薬運搬船ってどうなのよ?」
オーティスがうなづく。
「ほんとだなぁ。だいじょぶかなぁ」
弾薬運搬船のタラップの上から、迎えの兵士が声をかける。
「ようこそ、いらっしゃい」
二人が重い足取りでタラップを上がっていき、オーティスが迎えの兵隊に声をかける。
「お手柔らかに頼むよ」
迎えの兵士が苦笑する。
「弾薬運搬船は不安ですか?」
オーティスがうなづく。
「うん。正直言うと」
迎えの兵士が気軽に言う。
「だいじょぶですよ。この船は脚が速いんです。それに、潜水艦がこの船を攻撃して、この船が爆発すると、その潜水艦まで巻き添えを食らうんです。だから、逃げていきます」
オーティスが真顔で言う。
「物騒な例えだなぁ」
3人で船内を歩いて、迎えの兵士が立ち止まってドアを開ける。
「こちらです」
ドナルドとオーティスが部屋をのぞき込むと、広い。この船の5倍も10倍も大きかった船艦ペンシルバニアの船室よりも広い。ドナルドが尋ねる。
「この部屋は何人で使うの?」
迎えの兵士が答える。
「2人です」
ドナルドとオーティス、黙って両手をあげて喜ぶ。迎えの兵士が微笑する。
「でも、この下には16インチの砲弾がたっくさんありますよ。気をつけてくださいね」
ドナルドとオーティス、両手をあげたまま固まる。迎えの兵士は、やっぱり微笑している。
「でも、温度を一定にして爆発を避けるためにエアコン完備なので、快適ですよ」
オーティスが尋ねる。
「どこ? どこ?」
迎えの兵士があちらの壁の下の方を指す。
「ほら、そこに吹き出し口が」
ドナルドが喜ぶ。
「あっ、ほんとだ」
ドナルドとオーティスが吹き出し口に寄っていって顔を近づける。ドナルドが感心する。
「スゴいなー、エアコン。大学の図書館で見て以来だー。エアコンを積んでる船なんてあるんだねー」
弾薬運搬船が大海原を軽快に走っている。ドナルドとオーティスが、甲板で海を眺めている。オーティスが海の向こうを指す。
「あぁ、見えてきた、見えてきた。あれ、ハワイだろ?」
ドナルドがうなづく。
「なんか、甘い香りが匂ってくるようだねー。アリューシャン列島は凍土しかなかったからなー」
オーティスが深くうなづく。
「大変だったなぁー」
真珠湾基地の一室で、ドナルドとオーティスが上司に報告している。上司が言う。
「よし。ご苦労。オーティス、報告が来てるぞ。お手柄だったそうじゃないか」
オーティスが照れ笑い。上司が続ける。
「きっと昇進とかあるぞ。ま、とりあえず、翻訳局はホノルルの方に移動したんだ。そこに向かって、指示を待ってくれ」
ホノルルの町中にある家具店。「一時休業」という看板がかかっている。その前に、海軍のジープが止まる。うしろに軍服姿のドナルドとオーティスが乗っている。オーティスが運転手の兵士に尋ねる。
「家具店じゃない。ここなの?」
運転手の兵士が答える。
「私にはわかりませんが、この地点を指示されました」
ドナルドとオーティスが降りながら言う。
「ありがとう」
「ありがとう」
海軍のジープが去って行く。ドナルドとオーティスはぼんやりと立って家具店の看板を見ている。オーティスが言う。
「ここなのかね?」
ドナルドが答える。
「うーん、ここなんだろうね」
少しの間二人がボンヤリ立っていると、中からドアを開けて軍服を着た年配の男が顔を出す。
「キミたち、軍服でナニしてんだ。さっさと中に入れ」
二人はビックリして中に入る。年配の男をドアを閉めながら言う。
「せっかくカムフラージュしてるのに」
オーティスが尋ねる。
「ここは海軍翻訳局?」
年配の男が、不機嫌そうに答える。
「いや、翻訳局だ」
オーティスが聞き返す。
「へ?」
年配の男が言う。
「海軍翻訳局じゃなく、米軍翻訳局だ。だから、陸軍の者もいるぞ」
ドナルドとオーティスが納得する。
「へー」
「へー」
年配の男が嘆く。
「まったく。海軍さんは真珠湾基地に日系人を入れたくないんだと。だからこんな面倒なことになってるんだよ」
夜になった。
リリィとドナルドとオーティスが一緒に住んでいるホノルルの一軒家に灯りがついている。
家の中では、3人掛けのソファーの真ん中にリリィ、右と左にドナルドとオーティスが座り、みんなウイスキーの入ったグラスを持っている。
ソファーの向かいには大きなレコードプレーヤーと大きなスピーカーが二つ。ベートーヴェンの5番が流れている。オーティスが言う。
「いいなぁ、音楽は」
ドナルドがうなづく。
「アッツ島はヒドいとこだったなぁ」
リリィが怒り出す。
「あんた達はいいわよ。戦場に出られて。あたしなんか、ずーっとホノルルなのよ」
オーティスが言う。
「ま、きっとおとーさんやおじーさんが手を回してるんだろ?」
ドナルドがうなづく。
「そりゃそうだ。可愛い可愛い娘や孫を戦地になんか送りたくないよー」
リリィがふくれる。
「それじゃー、海軍に入った意味ないじゃなーい」
オーティスが尋ねる。
「上には言ってみたの?」
リリィがふくれる。
「毎日言ってるわよ」
3人とも苦笑する。ドナルドが言う。
「でもさ、アッツとかキスカでは日本軍ヒドい状態だったよ。あれじゃ戦争にならないから、どんどん米軍が奪回するとこが増えるんじゃないかな?」
リリィが明るい顔になる。
「そう?」
ドナルドがうなづく。
「そしたら、日本語のできるボクらは引っ張りダコになるから、リリィもホノルルでのんびりしてるわけにはいかなくなるだろ?」
リリィ、うれしそう。
「そうかな。そうなるといいなー」
3人は、3人掛けのソファーにくっついて座りながら、ベートーベンの5番を聞いている。
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる