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12.パネコーのボス
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朝からシャワーを浴びて、河原沿いにあるという羽根崎工業高校――通称パネコーとやらを訪れた。ワルさで鳴らす学校であることから多くの生徒に囲まれることもやむなしと考えていたのだが、いわゆる不良と呼ばれる生き物はどうやら揃って朝が弱いらしい。それでも校門前にはヒトがいて、それはセンター分け男とツーブロック男だった。こちらの服装を見るなりぎょっとした顔をして、それでもこちらは前進をやめず――そしたら、まあ当然だ、二人が口を揃えて、むしろハモってあるいはユニゾって「なんだ、テメー! 鏡のオボッチャンがなんの用だぁっ!」と詰め寄ってきた。
「その言い方が気になるんだよ、ああ、とても気になる」と俺は皮肉さに顔を歪めた。「鏡のオボッチャンなどという蔑んだ呼び方をまずやめてもらいたい。俺はオボッチャンではないし、鏡学園に籍を置く者たちもまた、必ずしもオボッチャンというわけではないのだから」
するとセンター分け男が「あ、ああん? なに言ってんだ、おまえ」と戸惑ったふうな顔をした。ツーブロックはツーブロックで早速胸ぐらを掴んできた。平和的な解決を目指している立場からすれば乱暴はよしてもらいたい。話が通じる相手ではなさそうなことは事実だが。
「喧嘩はしたくない。ニンゲン同士だ。話し合いで解決しようじゃないか。それができればこの世から戦争は根絶される。どうだ? 尊いことだろう?」
「あ、ああん?」
「だから、喧嘩はしたくないと言ったんだよ、ツーブロック殿」
ツーブロックの右の拳を、首を左に傾けることでかわした。すかさず拘束を振り払い、次はセンター分けの不格好な右の蹴りを受け止め、その足を左の小脇に抱える。センター分けは真っ青な顔をし、ツーブロックもまた同様だった。
「お二人にお願いだ。どうかボスにお目通り願えないだろうか」
*****
面会に至るまでにはいくつかハードルをクリアしなければならないだろうと覚悟していたのだが、案外、すんなりと、ぼろの校舎の四階に案内され――その教室にはたしかにボスの雰囲気を漂わせる男がいたのである。椅子に座り、前屈みの状態で、煙草を吸っていた。えらく大柄なものだから煙草がひどく細く見える。古めかしいリーゼントで、目つきは鬼のように鋭い。礼儀を知る男らしく、「アヤノ・ダイリュウだ」と名乗った。今度は「漢字を訊こう」と問いかけると、「想像に任せる」と返ってきた。なるほど。かなりの大物だ。
「小僧、おまえの名前は?」
「神取雅孝」
「いい名前だ。いい両親なんだろうな」
やはり大物だ。
「綾野さん、ウチの生徒がおたくらと揉めた。非は明らかにそちらにある。だから穏便に済ませないか?」
「ウチの生徒が?」
「意外か?」
「意外じゃない」綾野は静かに首を横に振った。「俺の目が行き届かない箇所ってのは、どうしたってある。というより、むしろ俺の影響力なんて、もはや限定的なもんだ。ただでさえ、やんちゃさってもんは、抑え込むにも限界がある」
「あんたはボスなんだろう?」
「慕ってくれる野郎も、ずいぶんと少なくなっちまった。老兵ってやつだよ」
俺は眉根を寄せ、「大の男が弱々しいセリフなど、みっともないものだ」と切って捨てた。
「あなたが制御できないと言うのなら、まさにノーコントロールだということか?」
「そうなるかならんかは、俺の存在力次第だろうな」
「結局のところは、やはり無責任な話だ」
「そう言うなら小僧。なんなら俺の立場を担ってみるか?」
馬鹿を言うなと俺は笑った。
「ふざけるな。あなたが蒔いた種だろうが。だったらあなたが――おまえがなんとかしろ、してみせろ」
すると綾野は含み笑いをして。
それから大人しく微笑んで。
「俺で事足りる範囲なら、それこそ俺がカバーできる。そしたら、おまえさんらに危害が及ぶこともないだろさ。仁義という言葉を知っているか?」
「ああ、知っている」
「だが、中にはそれを重んじないニンゲンもいるんだよ」
「そういう輩は、だったら俺が叩き潰す」
綾野は古い煙草を床に捨て、それから新しい煙草を口にした。
「俺はダメだ。なれなかった、ヒーローには」
「ヒーロー? まあいい。どうあれその発言は、どうしたって無責任だ」
「俺は、正しい救いを欲している」
「それはわかったと言ったつもりだ。話を続けても?」
「ああ、いいさ」
「あんたが認めてくれた俺は、あんたが望む以上に悪さを働くぞ」
以上のセリフと決意をもって、俺は現状から離脱した。
*****
明くる日の放課後、俺が部室に顔を寄越して、いつもの席に座ると、後から入ってきた桐敷に後ろから両肩をばしばし叩かれてしまった。
「なんだ? どうした、桐敷」
「やるじゃん、おまえ! 綾野大龍と会ったんだってな!!」
「そうだが、だからそれがどうかしたのか?」
「だってパネコーのボスなんだぜ? 会えただけでもすげーじゃんよ!」桐敷は明らかに興奮している。「しかも、あたいが揉めた件をなんとかしてくれようとしたってんだから、感謝するしかねーよ!」
「ひょっとして、奴さんは人嫌いなのか?」
「ああ、そうだぜ。だからよく会えたなってよ。なにか奥の手でもあったのか?」
「綾野という男は気まぐれなんだろうさ。」
桐敷が俺の前に回り込んだ。
なにをされるのかと思っていると、頭をばしばし叩かれた。
その顔は真っ赤だった。
まあいい。
俺は、いいことをしたのだろう。
朝からシャワーを浴びて、河原沿いにあるという羽根崎工業高校――通称パネコーとやらを訪れた。ワルさで鳴らす学校であることから多くの生徒に囲まれることもやむなしと考えていたのだが、いわゆる不良と呼ばれる生き物はどうやら揃って朝が弱いらしい。それでも校門前にはヒトがいて、それはセンター分け男とツーブロック男だった。こちらの服装を見るなりぎょっとした顔をして、それでもこちらは前進をやめず――そしたら、まあ当然だ、二人が口を揃えて、むしろハモってあるいはユニゾって「なんだ、テメー! 鏡のオボッチャンがなんの用だぁっ!」と詰め寄ってきた。
「その言い方が気になるんだよ、ああ、とても気になる」と俺は皮肉さに顔を歪めた。「鏡のオボッチャンなどという蔑んだ呼び方をまずやめてもらいたい。俺はオボッチャンではないし、鏡学園に籍を置く者たちもまた、必ずしもオボッチャンというわけではないのだから」
するとセンター分け男が「あ、ああん? なに言ってんだ、おまえ」と戸惑ったふうな顔をした。ツーブロックはツーブロックで早速胸ぐらを掴んできた。平和的な解決を目指している立場からすれば乱暴はよしてもらいたい。話が通じる相手ではなさそうなことは事実だが。
「喧嘩はしたくない。ニンゲン同士だ。話し合いで解決しようじゃないか。それができればこの世から戦争は根絶される。どうだ? 尊いことだろう?」
「あ、ああん?」
「だから、喧嘩はしたくないと言ったんだよ、ツーブロック殿」
ツーブロックの右の拳を、首を左に傾けることでかわした。すかさず拘束を振り払い、次はセンター分けの不格好な右の蹴りを受け止め、その足を左の小脇に抱える。センター分けは真っ青な顔をし、ツーブロックもまた同様だった。
「お二人にお願いだ。どうかボスにお目通り願えないだろうか」
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面会に至るまでにはいくつかハードルをクリアしなければならないだろうと覚悟していたのだが、案外、すんなりと、ぼろの校舎の四階に案内され――その教室にはたしかにボスの雰囲気を漂わせる男がいたのである。椅子に座り、前屈みの状態で、煙草を吸っていた。えらく大柄なものだから煙草がひどく細く見える。古めかしいリーゼントで、目つきは鬼のように鋭い。礼儀を知る男らしく、「アヤノ・ダイリュウだ」と名乗った。今度は「漢字を訊こう」と問いかけると、「想像に任せる」と返ってきた。なるほど。かなりの大物だ。
「小僧、おまえの名前は?」
「神取雅孝」
「いい名前だ。いい両親なんだろうな」
やはり大物だ。
「綾野さん、ウチの生徒がおたくらと揉めた。非は明らかにそちらにある。だから穏便に済ませないか?」
「ウチの生徒が?」
「意外か?」
「意外じゃない」綾野は静かに首を横に振った。「俺の目が行き届かない箇所ってのは、どうしたってある。というより、むしろ俺の影響力なんて、もはや限定的なもんだ。ただでさえ、やんちゃさってもんは、抑え込むにも限界がある」
「あんたはボスなんだろう?」
「慕ってくれる野郎も、ずいぶんと少なくなっちまった。老兵ってやつだよ」
俺は眉根を寄せ、「大の男が弱々しいセリフなど、みっともないものだ」と切って捨てた。
「あなたが制御できないと言うのなら、まさにノーコントロールだということか?」
「そうなるかならんかは、俺の存在力次第だろうな」
「結局のところは、やはり無責任な話だ」
「そう言うなら小僧。なんなら俺の立場を担ってみるか?」
馬鹿を言うなと俺は笑った。
「ふざけるな。あなたが蒔いた種だろうが。だったらあなたが――おまえがなんとかしろ、してみせろ」
すると綾野は含み笑いをして。
それから大人しく微笑んで。
「俺で事足りる範囲なら、それこそ俺がカバーできる。そしたら、おまえさんらに危害が及ぶこともないだろさ。仁義という言葉を知っているか?」
「ああ、知っている」
「だが、中にはそれを重んじないニンゲンもいるんだよ」
「そういう輩は、だったら俺が叩き潰す」
綾野は古い煙草を床に捨て、それから新しい煙草を口にした。
「俺はダメだ。なれなかった、ヒーローには」
「ヒーロー? まあいい。どうあれその発言は、どうしたって無責任だ」
「俺は、正しい救いを欲している」
「それはわかったと言ったつもりだ。話を続けても?」
「ああ、いいさ」
「あんたが認めてくれた俺は、あんたが望む以上に悪さを働くぞ」
以上のセリフと決意をもって、俺は現状から離脱した。
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明くる日の放課後、俺が部室に顔を寄越して、いつもの席に座ると、後から入ってきた桐敷に後ろから両肩をばしばし叩かれてしまった。
「なんだ? どうした、桐敷」
「やるじゃん、おまえ! 綾野大龍と会ったんだってな!!」
「そうだが、だからそれがどうかしたのか?」
「だってパネコーのボスなんだぜ? 会えただけでもすげーじゃんよ!」桐敷は明らかに興奮している。「しかも、あたいが揉めた件をなんとかしてくれようとしたってんだから、感謝するしかねーよ!」
「ひょっとして、奴さんは人嫌いなのか?」
「ああ、そうだぜ。だからよく会えたなってよ。なにか奥の手でもあったのか?」
「綾野という男は気まぐれなんだろうさ。」
桐敷が俺の前に回り込んだ。
なにをされるのかと思っていると、頭をばしばし叩かれた。
その顔は真っ赤だった。
まあいい。
俺は、いいことをしたのだろう。
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