強キャラDK、神取雅孝

XI

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17.今度はキタコー

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*****

 キタコーと呼ばれる高校との揉め事、あるいはいざこざを、我が校の生徒は持ち帰ってきたらしい。キタコー。俺は良く知らない。だが、へっぴり腰の連中だということは風の噂で知っている。奴さんらはきっと内弁慶で鳴らしているのだろう。よくある話だ。俺も含めた高校生はまだまだガキの権化なのだから。

 部室。俺の隣には香田、向かいには桐敷、上座には風間がいる、いつものフォーメーションというわけだ。

「キタコーの阿保どもはまだウチに吹っかけてきてんのか?」そんなふうに桐敷は言い、「まるっとぶち殺してやろうぜ」などと物騒な口を叩いた。

「その案には乗っかりたいところだけど」腕を組んだ風間。「本件、ウチに非はないんだし、相手はしょせんはキタコーなんだからさ、穏便に済ませようとは思わない?」
「馬鹿言ってんなよ、風間。あたいはもう腹が立ってんだ。たぎってんだよ」
「たぎってるとかって、下ネタ?」
「んんん、んなわけあってたまるかっ」
「だからってね」
「おまえがやらないってんならいいよ。あたいがやってやる」
「サキ」
「うっせーよ、ばーか、あたいに気安く話かけんな、ばーか。ばーか、ばーか、風間のばーか。あたいは誰よりテメーが嫌いなんだっ」

 いちいち言いすぎ――だがそれが桐敷の性質だ。
 だから、いちいち腹を立てるようなことでもない。
 風間もそれくらいはわかっているだろうし、だから相手にしないのだ。

 俺は「最終確認だ。男が相手なんだな?」と訊ねた。
 風間も桐敷も香田も、きょとんとなってみせた。

 桐敷の「男が相手だったらどうするってんだ?」という問いかけに対し、俺は「阿呆か。これまでの俺の行動を鑑みろ。風間、それに桐敷。ここは任せてもらおう」と答えた。

 はあ? 馬鹿じゃねーの?
 そんなふうに異論を発したのはやはり桐敷だ。

「ホント、馬鹿言ってんじゃねーって話だよ、神取。もともとあたいらはよそ者なんかの世話になったことなんざなかったんだ。なんでもあたいらで解決してきたんだ。おまえが首突っ込む余地なんざねーよ。ざけてんじゃねーよ、馬鹿野郎。てめーはでしゃばりすぎなんだよ、馬鹿野郎。だから黙ってろ、馬鹿野郎」

 頭に血がのぼったりはしない。
 よそ者と呼ばれたことに寂しさを覚えたわけでもない。
 ただ、厳然たる事実として、俺は男だ。
 だから――。

「うるさい、あるいはやかましいのはおまえだよ、桐敷」
「はっ、はあぁ? 神取、てめーっ!」
「やかましいと言った」
「ぐっ……」

 俺は部長である風間に、「俺に任せてくれないか?」と改めて言った。風間がにわかに忌ま忌ましげな表情を浮かべたことは確かだった。

「雅孝」
「なんだ?」
「あんたに対して、あたしはいよいよ、何様のつもり? と訊ねたい」
「そこに答えはない。しかし、だったらおまえこそ何様のつもりなんだ?」

 俺は難しい表情を浮かべる風間に対して「馬鹿だな、おまえは」と言い、苦笑した。

「では、早速、向かおうかね、キタコーとやらに。キタは北だろう? だったら北にあるのかね」

 風間桐敷香田。三人と遊べるのであれば、この先も楽しい学園生活を送ることができるだろう。面倒事もそれなりに降ってきそうな気はするが――。

 もはや誰が欠けてもいけない状況なのだから――そのように振る舞ったらいいだけだ。


*****

 街の北部にある、まさにキタコーに向かっている最中、ああ、おかしいな、ただ単純に生真面目な学ランをまとっているだけなのに、緑のブレザーの男らに逐一囲まれた。ほんとうに気概と気品の感じられない連中だ。そも、お行儀の良いブレザー姿で不良をやっているあたり迫力にも欠ける。おまえたちはお勉強ができるんだろう? 総じて偏差値が高いんだろう? ――そう考えるとむなしさを覚える。結局のところ、高校生あたりの男がカッコ良さを定義する上で腕力というものは欠かすことができず、あるいはそれは最優先にすべき要素なのかもしれない。

 もろもろの手続き? のようなものを掻い潜り、キタコーのトップとやらのもとに到達した。至った先は校舎の四階である。どこの高校も喧嘩が一番強いニンゲンは最上階を気に入り、そこに居座るらしい。

 部下をぼこぼこしこたましばいた挙句の訪問であり、だから親分殿にはまず謝った。――親分殿が俺のほうに向けて左手の人差し指を向けた。途端、周りの生徒らが襲いかかってきた。あえてキザでカッコいいセリフを吐いておこう。「やれやれだぜ」。


*****

 我が「ファイトクラブ」の部室に戻った。誰もいなくてもべつに驚きなどしなかったのだが、風間も桐敷も香田もいた。俺は少し笑ってしまった。「心配してくれたのか?」などとまっすぐストレートの軽口を叩きもした。ほんとうに軽口だった。

 桐敷が「おまえ、無傷だよな?」と訊ねてきた。

「見てのとおりだ。こんなつまらんことで怪我なんてしてたまるか」
「スゲーじゃねーかっ」
「俺は男だからな」

 その言い方がすごく気に食わない。
 そう言ったのは風間である。

「ダメだよ、あんた。それこそ、あんたは女たるあたしらを盛大に侮辱してる」
「もう述べた。誰がそんなことを言ったんだ?」
「言ってるのと同義じゃない」
「言っていないんだから、言ってないんだよ」
「あんた、あたしのことすら舐めてるでしょう」
「馬鹿を言うな」
「ほんとう?」
「俯瞰という言葉の意味を知っているか?」

 事は片づき、俺の前には三人の女子だけがいる。
 だとしたら、俺はもう帰路につこうと思うわけだ。

「待ってよ、雅孝」
「ああ、やはり言おうと思っていた。風間」
「なに?」
「俺のことを下の名前で気安く呼ぶのはやめてくれないか?」

 一拍以上の間があった。

「ごめん、とは言わない。でも、拒否られるとは思わなかった」
「俺はとにかくフツウの高校生でいたいんでな」
「あんたはすでにフツウじゃないじゃない」
「それでも極力フツウでありたいんだよ」
「……馬鹿」
「困ったことがあれば、頼ってくれていい。それくらいの実績を作ったつもりだ」

 俺は机の上にのっていたスクールバッグを手に、部屋を後にしようとする。

「ま、待てよ、神取っ」

 そう声をかけてきたのは桐敷だ。
 俺は振り返り、それから口元を「嫌な感じに」ゆがめた。

「なんだ、桐敷?」
「あ、明日もまた、ここに来るんだよな?」

 なんだ、そんなことかと思った。
 神取、悪いがおまえのこと、もはや目に入っていなかったぞ。

「特段の変化がない限りは来るさ。血判してもいい」
「おまえさ、やっぱさ、風間にケンカで負けたとか、その交換条件とかでここにいるだけなんだろ? 裏を返せば、それだけのことなんだろ?」
「ああ、そうだ。しかし俺は誠実じゃないんでな。やめようと思った際には必ず辞めてやる」

 風間はなにも言わない、香田も。俺が部室を出るのを、桐敷ももう追いかけてこなかった。そこにあるのは、なんだろう。

 キレないのがいいと思う。現状、風間も香田も桐敷も議論の中で誰も立場を放棄しようとしていない。そのへんが貴重で尊く、だからなにも起きなければ俺はいましばらくいまの居場所に留まるのだろう。
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