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第一章
2.
しおりを挟む「ほへー。これがメルクの冒険者ギルド…。想像してたよりもなんだか…」
マリールは入れて貰えた冒険者ギルドに入るなり、キョロキョロと室内を見回し、後から続いて入って来たバルド達に振り返る。
「すっごく少女趣味ですね…?」
戸惑ったように小首を傾げたマリールの後ろに広がるのは、白を基調とした可憐な空間。
壁や床が白いのは勿論のこと、白く塗られた木製の什器は花や蝶などの彫刻が施され、いくつかあるテーブルや椅子に添えられているのは、繊細な刺繍やレースがたっぷり使われたクッションに掛け布。
受付カウンターらしき場所にも可憐な花が飾られていて、ここは貴族令嬢の部屋か何かかと言う具合だ。荒くれ共が集まる冒険者ギルドとは到底思えない、若い女性向けの可愛らしい室内だ。
マリールにはとても似合うが、少年に見えるホビット達もまあ似合うが、バルドには決してお世辞でも似合うとは言えない内装だった。
ここでマリールは「はて?」と違和感に首を傾げる。
昼間だからなのか、ギルド内にはバルド達以外の冒険者が一人も居ない。
冒険者どころか受付カウンターに居る筈の、冒険者ギルドの花とも言える可愛い受付嬢も居ないのだ。
他の街の冒険者ギルドなら、パーティ募集や依頼待ちで昼間から酒を飲みギルド内で屯してる荒くれ共が居て、女子供がおいそれと入っていける場所ではない。
確かギルドの扉には「本日休業」のサインも無かったので、マリールはさらに小首を傾げた。首を傾げすぎてもう身体ごと傾いでいる。
「…。」
「まあ、慣れれば居心地いいっすよ?」
「バルドさんみたいな厳ついおっさんらが、そこの花飾ってるテーブル囲んで座ってるのも愛嬌あるし?」
「今は白が基調になってるけど、たまに桃色づくしになったりで飽きないし?」
「桃色…」
苦虫を噛み潰したような表情で無言のバルドに代わり、フォローをしてくるホビット達。マリールは「桃色」尽くしな冒険者ギルドを想像するが、桃色の中で荒くれどもが優雅に過ごしている姿を想像して、譫言の様に「桃…」「桃色…」と繰り返している。
「「「まあ、おかげでここのギルド、殆どの冒険者が依頼受けるのと報告以外寄って来ないんだけどね~! しかも耐えられなくて他の街に本拠地移しちゃうのも居るし!! ぎゃはははは!!!」」」
「…!!!」
フォローと見せかけて留めを刺してくる3ホビットに、とうとうバルドは膝から崩れ落ちてしまった。その様があまりにも悲壮なものだから、3ホビット達はさらに可笑しくなったのか、益々笑いが止まらない。
「え? え? これ旦那様の趣味なんです???」
恐らくどの街の冒険者ギルドも内装やら外装はギルド長が仕切るだろうから、この少女趣味全開なのは長であるバルドの趣味なのだろう。まさかの未来の夫の趣味が少女趣味。予想外のハードルである。だがマリールは挫けない。
「それでも愛しいって思えちゃうから愛って不思議! きゃっ!」
「違う!!!」
「「「ぎゃははははは!!! …ゲフォ!! ゲフフォ!!」」」
バルド愛にくねくね悶えるマリールに、今にも血の涙を流しそうな顔つきでバルドが叫べば、そんなバルドを見てホビット達が笑い過ぎて咳き込みながら床をゴロゴロと転げ回った。
そんな混沌とした部屋に、突如低く美しい声が、科を作って頭上から降ってくる。
「いやぁねー。そぉんな鬼岩顔がこんな素敵で!繊細で!尚且つ初々しくて!嫋やかで可憐な感性持ってるわけないじゃないのぉ。」
2階に繋がる白い柵に囲まれた階段を、ゆったりと優雅に降りてくる美しい女性。
色素を抜いた銀とも白とも見える髪は、女性が動く度にまるで絹糸のようにサラサラと揺れ、長い睫に縁取られた緑の瞳は若葉のように明るく瑞々しい。その美しさに加えて長く尖った耳が、彼女がエルフであると物語る。
まるで映画のワンシーンのようで、その女性の周りはエフェクトが掛かっているかのようにキラキラと輝いていた。思わず、という体でマリールは感嘆の声を漏らす。
「…きれい…。」
「…! んっまあぁぁぁ!! ちょっと聞いた!? き れ い ! ですって!! なんって正直で可愛らしい子供なのかしらあぁぁぁぁ!!」
エルフはその美しくたおやかな細い手を両頬に当て、だがとてもこの美しい女性から出ているとは思えない低音で、マリールに向かって真っすぐやってきた。
仕草も言葉遣いも上品なのに、見た目も極上の美しさで気品溢れているのに、低い声だけが違和感を与える。
美しい声には変わりがないが、とにかく低いのだ。
その違和感と勢いに若干腰が引けるマリールを、エルフはお構いなしに抱き締めてきた。
その力は強く、とても美しい女性のものとは思えない。
ギシギシと背骨が悲鳴を上げる中、マリールは滅多にお目に掛れないエルフの感触を堪能しようと五感を研ぎ澄ますが、女性特有の柔らかさが一切無い。そしてなんだか腕も胸も硬い。そう、胸が無いどころか鉄板かというくらい硬いのだ。ペタンコ胸とかいうレベルではない。
これは、紛うことなき
「オ…ネエ…」
「え!? きれいなお姉さんですって!??」
締め上げられ意識が遠のく中、苦し紛れに呟くマリールを、歓喜したオネエルフがさらに締め上げ仕留めにかかれば、堪らずマリールの小さな口から「グエ」と、カエル鳴き声のような掠れた音が漏れる。
「ちょぉぉぉぉ! アエラウェさん!! マリーちゃん白目剥いてる!!」
「そうっすよ! オークキングの首素手で捻る自分の腕力考えて!!」
「俺、ドラゴンの鼻指で弾いて撃退したって聞いた!!!」
「やめろ! すぐ離せこのオカマ!!」
ホビット達が三人がかりでオネエルフを羽交い絞めにしようと飛びつき、バルドがぐったりとしたマリールをオネエルフの腕から奪い取れば、救い出したマリールはもう既に虫の息になっていた。
骨の砕ける音はしてないから、骨は大丈夫なはずだ。皹は入っているかもしれないが。
「お、おい、大丈夫か…!?」
厳つい外見からは想像できない程、気遣わしげに優しくぺちぺちとマリールの頬を叩くバルドに、マリールは「ギャップ萌えぇぇ」と、若干酸欠で霞んだ目でうっとり見つめながら、垂れそうになる鼻血を必死で堪えていた。
好きな人の前で鼻水鼻血涎は垂らしてはならない。譲れない乙女心だ。
そんなマリールの乙女な葛藤に気付く筈もなく、バルドはマリールの頬に血色が戻って赤すぎるくらいになっていくのを確かめ安堵の溜息を吐いた。
安心して気を抜いたバルドの背後から、野太くて美しい声がねっとりと響く。
「…いやぁね、バルド。オカマだなんて…そんなに掘られたいの?」
赤く扇情的な唇を艶めかしく舌舐めずりしながらチロリと向けたその捕食者の視線に、その場に居た男達は思わずさっと自分の尻を隠して震えあがる。
オネエルフはどうやらタチだった。
「だ…だめ…旦那様は私のなの…」
なんとか声を絞り出して弱々しくバルドの首に縋り付き、オネエルフから身を挺して庇おうとするマリールの健気な姿に、バルドとホビット達は揃って心を打たれた。
実際のマリールは首に縋りつきながらどさくさに紛れてバルドの匂いをスンスン嗅いでいるのだが、泣いて鼻水を啜っているのと都合良く勘違いして。
「「「マリーちゃん…。」」」
「おまえ…」
「はぁ?? 旦那? バルドが???」
だがそんな一見感動の場面をぶった切って、オネエルフのアエラウェがバルドとマリールを交互に見やる。何度も何度も確認するように見てから、アエラウェは最後にバルドへと気遣わし気に声を掛けた。
「…バルド、女に相手にされないからってとうとう…」
「とうとうって何だ!? 違う! こいつが勝手に言ってるだけで!!」
「最初は優しくしてくださいね…?」
「誤解を深めるのはやめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「「「ぎゃははははははは!!!」」」
頬をぽっと染めて恥ずかしがりながらも、さらにバルドの首にぎゅっとしがみつくマリール。
引っぺがしたくても、先程のアエラウェの攻撃で弱っているであろうマリールを乱暴には扱えずに、バルドは只両手を空で所在無くばたつかせる事しか出来ない。
内装が少女趣味な冒険者ギルドから、本日何度目と分からないバルドの絶望の叫びとホビット達の爆笑が漏れ響いたのだった。
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