お薬いかがですか?

ほる

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第一章

3.

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「なるほど、なるほど! この素敵なインテリアはオネエルフさんのご趣味でしたか~!」
「オネエルフ…? いえ、アエラウェ・ギルミア・ケレブスィール・リンランディアよ。ここの副長やってるの。エルフの名前って他の種族に比べてやたら長くて聞き取り難いみたいだから、アエラウェだけでいいわよ? …お嬢ちゃん、お名前は?」


茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる姿は、この世のものとは思えない程美しい。
野太い声も美しい。
マリールは本物のエルフに興奮しながらも、元気良く挨拶を心掛ける。何せ第一印象は肝心だ。



「アエラウェさんですね! 私、マリールと申します! 世界に薬術士として名を轟かせる為に、薬を売りながら旅をしております! 宜しくお願いします!!」
「…マリール、ちゃん、ね。見た処ハーフエルフのようだけど…名前はそれだけ?」
「そうですけど…?」
「そう…。」


アエラウェの歯切れの悪い反応に、マリールは首を傾げる。アエラウェが先程、エルフの名前はやたら長いと言っていたから、マリールの名前がこれだけなのが不思議なのかもしれない。けれど今はこの名前しか知らないから、マリールは少し気不味い気分で目線を逸らした。

逸らした先に目に入ったのは、繊細なレースのテーブルクロス。
マリールはテーブルに掛けられているクロスの端を持ち上げ、繁々と見つめる。手織りで編まれた繊細なレースは、複雑なモチーフを幾つも織り込ませて円形に組まれていて、クロス一枚で物語になっているようだ。こういった大作は高価な値段で取引され、貴族の間で流行していた。


「このレースはアエラウェさんがお作りに?」
「いいえ、残念ながら違うわ。私こういうの好きなんだけど、ほら、骨ばってゴツゴツしてるでしょ? こう細かいのには向いてないのよね…。」
「ほー。」


見せられたアエラウェの手はほっそりと長いが、近くでよく見るとゴツゴツと骨ばっている。

マリールが手に取ったレースクロスは、庶民ではとても手に入れられる品物ではなかった。冒険者ギルドのスタッフの給与がそんなに貰えるとも思えず、自分で編み上げたのかと推察したが違ったようだ。と、言うことはだ。

マリールはキラリと瞳を輝かせた。


「そうだ! アレなんかきっとアエラウェさんも気に入ってくれるかも! ちょっと待っててくださいね、確か作り置きが…」


そう言いうや否や、背負っていた大きな荷物を「どっこいしょ」と、年寄りのような掛け声で床に下ろして漁り始める。暫く袋に片腕を突っ込んで何かを探ってから、「あったー!」と何かを取り出した。


「あら、何かしら~?」
「はい! これはサンプルで、お近づきの印ってやつです! 旦那様達にもどうぞ!」


マリールは頬に手を添えて覗き込むアウェラに何やら手のひらサイズのものを渡すと、くるりとバルド達に振り返る。


「「「「え」」」」


アエラウェの趣味に合うと言う事は、今の冒険者ギルドのようにレースだったりやたらヒラヒラとしてものだったり花柄だったりするのだろう。桃色は正直御免被りたいと、バルドとホビット達は逃げの体制に入った。


「どうぞ! 遠慮なく!!」


しかし子供にキラキラとした笑顔で言われては要らないとは言えず、男達は黙って受け取るしかない。
一体何をくれたのかと渡されたものを見ると、何のことは無い。色合いも地味な小さな布玉だった。

バルドとホビット達が拍子抜けしてその布玉を観察すれば、地味色合いな無地の布と透ける布で交互に縫われていて、透ける部分からは乾燥した草や白い花、それに果実の皮が詰められているのが見える。おまけに鼻を近づけなくとも爽やかな香りが立ち上り、鼻をすぅっと通っていった。

なんだか気分がスッキリする香りを堪能していると、今度はアエラウェから歓声が上がる。


「んまぁ! なぁに、これ?? 甘くて良い香り!!」


アエラウェの手にある小さな布玉は、透かし編みの白いレースで作られ、布玉が丸い花の形になるようにリボンの紐で絞られていた。

中にはバルト達に渡された巾玉の中身と同じようなものが入っていたが、こちらは彩の良い花が多く、白いレースをより引き立てて、見るからにアエラウェが歓びそうなものだった。


「アエラさんにお渡ししたものは、魔力回復に効果がある草花を乾燥させたものを混ぜたものです。…回復と言っても、まあちょっとだけですが。このまま香りを楽しんでも良いですが、お茶にして飲んだ方が回復が分かりやすいかもしれません。」
「これで魔力が回復するの…? んん、でも本当に良い香り…。」


アエラウェは美しい鼻先にそのレースの布玉を押し当てると、すぅっと吸い込んではうっとりと目を閉じている。鼻孔をくすぐる甘い果実と花の香りに、草の爽やかな香りが混ざって何とも気分が浮き立つようだ。

気に入ってもらえたようで何よりだと、マリールは満足そうに笑顔を浮かべ、今度はバルド達に振り返った。


「バルドさん達にお渡ししたのは、獣避け効果のあるものを混ぜたものです。鼻の利く獣系の魔物の子も寄ってこないので、移動の際に便利ですよ。他にも昆虫系に利くものもあるんですが、植物系に利くのは残念ながらないです。両方共効果は香りが無くなるまでですが、まあ、お守り的な感じで試してみてください!」


それで気に入ったら次は買ってね。そんな下心を込めてマリールはにっこりと微笑む。

アエラウェは高そうなレースをあんなに買える位だから相当なお金持ちだろう。ホビット達は分からないが、ホビット達にギルマスと呼ばれていたバルドにも期待出来る。効果が証明されればもしかしたら各国の冒険者ギルドで定期的に仕入れてくれる話になるかもしれない。先行投資である。


「…これが、おまえの作る薬か?」


バルドはまじまじと手にある布玉を眺める。
この世界には魔力回復薬はあるにはあるが、回復薬と同じ液体のポーションで、しかも一つの価格は金貨数枚で取引される程の高値だ。主に高給取りの高ランク冒険者や、王宮お抱えの魔術魔法部隊くらいしか所持出来ないだろう。それに香りで魔力が回復するなんて聞いたことが無い。

獣避けの草も煙を焚くものがあるし、女達が好んで使っている、良い香りの花を詰めた匂い袋も既に出回っている。それに魔獣除けの効果があるとは言うが、冒険者が求めるものは回復薬だ。

これでは薬術士会が登録許可を出さなかったのも当然だった。
匂い袋は薬術士の仕事ではなく、工芸品扱いだ。


「あ、いえいえ、これもそうなんですけど、怪我や病気の時に飲むものもあるんです。他の薬術士が作っている、液体のポーション薬じゃなくてですね…」


そう言いながら、またごそごそと荷物からいくつもの瓶を取り出し、テーブルの上に次々と置いていく。並べられた瓶の中には、それぞれ色のついた小さな玉がぎっしりと詰められていた。


「…なんだ、これ?」
「「「飴?」」」
「お菓子みたいだけど。」


バルド達が眉間に皺を寄せてそれぞれ感想を零す。
どう見ても薬に見えないそれは、女子供に人気がある菓子店の飾り窓で見かける、瓶詰の飴玉のようだった。飴玉にしては少し小振りだが。


「これはですねー、薬を乾燥させて粉末にしたものを丸めたて砂糖で固めた薬です。んーと、どこか怪我してたり、疲れてるなーって人居ますかね? 試してもらうのが一番だと思うんですけど…」
「これが薬? うーん、そうねぇ。見てのとおり活きが良くてピンピンしてるのしか居ないし…。それに一応うちの冒険者に怪しいものを飲ませる訳にはいかないしねぇ。」


バルドもホビット達もアウェラエラも有り余るほど活きが良い。
それに冒険者と言っても、今このギルドにはそこに居るホビット達くらいしか居ないが、それでもギルドとしては冒険者を守る勤めがある。とても実験台には使わせられない。

一応のギルド副長としての義務感で断るアエラウェとは別に、『異界の迷い子』の作った薬とあって期待していたバルドは、残念そうにこっそりと息を吐いた。


「…残念だが、マリール、」
「うーん。やっぱりですよねー。じゃあ、ちょっと見ててくださいね。」


バルドの言葉に被せるようにマリールが切り出す。
そして困ったように眉を寄せ、「仕方ないか~」と呟きながら、今度は腰に着けていたポーチから小さなナイフを取り出した。

「まさか、」とぎょっとする男達が止める間もなく、マリールは躊躇い無く自分の腕に刃を突き立て滑らせる。白い柔らかい肌に一本の赤い線が入ったかと思うと、次にはボタボタと溢れ出す赤い血に、白いレースがみるみると染められていった。


「わ、バカだった! ごめんなさい、すぐに洗いますから!!」


こんな所で血を流せば白で統一された室内がどうなるかなんて分かるだろうに。考え無しだったと申し訳なさそうに謝るマリールに、男達は動揺を隠せない。


「っバカか! 何でそんなこと!!」
「早く止血! 流れてる血の量多すぎる!!」
「ええええと、どうすんだっけ? こんな時は傷舐めとけばいいんだっけ? 」
「バカ! ちょっとした切り傷と一緒にすんな!! これスンゲー深いぞ!!」
「レースなんていいのよ!! 待ってて、すぐにポーションを持って…」
「あ、薬ならここにあるので大丈夫です。洗うのは後でちゃんとしますので、まずは見ててくださいねー。」


慌てるバルド達を余所に、マリールは瓶の中から青い玉が入ったものの蓋を開け、中から一粒取り出した。その間も床やテーブルの上にボタボタと鮮血が滴っているが、マリールが気にするのは高級そうなレースを自らの血で汚してしまっている事だけだ。

マリールの小さな人差し指と親指の間に挟まるその一粒は、飴玉よりやや小さくてスライムの核程の大きさしか無い。

マリールはその小さな青い玉を、躊躇いなくポイっと口の中に放りこむ。そうして小さな喉がコクリと動けば、数秒も経たない内に、滴っていた血はピタリと止まった。


「えーと、手ぬぐい手ぬぐいっと。あ、水あります? ちょっとこの手ぬぐい濡らしたいんですけど…」


マリールは何事も無かったような様子で腰のポーチベルトに挟んでいた手拭いを抜き出して、固まるバルド達に向かって手拭いを振って見せる。



「あのー?」
「…っあ、ええ、水…水ね!」



マリールが反応の無いバルド達に不思議そうに首を傾げながら見上げれば、逸早く意識を取り戻したアエラウェが、指先に水玉を作り出す。指先ほどの大きさだった水は、くるくると渦を作りながら次第に水量を増していき、人の頭程の大きさになるまで膨れ上がる。

透明度が高いその水玉は、向こう側のマリールの顔も歪みなく透過していた。



「わ。流石エルフさん! きれいなお水出すぅ~! ありがとうございます!!」



マリールはアエラウェに礼を言うと、濡らした手ぬぐいでまだ乾いていない血をぐいぐいと強く拭っていった。

すると先程まで血を流していた腕には傷や跡など全く残っておらず、ナイフで傷を付ける前の白く柔らかい肌があるだけだった。確かにそこに傷があった事を証明しているのは、床やテーブルに滴った血痕のみである。



「これが私の薬です。他の薬術士が作っている液体のも作れるんですけど、液体の入った瓶だと嵩張るし重いじゃないですか? それに消費期限も短いし! だから携帯出来るように改良しました! あとあと、ポーションタイプに比べると甘くて美味しいんですよ~! 子供にも大人気!」



えっへん、と無い胸を張るマリールに、バルド達からは何の反応も無い。
それどころかバルドの表情は何だかとても怒っているようだった。

きっと薬の効果に驚いて褒めてくれるものと期待していたマリールは、途端に自信を無くして眉を下げる。



「…えーと、やっぱりこんな程度じゃ、薬として駄目…ですかね?」
「駄目って…他の薬術士が作った回復ポーション試したこと無いの!?」
「この国のですか?  ムリムリ! 買えませんよあんな高いの! 一番低い品質ので銀貨10枚もするじゃないですか!? それに自分で作った方が安く出来るし…。」


銅貨3枚が普通の宿の一泊2食付の宿泊平均費で、銀貨1枚あれば3泊してお釣りがくる。たった一回で消費してしまうポーションが、33日分の宿代と引き換えだ。とても試すことなんて出来ない。

首を横に振りながら「とんでもない!」と否定するマリールに、それまで驚きで固まっていたホビット達もようやく意識を取り戻したのか、同意して頷く。


「ああ、確かに高過ぎるっすよねー。」
「ちょっと面倒そうな依頼の時は一応2つは持ってくけど、なかなか使う勇気が出ない俺。しかも苦不味いし。」
「ハズレ多くて止血出来たらラッキー程度の博打ポーションだしな!」
「え、そうなんです??」
「「「そうなんです。」」」


ホビット達のポーションレビューにマリールも目を丸くする。
てっきり値段が高いだけの効果があるものだと思い込んでいたのだ。

マリールの薬の方がいくら効果が高いと分かっていても、この国の薬術士ギルドで登録してもらえないから販売する事は出来ない。なんだか理不尽だと、マリールはその小さな唇を尖らせた。


「そんなだったら私の薬のが効果も高いし安く売れるのにぃ…。」
「…ちょっと待って? この薬一体いくらで売るつもりだったの!?」


アエラウェの問いに、マリールは「うーん、」と唸り眼を瞑ってから、指をぴっと突き立てた。
金貨一枚かと誰もが思った。それくらいマリールの薬は効果が高いのだ。


「ちょっと強気に一瓶10個入りで銀貨1枚ですかね?」
「「「「「安っ」」」」」
「いや、だって原価なんて瓶代と砂糖代くらいですよ? 銅貨1枚で瓶30個も買えるし、砂糖は銀貨1枚で1升瓶分買えるけど、薬500個分は糖衣出来るし…。魔力はまあ使いますけど、そんなに疲れないし、材料の薬草っていってもその辺で生えてる草だし、繁殖力強いから簡単に育てられるし…。」
「「「「「育てられるの(か)??」」」」」
「千切って土被せただけでも繁殖しますよ?」



そんなに驚く事なのかと小首を傾げるマリールに、男達も釣られて小首を傾げる。



「そんな雑草みたいなもんだったっけ…?」
「…ポーションの材料ってさ、ちっさい子供向けの依頼に常時出してる依頼のだろ?」
「そうそう、孤児院向けの。」
「そうよ。低級ポーションの材料に、森の浅い場所に生えているのを、護衛付でね。」
「もし本当に育てられるなら、孤児院の子供達を危険な森まで行かせなくて済むな…。」
「ちなみにこんなんですけど。」



バルド達がポーションの材料について確認しているところにマリールが大きなカバンから取り出したのは、細長い枝に細かく小さな細長い葉が連なる植物だ。
とてもカバンから出したと思えないほど生き生きとしている。



「…あれ、おっかしいな。俺これ道端で生えてるの見たことある。森だと成長して木みたいになってるやつ。」
「俺もある。」
「ていうかこれ本当に雑草じゃね?」
「え、ちょっと待って、マリーちゃん。これで作ってるの?」
「そうですよ? あと他にも効能を変える為に何種類か組み合わせますけど、基本この葉は必ず使いますね。今使った一番効果が低い青い薬は、これときれいな水と魔力だけです。」



マリールが取り出した草は本当にその辺に生えている草だった。しかも結構丈夫で、かなり強剪定してもすぐに新芽が生えてくる。根こそぎ引っこ抜いても根が残っていればそこからまた生えてくるという生命力の強さだ。
香りも独特で強いから、民家や畑の生垣にも使われている。

マリールに見せられた葉をまじまじと見て、アエラウェとバルドは眉間に皺を寄せる。その様子にマリールは不安そうに尋ねた。



「この国の薬術士会のポーションに使うのとは違うんです?」
「え、ええ。ちょっと待ってね、乾燥させたものだけど…あった。これよ。」



受付カウンターの奥にある小箱が整頓されて収納されている棚から、ひとつの箱を持ち出してきた。アエラウェが蓋を開ければ、箱には乾燥させても肉厚な楕円の葉が敷き詰められている。



「ああ、これは月桂樹ですね。料理に使う。」
「「「「「料理?」」」」」
「はい。肉の臭みを消すのに煮込み料理に使うんです。あー…だからポーション美味しくないんじゃないかな。長時間煮込むと苦くなっちゃうんですよね。」
「「「「「苦い料理」」」」」
「あ、でもこれだけじゃ抗菌作用だけで回復なんて出来ないから、他にもメインに使ってると思いますよ?」
「「「「「抗菌だけ」」」」」


バルド達は唖然として箱の中の草を見つめる。
中級になると他に魔獣の髭やら羽やら指定される事があるが、低級ポーション用の採取依頼はこの月桂樹だけだ。まさかポーションの材料が料理用の葉で、しかも抗菌作用があるとは言え苦味になるらしいとは。



「え、じゃあ今までのは。」
「自然に血止まってたってこと!? 」
「どうりで治り遅いと思った!!」
「…ちょっと私、眩暈してきたわ…。」
「俺もだ。」
「え! それは大変!! お薬いかがですか?」
「「「「「いらない(わ)」」」」」
「え~! 滋養強壮にも疲労回復にも効くのに~!」



マリールの作るポーションは滋養強壮の栄養ドリンクも兼ねる万能さらしい。マリールがサッとバルド達に薬瓶を差し出すが、皆高速で首を横に振り切った。こんなとんでもない効果の薬を、精神疲労で使うなんてとんでもない。

頑なにマリールの薬を試してくれないバルド達に、マリールは「精力増進もするのに~」と、頬を膨らませるのだった。

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