お薬いかがですか?

ほる

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第一章

45.

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マリールとアエラウェが帰ってきたと思ったバルドは、扉を開ける音に勢い良く顔を上げた。だがそこには、マリールでもアエラウェでもなく、それどころかエドナでもない、予想外の人物が立っていた。


「ごめんください~。お届け物に上がりましたの~。」


間延びさせた語尾で話すその女は、商業ギルドに向かう途中、マリールが行きたそうにしていた店の者だ。優しげな垂れ目と色気のある口元の黒子が印象に残る、バルドにも物怖じせず話し掛けてくる稀有な女だった。


「…確かに今日、うちの者がそちらの店に言った筈だが。」


マリール達が帰って来ないのに、何故店の者が来るのだろうか。バルドは訝しげに女を見やった。


「ええ。本日お越し頂いて~。沢山お買い上げくださいましたわ。ですがお帰りの際に忘れて行かれた、その荷物をお届けに上がりましたの~。」


女はバルドに近付くと、にっこりと微笑んで植物の蔓で編んだ籠を渡してきた。
籠には金色の巻きリボンが数個、それに枠が印刷された空白のラベルの束。青いボタンが透ける布で出来た袋に入れられている。そして丁寧に傷つかないように、青い布で包む様に囲んだ白と金の宝石箱。蓋には蝶の飾りが付いていた。

リボンとラベルは確かに今日、アエラウェ達が買いに行くと言っていた物だ。余計な物もあるが、きっとアエラウェが個人的に買ったのだろう。如何にもアエラウェが好みそうな品だ。

だが、拡張鞄を持っているアエラウェが、買った物を忘れて店を出るなんてあるのだろうか。


「…買い物の後に本人達がどこに行ったか知らないか? まだ帰ってないんだが。」
「まぁ! そうなんですの? ご来店されたのは午前中でしたから~…お昼前にはお帰りになられましたわ。その後どこへ行かれたのかは残念ながら分かりませんが…どこかで外食されてるのかしら~? ですがもう外は暗いですから、心配でございますね~?」


女は驚いたと言う様に目を丸くして、それからバルドを気遣うように、その柳眉を下げた。

バルドはじっと女を見る。常ならばバルドと目が合うだけで女子供は泣き叫び始めるものだが、この女は目を全く逸らさなかった。それどころかじっと見詰めるバルドに微笑みかけさえもした。

妙齢の女性に微笑まれた事など無いバルドは、それだけで動揺して目を逸らしてしまう。そんなバルドに女は口元を手で隠し、楽しそうにクスクスと笑った。


「…そう言えば、冒険者ギルドの長様は、この国の出身では無いとか~。」


ふと、真顔になった女が突然話題を変える。バルドは急な女の問い掛けに、僅かに驚きながらも頷いた。


「ああ。海を挟んで隣のザンザ帝国だ。それが?」
「祖国と連絡は取れていますか?」

畳み掛けるように問うて来る女に、バルドはピクリと眉を動かした


「連絡を、取る事は可能ですか?」


女は先程までのおっとりとした表情を一変させ強張らせて、じっとバルドを見詰めている。この女は一体何が言いたいのだろうか。バルドは訝しげに女を見た。


「あと三週間もすれば先日出した手紙の返信が届く筈だ。」


バルドが答えれば、女は力が抜けたように肩を落とし、目線を落とした。


「…そう、ですか…。」
「…誰かと連絡が取れないのか? うちのホビット達も連絡が取れないと言っていたが。」


俯いたままの女に、バルドもどうしたのだろうかと気になった。心配げに問い掛ければ、女は静に頭を振る。


「いえ、何でもないですわ~。…私、そろそろ戻りませんと。これで失礼いたしますね~。」


顔を上げた女は先程までの固い口調を、最初のように間延びさせたものに変えていた。ころころと態度の変わる女に唖然としているバルドを置いて、出口へと向かう。

女が扉を開けようとした丁度その時、扉を押し開いて入ってきたのはエドナとエレンだった。エレンは両手で大きな袋を、エドナは重そうな木箱を幾つも片方の肩に担いでいた。


「…っと、おや、珍しい。モルガさんじゃないか。依頼か何かで?」
「…いいえ~、忘れ物を届けに来たのだけですの~。エドナさんもエレンさんも、また店にいらしてくださいね~?」


エドナが目を開いて驚けば、モルガも一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔を作ってエドナに応じた。そして軽く会釈をすると、エドナの横をすり抜けて出て行ってしまった。


「…何かあったのかい?」


エドナが訝しげに眉を顰めて、呆けた顔をして突っ立っているバルドを見る。


「…いや、今日アエラウェとマリールがあの女性の店に買い物に出掛けたんだが、買った物を忘れて届けに来てくれただけだ。」


バルドがエドナにも見えるように籠を傾ければ、確かにアエラウェに頼んだものが入っていた。だが奇妙な事に気付く。エドナは眉をさらに顰めて、良く見えるように籠に顔を近づけて中を覗いた。


「…おかしいねぇ。あの店で買うといつも品の良い梱包して店の袋に入れてくれるんだけどねぇ。」


特に宝石箱など高級品を、布に包んであるとは言え剥き出しのままなんてありえないだろう。ああいった高級店は特別感を出す為に、大袈裟に梱包するものだ。


「エドナおばさん、取り合えず製造所に荷物を運ばせて貰いましょう。私腕が痺れそうで…。」


考え込むエドナに切羽詰った声でエレンが頼む。エドナの担ぐ木箱よりは大分軽そうだが、エレンの細腕では限界が近付いているようだ。


「すまん、俺が持とう。エドナのも渡してくれ。」


慌ててバルドがエレンの荷物を片手で軽々と持ち、エドナの担ぐ木箱もひょいと肩に担いだ。そのまま二階の商人のモブスカ達が居る部屋へと向かう。


「悪いね、バルドの旦那。助かるよ。」
「ありがとうございます、ギルマスさん。」
「いや、気付かなくて悪かった。」


エドナとエレンが礼を言いながら後を追う。バルドは気にするなと笑って見せるが、その笑顔は最高に怖かった。今にも「オレ、オマエクウ。」とか言い出しそうな、これからおいしい食事になる犠牲者に見せる笑顔のようだった。


「…相変わらずの損な顔だねぇ。」
「…。」


エドナが哀れみの目でバルドを見る。エレンに至ってはうっかりちょいもれしてしまいそうな程の衝撃だったようだ。エレンは涙目になって歩く床を見詰めていた。


「すまん。今入っても大丈夫か?」


バルドはモブスカ達の部屋の前で、部屋の中へと声を掛ける。前もってエドナ達が来ると伝えてあるので先日のホビット達のような事にはならないだろうが、念には念を入れなければならない。耐性のなさそうなエレンが後ろに控えているのだから。
勿論自分もすこぶる嫌だが。


「はい。大丈夫ですよ。今開けます。」


結界石はギーアに渡してある。アエラウェがギーアなら信用しても良いと渡したのだ。冒険者ギルドの外とギルドの受付のある待合室に出る以外は自由にギルド内を出歩けるが、一日の殆どを部屋に篭っているようだった。滅多に人の来ない冒険者ギルドでも、何があるか判らない。現に先程もモルガという女が突然来たのだから。

違う理由かも知れないが。

バルド達がギーアに招き入れられて部屋へと入ると、ギーアはバルドとエドナ、続いてエレンを見て首を傾げた。


「おや? マリールさんとアエラウェ様は? それにホビットさん達も…。」


そろそろ夕食の時間だから、マリール達で食事の支度でもしているのだろうか。
実はギーアもモブスカも、今日の晩御飯は何だろうと一日楽しみにしていたのだ。部屋で食べた朝食も昼の弁当も夢中になってあっという間に平らげてしまった。二人はもうすっかりマリールの作るご飯に胃袋を掴まれていたのだった。

モブスカがまた欲を出して「このパンで一儲けが出来る!」と言い出したので、アエラウェ仕込の教育的指導をしたのは言うまでもない。


「実は、まだマリール達が帰って来ていないようなんだ。」
「「「え!?」」」
「大丈夫なのかい!?」


バルドの言葉にエドナ達は驚き、そして直ぐにマリールの身を案じた。アエラウェも一緒だからまさかの事はそうそう起きないだろうが、もう外が暗くなっている時間に、アエラウェがマリールを連れて出歩くなんてしそうにも無い。


「俺もつい先程帰ってきたんだが、冒険者ギルドの灯かりも付いていなかった。ホビット達は子供達を孤児院に送ってくれている。」


バルドはそう言いながら、作業をする大きなテーブルの上に荷物をドサドサと置いた。その荷物を確認していたギーアが、木の蔓で編まれた籠を見て「あ!」と声を上げた。


「どうした!?」


突然の大声に驚いて、バルド達がギーアを見る。するとギーアはバルドの問いに答える前にその籠を持ち、モブスカに走り寄り中身を見せた。


「…! どうしてこれが!?」


籠の中身を見るなりモブスカも驚きに目を見開く。突然の二人の様子に、バルド達も顔を見合わせた。


「これは私が先日盗賊に奪われた品です…!!」


モブスカが籠から取り出しバルド達に見せたのは、白地に金の装飾が施された、蓋に停まる蝶が印象的な宝石箱だ。人目で高級品だと判るそれは品が良く、アエラウェが買ったのだとエドナ達にも直ぐに分かった。


「盗品がモルガの店で売られてるってのかい!?」
「そんな、まさか!」


エドナもエレンも信じられないと声を上げる。モルガは確かにやたら色気を振りまいていてどこぞの貴族の愛人もしているなんて噂もあるが、庶民の自分達にも別け隔てなく接してくれて、孤児の子供にも優しくしている所を何度も見た事がある。
あのモルガが盗品を扱っているなんて、到底信じられなかった。


「しかし、この品は確かに私が運んでいた品です。目録も奪われてしまったので証明は出来ませんが…。この特徴的な蝶の細工は妖精王がとあるドワーフに作らせたと逸話が残る一品で、目録の中でも一番の高級品でした。」


モブスカが真剣な表情でバルド達に本当だと訴える。隣に立つギーアもモブスカの言葉に頷いているから、嘘ではないのだろう。咄嗟にこんな嘘が思い付くのは、余程嘘を言い慣れている詐欺師くらいのものだ。


「…モブスカの言う事が本当だとしたら、モルガと言う女の店でマリール達が攫われたと言う事か?」


バルドが呻るように言えば、モブスカは「わかりません。」と首を振る。
だが盗賊と繋がっているかもしれない店に行ったマリール達が、実際帰って来ないのだ。何かがあったと疑ってしまうのは仕方ない事だろう。


「…もしかして、モルガさんはわざとこの籠に?」


エレンが籠を見詰めて呟く。
それを聞いてエドナは眉間に皺を寄せ首を傾げた。


「見つかりやすいように、袋に入れなかったって事かい? だけどそれじゃ、ここに盗賊被害者が居るって知ってる事になるじゃないか。これが盗品だって知ってるのは殺された商人達しか居ない。…確かにあんた、死んだんだろ?」

「…はい。門で『話を聞こうか』と騎士様に言われて、一晩…うっ…うう…」
「旦那様…。」


拷問を思い出したのか、モブスカは込み上げる吐き気と涙に嗚咽を漏らす。ギーアも青い顔で震えて、モブスカの背をさすった。


「…そう言えば詳しく聞けていなかったな。殺された時の事をまだ話せそうもないか?」


バルド達も初めてモブスカと会話をしたその日、詳しく聞こうはしたのだ。だが肝心のモブスカ達は今の様に震えて怯え、とても聞き出せる状況じゃ無かった。

時間が彼等を落ち着かせてくれたら聞き出すつもりでいたのだが、マリールが攫われたかもしれない今、モブスカ達を気遣ってやれる余裕がバルドには無かった。


「…私がお話します。あの日私達はとても大きな…ギルドマスターさんのように大きな身体の騎士に連れられ、警備兵の居る詰所とも違う建物に連れて行かれました。」


門で出会ったあの騎士の目は、今でも瞼の裏側にこびり付いている。
ギーアは苦しそうな表情で、その時の事を語り出した。
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