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脱サラ爺さん赤ん坊を拾う
おお、心の友よ! 2
しおりを挟むラファエロは生粋の人族ですが、力はその範疇を凌駕しています。
普通なら器――肉体が絶えきれなくなったり、膨大な力をコントロールできずに暴走するところなのに、ラファエロは難なく力を使いこなしていました。
噂を聞いたサリエルはラファエロを目の当たりにした瞬間、跪いてその手を取ると「はじめまして、私はサリエル。一目見て君の虜になってしまった憐れなエルフさ! どうか私に君を隅々まで調べさせてくれ!」と請いました。
勿論答えはノーです。
満面の笑みのなかで、目だけがギラギラとしていて、うっかり頷いてしまったら何をされるかわかったものではありません。これには流石のラファエロも断固拒否しました。
いくらお人好しでも、周囲に誤解されそうな言葉を連発して人体実験しようとしてくる変態に絆されたりはしませんでした。
現在、サリエルは神秘生物学の権威として、研究所の所長の座に就いています。
下手な医者よりも生物の知識が豊富な男なので、ミカエルの体質についても何か知っているかもしれません。
「この子を見てくれ。おぬしの意見を聞きたい」
「んぶぅ?」
サリエルによく見えるよう、ミカエルを鏡に近づけました。
「やあ! 可愛らしい王子様! 君もとてもユニークな個性を持っているね!」
一瞬目を見開いた後、サリエルはキラキラと目を輝かせました。
どうやら鏡越しでも、分析できたようです。
「おぬしの反応を見る限り、やはり珍しいようじゃな」
「ああ! とても興味深いよ! 一部癒着しているとか、未分化なわけではなく、これは完全なる融合だね。人族であることは間違いないが、力の有り様は妖精やゴーストに近いね!」
社会を形成しない妖精は、集落というものがなく、気に入った場所に棲み着いています。
力の強い個体は精霊王や大精霊と呼ばれますが、これは他種族が勝手に格付けしているだけで、彼ら自身は上下関係なく気ままに生きています。
対してゴーストは生前の名残で人に交じって暮らしたり、ゴーストタウンを作っています。
死後にゴーストになるのは種族関係なく、一定の条件を満たした者だけです。彼らはゴーストとして過ごす日々を、死後のボーナスタイムと認識しているので非常に大らかです。
名前とは裏腹に、とても治安が良くて平和な場所なのです。
「ううむ。ならば治すのは難しいということか」
「治すなんて勿体ない! 力の循環に歪みも澱みも一切無い。下手に手を加える方が危険だよ!」
食い気味で否定するサリエルは完全に好奇心が勝っていますが、言っていることは一理あります。
「ふむ。妖精は難しいが、ゴーストなら探せば話を聞けそうじゃな」
「似て異なる存在だけど、参考になる部分もあるだろうね。ゴーストタウンには、制御装置が売ってるだろうし成長するまでは装着することをオススメするよ」
「制御装置……?」
「魔力残量が一定値を下回ると、作動する装置さ! 肉の器を持たない彼らは、力を使い尽くすと消滅してしまうからね」
サリエルの見立てでは、ミカエルの場合は一瞬で魔力が枯渇しない限り命を落とすことは無いけれど、力を使い過ぎると体調不良に陥り、更に無理をすると昏睡状態に陥る可能性があるとのことでした。
「ふうむ。万が一を考えて制御装置なしでも生活できるよう、修行ができる年齢になり次第訓練が必要じゃな」
制御装置に頼り切ってしまうと、不測の事態に陥った時に危険です。
「赤子のゴーストは稀だから、その小さな身体に相応しいものをとなるとオーダーメイドになるだろうね。腕の良い職人を知っているから紹介するよ!」
「それは助かる。この借りは必ず――」
「二人の血液を送ってくれれば十分さ!」
「……うむ、わかった」
にこやかに要求された内容に、ラファエロは複雑な気持ちになりましたが許容範囲内です。
それにサリエルがミカエルのことを研究すれば、何かあった時に助けになるかもしれません。
「いや、やっぱり君のところにお邪魔させてもらおうかな! 今の地位についてから働きっぱなしだったからね。三十年くらいバカンスに出ても問題ないだろう!」
「問題しかないじゃろ。絶対に嫌じゃ。血を送ってやるから、それで我慢せい」
三十年という具体的な数字に、ラファエロは眉を逆立てました。
「どうせわしが人間の寿命通りに死ぬか確認したいんじゃろ。そうはいくか」
ラファエロは二十歳前後の外見を維持していますが、これは自分で設定した数値ではありません。彼の肉体のベストコンディションがその年齢だったというだけです。
術によりラファエロは不老ではありますが、不死とはまた別問題です。
術を維持できる限り寿命も延びるのか、それとも天の定めに従って肉体は若くとも老衰でこの世を去るのか。その日が来るまで、誰にもわからないのです。
サリエルが幾度となく一緒に暮らすことを望んでいるのは、天寿を全うする瞬間のラファエロの状態を間近で観察したいからに他なりません。
「相変わらずつれないね。フラれてしまったなら仕方がない。ところで、君が腕に抱いている小さな奇跡は名をなんというんだい?」
「ミカエルじゃ」
「――素直になれない君も愛おしいよ。他でもない親友の頼みだ。安心して任せてくれたまえ!」
「は?」
またもや謎の電波を受信したようです。
「いつも素っ気ない態度だが、本当は私を信頼してくれていたんだね! 嬉しいよ!」
「待て待て待て。何故そうなる」
「私の名前を引用するということは、子どもの後見人に指名してくれたんだろう?」
「……『エル』で終わることを言っているなら、ウリエルもじゃろ」
ラファエロは、四人目の二つ名持ちの魔法使いの名を出しました。
そもそも「エル」は「神の恩寵」を意味する言葉であり、名前に組み込むのはよくあることです。祖父の名前がラファエルでなければ、きっとラファエロもそうなっていたでしょう。
「この子の体質を理解して、適切な対応をできるのは私くらいのものだよ。だから私に連絡してきたんだろう?」
「ううむ……」
ミカエルのことも貴重なサンプルと認識していることは明らかですが、あながち間違いではありません。一目見ただけで的確な分析をして、アドバイスしてきたように、自分に何かあった場合は村の人間に預けるよりもこの男に托した方が安全でしょう。
変人ですが、子どもを虐げるような男ではありません。
ラファエロが迷っていると、ミカエルがぐずりだしました。
「おやおや。私たちの宝物は、ご機嫌斜めのようだ。先ほどまでぐっすり眠っていたのだから、さしずめお腹がすいたか、オムツの交換をご所望かな」
「おぬしが後見人で構わんが、その呼称は二度と使わんでくれ」
「私たちの宝物」だなんて、冗談ではありません。聞いた者が確実に誤解するではありませんか。
仏頂面のラファエロに、サリエルは気分を害した風も無く「困ったことがあればいつでも連絡くれたまえ!」と輝くような笑みを浮かべました。
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