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脱サラ爺さん赤ん坊を拾う
常識を求めて三千メートル 2
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「結構な冊数になりますが、分割して借りられますか? この通り暇なので、周期を教えていただければお届けしますよ」
「ふうむ。お言葉に甘えようかの」
魔法を使えば簡単に大量の荷物を運べます。しかしラファエロは年配者として、ジョンを手助けしてやりたくなりました。
単純に彼の人柄が気に入ったのです。
大魔法使いがこの地にやってきたことは、村長を介して村人は知っているはずです。
ラファエロを前にしても大魔法使いと気付かないあたり、彼は村のネットワークに入れてもらえていないのでしょう。
彼が山小屋に通うようになれば、ラファエロと親しい人物だと尊重されるはずです。
「――……お待たせしました。取り急ぎ知っておいた方が良い分野として地理、近代史、市民法、数学。それと随筆をお持ちしました。著者はオズテリアの文化人として大陸で広く知られている人物なので、教養や歴史も同時に学べると思います」
「そりゃ一石三鳥じゃのう!」
その通りですが、どう考えても首がすわったばかりの赤子向けではありません。
しかしラファエロはジョンのチョイスを褒め、ジョンもまさか目の前の青年が背中におぶっている赤ん坊に読み聞かせる本を探しているとは思わず、中等教育以上の本をピックアップしました。
ジョンは年齢のわりにしっかりしている方ですが、初めての客に浮き足立ち、詳しい話を聞かずに推測で動いてしまいました。
専門分野以外も教える――つまり親元を離れて学ぶ弟子と聞いて、それなりの年齢だと誤解したのです。
*
「歴史って物語みたいなもんじゃよな。つまり絵本の読み聞かせと同じじゃ」
そんなわけがないのですが、ミカエルを膝の上に乗せたラファエロはしたり顔で本を開きました。
「……思ってたんと違う」
歴代国王の名前や、歴史的な事件をまとめた年表を見てラファエロは顔を顰めました。
「数学にするか。物心つく前に覚えとけば、数字アレルギーにはならんじゃろ」
近代史を諦めたラファエロは、基礎数学と書かれた本を手に取りました。
「ええと、なになに。『姉がX町、妹がY町に住んでいます。二つの町は10キロメートル離れています。同時刻に姉は分速110メートルでY町に向かい、妹はX町に90メートルで向かいました。二人は何分後に出会うでしょうか』――え、いつか出くわすじゃろ。こんなの計算する必要ある? この問題解けるようになったところで、将来絶対に使わないじゃろ」
世の学生が一度は言ったことがある台詞を口にすると、ラファエロは次に行きました。
「もっと現実的な問題は……『ある池の周りを、兄弟が同時刻に同地点から歩きます。反対方向に進むと10分後にすれ違い、同じ方向に進むと30分で兄が弟を初めて追い越します。兄が分速90メートルのとき、弟は毎分何メートルでしょうか』――え、これなんの儀式? 池の周りを歩き続けるとか不審者じゃろ。一定のスピードで同じ方向に進んだり、逆方向に進んだり何がしたいんじゃ? たしかに魔法陣を踏ませることで、効果を維持するタイプの術式はあるが、これ数学の問題よな。ええー、今時の子どもってこんな難しい問題やっとるの?」
世の親が一度は言ったことのある台詞ですが、ラファエロの場合は大きな考え違いをしています。
「もっと簡単なのはないのか……。ええと、これは問題文が短くていいのう」
文章問題の行数で難易度を判断しているところがもう色々とアレな大魔法使いです。
「『6人が一列に並ぶ時、並び方は6P6=6!ですが……』――『!』って驚いたときに使う記号じゃなくて、数学なの!? 七十年生きて初めて知る事実に吃驚なんじゃけど! これが常識ってマジ!?」
驚愕の事実に、もはやラファエロは涙目です。
自分の世間知らずぶりが情けなくて、育児に対する自信がみるみる消失していきます。
「実生活に役立ちそうで、簡単な問題。わしにも解けそうなやつはないのかの……」
震える手で頁をめくると、旅人算、順列の後に、濃度の問題を見つけました。
「『体重1キログラムあたり成分量3ミリグラム/回の薬があります。体重25キログラムの子供に1日
3回、7日間飲ませる場合、十倍散だと何グラム計量すればいいでしょうか』――こういうのでいいんじゃよ。こういうので。この手の計算なら、錬金術でよくやってるからお茶の子さいさいじゃい」
「あぶぅ」
「おや、ミカエルも興味があるようじゃの。じゃあ解説するぞ――」
こうして常識を求めた男は、非常識な行動に走ったのでした。
「ふうむ。お言葉に甘えようかの」
魔法を使えば簡単に大量の荷物を運べます。しかしラファエロは年配者として、ジョンを手助けしてやりたくなりました。
単純に彼の人柄が気に入ったのです。
大魔法使いがこの地にやってきたことは、村長を介して村人は知っているはずです。
ラファエロを前にしても大魔法使いと気付かないあたり、彼は村のネットワークに入れてもらえていないのでしょう。
彼が山小屋に通うようになれば、ラファエロと親しい人物だと尊重されるはずです。
「――……お待たせしました。取り急ぎ知っておいた方が良い分野として地理、近代史、市民法、数学。それと随筆をお持ちしました。著者はオズテリアの文化人として大陸で広く知られている人物なので、教養や歴史も同時に学べると思います」
「そりゃ一石三鳥じゃのう!」
その通りですが、どう考えても首がすわったばかりの赤子向けではありません。
しかしラファエロはジョンのチョイスを褒め、ジョンもまさか目の前の青年が背中におぶっている赤ん坊に読み聞かせる本を探しているとは思わず、中等教育以上の本をピックアップしました。
ジョンは年齢のわりにしっかりしている方ですが、初めての客に浮き足立ち、詳しい話を聞かずに推測で動いてしまいました。
専門分野以外も教える――つまり親元を離れて学ぶ弟子と聞いて、それなりの年齢だと誤解したのです。
*
「歴史って物語みたいなもんじゃよな。つまり絵本の読み聞かせと同じじゃ」
そんなわけがないのですが、ミカエルを膝の上に乗せたラファエロはしたり顔で本を開きました。
「……思ってたんと違う」
歴代国王の名前や、歴史的な事件をまとめた年表を見てラファエロは顔を顰めました。
「数学にするか。物心つく前に覚えとけば、数字アレルギーにはならんじゃろ」
近代史を諦めたラファエロは、基礎数学と書かれた本を手に取りました。
「ええと、なになに。『姉がX町、妹がY町に住んでいます。二つの町は10キロメートル離れています。同時刻に姉は分速110メートルでY町に向かい、妹はX町に90メートルで向かいました。二人は何分後に出会うでしょうか』――え、いつか出くわすじゃろ。こんなの計算する必要ある? この問題解けるようになったところで、将来絶対に使わないじゃろ」
世の学生が一度は言ったことがある台詞を口にすると、ラファエロは次に行きました。
「もっと現実的な問題は……『ある池の周りを、兄弟が同時刻に同地点から歩きます。反対方向に進むと10分後にすれ違い、同じ方向に進むと30分で兄が弟を初めて追い越します。兄が分速90メートルのとき、弟は毎分何メートルでしょうか』――え、これなんの儀式? 池の周りを歩き続けるとか不審者じゃろ。一定のスピードで同じ方向に進んだり、逆方向に進んだり何がしたいんじゃ? たしかに魔法陣を踏ませることで、効果を維持するタイプの術式はあるが、これ数学の問題よな。ええー、今時の子どもってこんな難しい問題やっとるの?」
世の親が一度は言ったことのある台詞ですが、ラファエロの場合は大きな考え違いをしています。
「もっと簡単なのはないのか……。ええと、これは問題文が短くていいのう」
文章問題の行数で難易度を判断しているところがもう色々とアレな大魔法使いです。
「『6人が一列に並ぶ時、並び方は6P6=6!ですが……』――『!』って驚いたときに使う記号じゃなくて、数学なの!? 七十年生きて初めて知る事実に吃驚なんじゃけど! これが常識ってマジ!?」
驚愕の事実に、もはやラファエロは涙目です。
自分の世間知らずぶりが情けなくて、育児に対する自信がみるみる消失していきます。
「実生活に役立ちそうで、簡単な問題。わしにも解けそうなやつはないのかの……」
震える手で頁をめくると、旅人算、順列の後に、濃度の問題を見つけました。
「『体重1キログラムあたり成分量3ミリグラム/回の薬があります。体重25キログラムの子供に1日
3回、7日間飲ませる場合、十倍散だと何グラム計量すればいいでしょうか』――こういうのでいいんじゃよ。こういうので。この手の計算なら、錬金術でよくやってるからお茶の子さいさいじゃい」
「あぶぅ」
「おや、ミカエルも興味があるようじゃの。じゃあ解説するぞ――」
こうして常識を求めた男は、非常識な行動に走ったのでした。
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