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少年と悩める大人達
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「今日は妹さん達は不在で、二人きりなんですよね。もしかしてパウロさんとお付き合いされているんですか?」
「恋人だなんてそんな! 一人だとお手洗いにも行けないから、お手伝いしているだけよ」
大きく手を振って否定しますが、勘違いされたことに満更でもなさそうな顔をしています。少なくともアンがパウロに好意を抱いていることは確定です。
「そうですか……」
「ねえ、ミカエル君は相談にものってくれるのよね? パウロさんに恋人とか、好きな人がいるかわかる? 貸本屋で偶に合うんでしょ、その時に何か言ってたりしなかった?」
それは相談ではなく聞き込みですが、クッキーを差し出されたミカエルは野暮は言いませんでした。
勤勉なパウロは、今も農業関係の本が入荷すれば店に足を運びます。
そうでなくても店主が友人なので、ミカエルが本を借りに行った時に男同士お喋りしている場に遭遇することは何度かありました。
無自覚なのでしょうが、お菓子を餌に子どもから情報を聞き出そうとするとは中々の悪女です。
「論理的な推測ならできます。結論から言えば、恋人はもちろん、アンさん達より親しい女性はいません」
「本当!?」
「仕事を辞めて田舎に引っ越すというのは、結婚するか別れるかの転機です。パウロさんの年齢からして、遠距離恋愛ではなく前述したどちらかのパターンになるはずです。結果として独り暮らししているのですから、過去に恋人がいたとしても、退職を機に別れたんでしょう」
「こっちで幼馴染みと再会したり、新しい出会いがあった可能性は?」
「ないです。もし親しい女性がいたら、畑のことで疑心暗鬼になった時に相談したはずです。でもパウロさんはジョンさんを頼っています。そして問題解決と同時にアンさんと知り合いました。パウロさんとの付き合いが始まってから、隣に住むアンさんがそれらしい人物を見かけていないなら、フリーだと判断していいでしょう」
「な、なるほど」
「ひとつ忠告するなら、パウロさんとの仲を進展させたいなら、アンさんが動くしかないということです」
「え? どうして?」
男性に言い寄られることが多かったアンは目を丸くしました。
「パウロさんに、男性に迫られて苦労した話をしたんですよね。そんな女性を口説くような人物に見えますか?」
「見えないわ」
「勤勉で、垢抜けていて、聞き上手。知られてないだけで優良物件です。うかうかしていると横からかっ攫われますよ」
一歩踏み出せるかどうかが、恋愛強者と弱者の違いです。
「そんな! ねえ、どうしたらいいの? 私、男の人にアプローチしたことがないの!」
「初恋もまだのぼくに言われても」
「一般論でいいから! お願い!」
「何かあったんですか?」
声の主は、紙でできたランチボックスとカップを抱えたパウロでした。
「あ。パウロさん、お帰りなさい」
「ミカエル君に頼み事していたみたいですが、何かトラブルが?」
心配そうな顔で話しかけられて、アンは慌てました。肝心なところは聞かれていないようですが、この場をどう誤魔化したらいいものかわかりません。
「奇をてらった商品の売れ行きが悪いので、アドバイスを求められました」
仕方ないのでミカエルが助け船を出すと、パウロはすんなり納得しました。
「今日は野菜を買いに来たんですが、浮いたお金はお駄賃にしていいことになっています。パウロさん、お安くなりませんか?」
「それは責任重大だな」
「ええ。ぼくにとっては大問題です」
「無料にしたら、ラファエロ様に気を遣わせちゃいそうだから――よし、どれでも一つ銅貨一枚でどうだい」
「数に上限は?」
「ないよ」
銅貨一枚は玉葱一個相当の値段です。二、三倍の値段の野菜も同じ値段で良いというのですから、買えば買うほどお得です。
次回もパウロが出店するとは限りませんし、何より毎回集るのは人としてダメでしょう。
ミカエルは今すぐ消費する分と、日持ちする野菜を慎重に選びました。
「お言葉に甘えて買いだめしたら、お菓子買う分のお金も使っちゃいました」
ミカエルはチラリとアンに視線を投げかけました。
「ミカエル君! 相談に乗ってくれたお礼に好きなお菓子あげるわよ、その代わり今日の話は他言無用ね」
「勿論です。相談者の情報を漏らすようなことはしません」
*
格安の野菜と相談料の焼き菓子を手に入れたミカエルは、その足で貸本屋に向かいました。
「ジョンさん、こんにちは」
「いらっしゃい、ミカエル。ちょうど修復が終わった本があるんだが読むかい?」
他店から送られてきた本の中には、保管状態が悪いものが度々混ざっています。
そういった本をジョンは「他店と揉めたくないし、破損の責任を問われたくもない」と言って、送り先に文句を言うこともなく丁寧に修繕しています。
面倒事を避けたいだけだと自嘲していますが、ミカエルには抱え込んで損をする性格にしかみえません。
「三百頁くらいですね。立ち読みしていいですか?」
「座って読んでもらって構わないよ。今日その鞄を持っているということは、お使いの帰りだな。疲れただろう」
ミカエルはお使いの際に、ラファエロの魔法鞄を使います。
今日は市の立つ日なので、隅から隅まで歩き回っているはずです。
おやつも我慢して本代にしてしまう子なので、きっと空腹で喉も渇いているだろうとジョンは手早く飲み物と軽食を用意しに行きました。
*
ジョンはミカエルに負い目がありました。
知らぬこととはいえ、幼いミカエルが大人向けの本を読むような環境にしてしまったのはジョンです。
本人は楽しそうに本を読んでいますが。小さな子どもが友達を作って遊ぶことよりも読書を選ぶのは健全とは思えません。
弟の中には内向的な子もいましたが、それでも他の兄弟と一緒に室内でできる遊びをしていたのでミカエルとは違います。
(仲の良い友達でもできれば、少しは変わるのかもしれないけど、いかんせん候補が思い浮かばない)
子どもどころか人口の少ない村です。
ジョンの弟も一番下が十八歳なので、紹介できそうにありません。
ミカエルにはそれなりに子どもらしい側面があります。環境によって幼い頃から大人にならざるを得なかった子とは違います。
(俺が凡人だから、自分の考える普通を押しつけてしまっているだけかもしれない)
余計なことはせず成長を見守るべきなのかもしれません。
(せめてこの子が甘えられる存在になろう)
やるせない思いを抱えながら、ジョンはミカエルに軽食を載せた盆を持っていったのでした。
「恋人だなんてそんな! 一人だとお手洗いにも行けないから、お手伝いしているだけよ」
大きく手を振って否定しますが、勘違いされたことに満更でもなさそうな顔をしています。少なくともアンがパウロに好意を抱いていることは確定です。
「そうですか……」
「ねえ、ミカエル君は相談にものってくれるのよね? パウロさんに恋人とか、好きな人がいるかわかる? 貸本屋で偶に合うんでしょ、その時に何か言ってたりしなかった?」
それは相談ではなく聞き込みですが、クッキーを差し出されたミカエルは野暮は言いませんでした。
勤勉なパウロは、今も農業関係の本が入荷すれば店に足を運びます。
そうでなくても店主が友人なので、ミカエルが本を借りに行った時に男同士お喋りしている場に遭遇することは何度かありました。
無自覚なのでしょうが、お菓子を餌に子どもから情報を聞き出そうとするとは中々の悪女です。
「論理的な推測ならできます。結論から言えば、恋人はもちろん、アンさん達より親しい女性はいません」
「本当!?」
「仕事を辞めて田舎に引っ越すというのは、結婚するか別れるかの転機です。パウロさんの年齢からして、遠距離恋愛ではなく前述したどちらかのパターンになるはずです。結果として独り暮らししているのですから、過去に恋人がいたとしても、退職を機に別れたんでしょう」
「こっちで幼馴染みと再会したり、新しい出会いがあった可能性は?」
「ないです。もし親しい女性がいたら、畑のことで疑心暗鬼になった時に相談したはずです。でもパウロさんはジョンさんを頼っています。そして問題解決と同時にアンさんと知り合いました。パウロさんとの付き合いが始まってから、隣に住むアンさんがそれらしい人物を見かけていないなら、フリーだと判断していいでしょう」
「な、なるほど」
「ひとつ忠告するなら、パウロさんとの仲を進展させたいなら、アンさんが動くしかないということです」
「え? どうして?」
男性に言い寄られることが多かったアンは目を丸くしました。
「パウロさんに、男性に迫られて苦労した話をしたんですよね。そんな女性を口説くような人物に見えますか?」
「見えないわ」
「勤勉で、垢抜けていて、聞き上手。知られてないだけで優良物件です。うかうかしていると横からかっ攫われますよ」
一歩踏み出せるかどうかが、恋愛強者と弱者の違いです。
「そんな! ねえ、どうしたらいいの? 私、男の人にアプローチしたことがないの!」
「初恋もまだのぼくに言われても」
「一般論でいいから! お願い!」
「何かあったんですか?」
声の主は、紙でできたランチボックスとカップを抱えたパウロでした。
「あ。パウロさん、お帰りなさい」
「ミカエル君に頼み事していたみたいですが、何かトラブルが?」
心配そうな顔で話しかけられて、アンは慌てました。肝心なところは聞かれていないようですが、この場をどう誤魔化したらいいものかわかりません。
「奇をてらった商品の売れ行きが悪いので、アドバイスを求められました」
仕方ないのでミカエルが助け船を出すと、パウロはすんなり納得しました。
「今日は野菜を買いに来たんですが、浮いたお金はお駄賃にしていいことになっています。パウロさん、お安くなりませんか?」
「それは責任重大だな」
「ええ。ぼくにとっては大問題です」
「無料にしたら、ラファエロ様に気を遣わせちゃいそうだから――よし、どれでも一つ銅貨一枚でどうだい」
「数に上限は?」
「ないよ」
銅貨一枚は玉葱一個相当の値段です。二、三倍の値段の野菜も同じ値段で良いというのですから、買えば買うほどお得です。
次回もパウロが出店するとは限りませんし、何より毎回集るのは人としてダメでしょう。
ミカエルは今すぐ消費する分と、日持ちする野菜を慎重に選びました。
「お言葉に甘えて買いだめしたら、お菓子買う分のお金も使っちゃいました」
ミカエルはチラリとアンに視線を投げかけました。
「ミカエル君! 相談に乗ってくれたお礼に好きなお菓子あげるわよ、その代わり今日の話は他言無用ね」
「勿論です。相談者の情報を漏らすようなことはしません」
*
格安の野菜と相談料の焼き菓子を手に入れたミカエルは、その足で貸本屋に向かいました。
「ジョンさん、こんにちは」
「いらっしゃい、ミカエル。ちょうど修復が終わった本があるんだが読むかい?」
他店から送られてきた本の中には、保管状態が悪いものが度々混ざっています。
そういった本をジョンは「他店と揉めたくないし、破損の責任を問われたくもない」と言って、送り先に文句を言うこともなく丁寧に修繕しています。
面倒事を避けたいだけだと自嘲していますが、ミカエルには抱え込んで損をする性格にしかみえません。
「三百頁くらいですね。立ち読みしていいですか?」
「座って読んでもらって構わないよ。今日その鞄を持っているということは、お使いの帰りだな。疲れただろう」
ミカエルはお使いの際に、ラファエロの魔法鞄を使います。
今日は市の立つ日なので、隅から隅まで歩き回っているはずです。
おやつも我慢して本代にしてしまう子なので、きっと空腹で喉も渇いているだろうとジョンは手早く飲み物と軽食を用意しに行きました。
*
ジョンはミカエルに負い目がありました。
知らぬこととはいえ、幼いミカエルが大人向けの本を読むような環境にしてしまったのはジョンです。
本人は楽しそうに本を読んでいますが。小さな子どもが友達を作って遊ぶことよりも読書を選ぶのは健全とは思えません。
弟の中には内向的な子もいましたが、それでも他の兄弟と一緒に室内でできる遊びをしていたのでミカエルとは違います。
(仲の良い友達でもできれば、少しは変わるのかもしれないけど、いかんせん候補が思い浮かばない)
子どもどころか人口の少ない村です。
ジョンの弟も一番下が十八歳なので、紹介できそうにありません。
ミカエルにはそれなりに子どもらしい側面があります。環境によって幼い頃から大人にならざるを得なかった子とは違います。
(俺が凡人だから、自分の考える普通を押しつけてしまっているだけかもしれない)
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