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姿なき呪い
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ボスコ邸は、近所の家と比べても一際立派な建物でした。
太陽の光で輝く白壁と、テラコッタ色の瓦屋根。汚れやすい白壁を美しい状態で維持するのは難しく、雪の重みで瓦が割れるので壊れる度に張り替えなければいけません。この近辺ではどちらも裕福であることの象徴です。
*
「旦那様、お帰りなさいませ」
「あぁ、ミス・グリーン、出迎えありがとう。マリア、お前またそんな地味な色の服を着て……」
玄関口で一行を迎えたのは、二人の女性でした。
レモンイエローの花柄のドレスのミス・グリーンと、紺色の無地のマリアは対照的でした。
成人を過ぎたくらいの華やかな顔立ちの女性と、大切に育てられたお嬢様といった雰囲気の少女です。
海沿いの町は開放的な雰囲気が影響しているのか、明るい色の服を着ている住民が大半なので、十代半ばで暗い色を纏うマリアはいささか周囲から浮いています。
「娘のマリアと、秘書のミス・グリーンです」
「奥方は不在なのか?」
「妻は先日亡くなりました」
「それはご愁傷様じゃ。世事に疎くてすまんのう」
「お気になさらないでください」
頭上で交わされる大人達の会話を聞いていたミカエルの視界の端で、マリアがスカートを握りしめたのが目に入りました。ミカエルの身長だと、丁度彼女の腹部付近に視線がいくのです。
「旦那様、上着をお預かりします」
秘書として紹介されたミス・グリーンは、当然のようにロベルトに寄り添いました。
ロベルトも彼女の行動を当然のように受けいれています。雇用主と使用人ではなく、夫を迎える妻のような雰囲気です。
「ロベルトさん。奥さんを亡くされたのはいつ頃ですか?」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
ミカエルの問いに、ロベルトは顔を顰めました。
「ご家族に影響はないとのことでしたが、もしかして奥さんも――」
「妻は肺炎を拗らせたんだ! 今回の件とは関係ない!」
「これ、ミカエル。身内に不幸があったばかりなのじゃから、もうちっと言い方に気をつけんか。すまんのう」
「いえ、こちらこそ感情的になってしまい申し訳ない」
「……お母様が亡くなられたのは先月です。今日で一ヶ月経ちました」
父親の代わりにマリアが淡々と語りました。母親を失った悲しみから抜け出せていないのか、暗い表情です。彼女の暗く飾り気のない恰好は、哀悼のためでしょう。
ロベルトは一瞬口元を歪めましたが、娘を止めはしませんでした。
「ありがとう、お嬢さん。言い難いことを言わせてしまって悪かったのう」
「生前の母は闊達で、とても精力的な人でした。多少の不調は気合いで何とかしてしまうような人だったので、仕事を優先しているうちに重症化してしまったんだと思います」
「お気になさらず」と、マリアはぎこちなく微笑みました。
「仕事とは、ボスコ商会のですか?」
「この商会は、母が祖父から譲り受けたものなのです」
「名義はそうでしたが、彼女は交渉や商品を見る目はそれなりでしたが、いかんせん実務が苦手でした。法律や数字に弱いのは女性にありがちな話です。不安に思った先代が、娘の不足を補う為に選ばれたのが私です。今は名実ともに私が商会長ですよ」
とても若い身空でこの世を去った人物に向ける言葉ではありません。
明らかにロベルトは、亡き妻を下に見ています。
「でも商人の素質として重要なのは、交渉能力と目利きですよね。経理とか法務を実務と言っているなら、できる人に任せればことたります。どちらも専門家が存在する職業ですし」
「商会に必要なのは彼女であって、私の代わりはきくとでも言いたいのか! 働いたことも無い子どもが偉そうに!」
年端もいかない少年の言葉にロベルトは憤慨し、マリアは目を丸くしました。
「ミカエル。いくらなんでも失礼じゃ。おぬしが受けた依頼は呪いの調査であり、それ以上でもそれ以下でもない。己の責務を全うすることだけを考えなさい」
「……はい、師匠」
ラファエロに窘められたミカエルは頭を垂れましたが、ロベルトへの謝罪はさり気なく回避しました。
太陽の光で輝く白壁と、テラコッタ色の瓦屋根。汚れやすい白壁を美しい状態で維持するのは難しく、雪の重みで瓦が割れるので壊れる度に張り替えなければいけません。この近辺ではどちらも裕福であることの象徴です。
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「旦那様、お帰りなさいませ」
「あぁ、ミス・グリーン、出迎えありがとう。マリア、お前またそんな地味な色の服を着て……」
玄関口で一行を迎えたのは、二人の女性でした。
レモンイエローの花柄のドレスのミス・グリーンと、紺色の無地のマリアは対照的でした。
成人を過ぎたくらいの華やかな顔立ちの女性と、大切に育てられたお嬢様といった雰囲気の少女です。
海沿いの町は開放的な雰囲気が影響しているのか、明るい色の服を着ている住民が大半なので、十代半ばで暗い色を纏うマリアはいささか周囲から浮いています。
「娘のマリアと、秘書のミス・グリーンです」
「奥方は不在なのか?」
「妻は先日亡くなりました」
「それはご愁傷様じゃ。世事に疎くてすまんのう」
「お気になさらないでください」
頭上で交わされる大人達の会話を聞いていたミカエルの視界の端で、マリアがスカートを握りしめたのが目に入りました。ミカエルの身長だと、丁度彼女の腹部付近に視線がいくのです。
「旦那様、上着をお預かりします」
秘書として紹介されたミス・グリーンは、当然のようにロベルトに寄り添いました。
ロベルトも彼女の行動を当然のように受けいれています。雇用主と使用人ではなく、夫を迎える妻のような雰囲気です。
「ロベルトさん。奥さんを亡くされたのはいつ頃ですか?」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
ミカエルの問いに、ロベルトは顔を顰めました。
「ご家族に影響はないとのことでしたが、もしかして奥さんも――」
「妻は肺炎を拗らせたんだ! 今回の件とは関係ない!」
「これ、ミカエル。身内に不幸があったばかりなのじゃから、もうちっと言い方に気をつけんか。すまんのう」
「いえ、こちらこそ感情的になってしまい申し訳ない」
「……お母様が亡くなられたのは先月です。今日で一ヶ月経ちました」
父親の代わりにマリアが淡々と語りました。母親を失った悲しみから抜け出せていないのか、暗い表情です。彼女の暗く飾り気のない恰好は、哀悼のためでしょう。
ロベルトは一瞬口元を歪めましたが、娘を止めはしませんでした。
「ありがとう、お嬢さん。言い難いことを言わせてしまって悪かったのう」
「生前の母は闊達で、とても精力的な人でした。多少の不調は気合いで何とかしてしまうような人だったので、仕事を優先しているうちに重症化してしまったんだと思います」
「お気になさらず」と、マリアはぎこちなく微笑みました。
「仕事とは、ボスコ商会のですか?」
「この商会は、母が祖父から譲り受けたものなのです」
「名義はそうでしたが、彼女は交渉や商品を見る目はそれなりでしたが、いかんせん実務が苦手でした。法律や数字に弱いのは女性にありがちな話です。不安に思った先代が、娘の不足を補う為に選ばれたのが私です。今は名実ともに私が商会長ですよ」
とても若い身空でこの世を去った人物に向ける言葉ではありません。
明らかにロベルトは、亡き妻を下に見ています。
「でも商人の素質として重要なのは、交渉能力と目利きですよね。経理とか法務を実務と言っているなら、できる人に任せればことたります。どちらも専門家が存在する職業ですし」
「商会に必要なのは彼女であって、私の代わりはきくとでも言いたいのか! 働いたことも無い子どもが偉そうに!」
年端もいかない少年の言葉にロベルトは憤慨し、マリアは目を丸くしました。
「ミカエル。いくらなんでも失礼じゃ。おぬしが受けた依頼は呪いの調査であり、それ以上でもそれ以下でもない。己の責務を全うすることだけを考えなさい」
「……はい、師匠」
ラファエロに窘められたミカエルは頭を垂れましたが、ロベルトへの謝罪はさり気なく回避しました。
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