30 / 50
姿なき呪い
5
しおりを挟む
客室に通されたミカエルはむっつりとした顔で呟きました。
「……ぼく、あの人嫌いです。早く終わらせましょう」
実は依頼の手紙を読んだ時から、ミカエルは今回の件に乗り気ではありませんでした。
「ふむ。理由を聞こうか」
ラファエロは赤子の時からミカエルを育ててきました。
確かに慇懃無礼で、こましゃくれた少年ですが、理由もなく他人を嫌ったり攻撃するような子ではありません。
「ぼくは毎日沢山の本を読んでいます」
「そうじゃな」
「本であればジャンルを問わずに読みますが、何でも楽しめるわけではありません。どうしても合わない作品や作者はいます」
「ストーリーが面白くないとか、作風が合わないってことかの?」
「まあ、そんなものです。特に作者との相性がわるいと、どんなに評価が高くても読むのが苦痛になります」
「そこまで!? あ、でも普通の人は、微妙だと思ったらその場で読むの止めるし、そんなものかのう」
「はい。それでぼくにとって、ロベルトさんが書いた依頼の手紙は、不快に感じる文章でした」
ラファエロは首を傾げました。彼も手紙を読みましたが、特に何も感じませんでした。
「……経験の差か、感性の違いかはわかりませんが。ぼくはあの文面から、傲慢さと狡猾さ――それらを隠せない知能の低さと、器の小ささを感じました」
「ボロクソじゃな」
「ただこれは文面から感じたイメージなので、実際に会えば変わるかと思いましたが、ここに来た時のやり取りが決定打になりました」
「ふむ。手紙の印象で決めつけずに、実物を知ろうとしたんじゃな」
ミカエルは無言で頷きました。
「今では『死後どころか、奥さんの存命中から浮気してたんじゃないかこのクズが。たいして商会に貢献してもいない入り婿の分際で態度がデカいんだよ』と思っています。しかも手紙に奥さんのことは一切書かず、先ほども強く否定していたので、不調の原因に心あたりがあるけれど隠してるんじゃないかと疑ってもいます」
「そこまで!?」
「はい。元々良い感情を持っていなかったので」
「ふむ。やたらわしに辛辣だったのも、ロベルト殿が来る前で心が乱れていたからか」
「いえ。師匠弄りは気分です」
「気まぐれでわしで遊ぶでない!」
「嘘です。モヤモヤして師匠にあたってしまいました」
「う、うむ。それなら。わしはおぬしの養父でもあるしの。家族なのだから遠慮することはないが、不安に思うことがあるならまず相談せい」
「家族……?」
ぽかんとした顔で見上げてくるミカエルに、ラファエロは本気で動揺しました。
「え!? 何故そんな顔をするんじゃ。今までわしのことなんだと思っとったの!? ちゃんと養子として届け出しとるじゃろうが!」
「便宜上、養子縁組しているだけかと」
「九年目にして知る、息子に親だと思われていなかったという衝撃の事実」
ラファエロは項垂れました。地味にショックです。
「だって、一貫して師匠と弟子の立場で過ごしているじゃないですか」
「それこそ便宜上、才能ある子どもを弟子にするために養子に迎えたとする方が、面倒がないからじゃ」
「ああ、独身男性が縁もゆかりも無い子どもを引き取ったら、性的虐待目的だと疑われるからですね」
修道女が太鼓判を押したとおり、ミカエルは幼い頃から際だった外見をしていました。
「善意なのに疑いの目を向けられるなんて、世知辛い世の中になったものじゃ」
「保護猫・犬の譲渡会も門前払いくらいましたしね」
二人が住む山岳地帯は僻地ですが、東部にも都会はあります。
先日、パウロが美容師時代に住んでいた町で開催された、譲渡会に足を運んだ師弟ですが、ラファエロが正直に申告書に記入したところ、係員に諦めるよう諭されたのでした。
「何度考えても納得いかん。自然溢れる一軒家なんて、ペットを飼うには理想的な環境じゃろうに」
「その他の条件が、壊滅的に動物を飼うのに不適格だったからですよ」
「なぬ!?」
「過去の飼育経験無し。高齢者。同居人は子どもが一人だけ。住所が田舎過ぎて、付近に獣医師がいない……」
いつものごとく若い姿をしていたラファエロだったので、係員は足腰の悪い本人の代わりに、親族の男性が来たと考えたのでした。
ミカエルに対しても、彼が年齢よりもしっかりしていることは、それなりの時間を共にしないとわかりません。
係員はまともな人物でしたので、会場に来ることすらできないご老人と、年端もいかないミカエルに持病や心に傷のある動物の面倒をみることができるとは考えませんでした。
むしろミカエルをヤングケアラーなのではと心配して、相談窓口を書いたメモを渡してきたくらいです。
「正直に書けと言われたから、そうしただけなのに……! ミカエルよ、この世には建前というものがある、幼いおぬしには欺瞞にみえるかもしれんが、物事を円滑に進めるためには必要な行為なんじゃ。というわけで、次回は外見年齢で申告しようと思う」
「この流れでそうもっていくとは、さすが師匠です。でも建前と虚偽申請は別物ですからね」
「……」
二人が話していると、ノックの音が響きました。
「……ぼく、あの人嫌いです。早く終わらせましょう」
実は依頼の手紙を読んだ時から、ミカエルは今回の件に乗り気ではありませんでした。
「ふむ。理由を聞こうか」
ラファエロは赤子の時からミカエルを育ててきました。
確かに慇懃無礼で、こましゃくれた少年ですが、理由もなく他人を嫌ったり攻撃するような子ではありません。
「ぼくは毎日沢山の本を読んでいます」
「そうじゃな」
「本であればジャンルを問わずに読みますが、何でも楽しめるわけではありません。どうしても合わない作品や作者はいます」
「ストーリーが面白くないとか、作風が合わないってことかの?」
「まあ、そんなものです。特に作者との相性がわるいと、どんなに評価が高くても読むのが苦痛になります」
「そこまで!? あ、でも普通の人は、微妙だと思ったらその場で読むの止めるし、そんなものかのう」
「はい。それでぼくにとって、ロベルトさんが書いた依頼の手紙は、不快に感じる文章でした」
ラファエロは首を傾げました。彼も手紙を読みましたが、特に何も感じませんでした。
「……経験の差か、感性の違いかはわかりませんが。ぼくはあの文面から、傲慢さと狡猾さ――それらを隠せない知能の低さと、器の小ささを感じました」
「ボロクソじゃな」
「ただこれは文面から感じたイメージなので、実際に会えば変わるかと思いましたが、ここに来た時のやり取りが決定打になりました」
「ふむ。手紙の印象で決めつけずに、実物を知ろうとしたんじゃな」
ミカエルは無言で頷きました。
「今では『死後どころか、奥さんの存命中から浮気してたんじゃないかこのクズが。たいして商会に貢献してもいない入り婿の分際で態度がデカいんだよ』と思っています。しかも手紙に奥さんのことは一切書かず、先ほども強く否定していたので、不調の原因に心あたりがあるけれど隠してるんじゃないかと疑ってもいます」
「そこまで!?」
「はい。元々良い感情を持っていなかったので」
「ふむ。やたらわしに辛辣だったのも、ロベルト殿が来る前で心が乱れていたからか」
「いえ。師匠弄りは気分です」
「気まぐれでわしで遊ぶでない!」
「嘘です。モヤモヤして師匠にあたってしまいました」
「う、うむ。それなら。わしはおぬしの養父でもあるしの。家族なのだから遠慮することはないが、不安に思うことがあるならまず相談せい」
「家族……?」
ぽかんとした顔で見上げてくるミカエルに、ラファエロは本気で動揺しました。
「え!? 何故そんな顔をするんじゃ。今までわしのことなんだと思っとったの!? ちゃんと養子として届け出しとるじゃろうが!」
「便宜上、養子縁組しているだけかと」
「九年目にして知る、息子に親だと思われていなかったという衝撃の事実」
ラファエロは項垂れました。地味にショックです。
「だって、一貫して師匠と弟子の立場で過ごしているじゃないですか」
「それこそ便宜上、才能ある子どもを弟子にするために養子に迎えたとする方が、面倒がないからじゃ」
「ああ、独身男性が縁もゆかりも無い子どもを引き取ったら、性的虐待目的だと疑われるからですね」
修道女が太鼓判を押したとおり、ミカエルは幼い頃から際だった外見をしていました。
「善意なのに疑いの目を向けられるなんて、世知辛い世の中になったものじゃ」
「保護猫・犬の譲渡会も門前払いくらいましたしね」
二人が住む山岳地帯は僻地ですが、東部にも都会はあります。
先日、パウロが美容師時代に住んでいた町で開催された、譲渡会に足を運んだ師弟ですが、ラファエロが正直に申告書に記入したところ、係員に諦めるよう諭されたのでした。
「何度考えても納得いかん。自然溢れる一軒家なんて、ペットを飼うには理想的な環境じゃろうに」
「その他の条件が、壊滅的に動物を飼うのに不適格だったからですよ」
「なぬ!?」
「過去の飼育経験無し。高齢者。同居人は子どもが一人だけ。住所が田舎過ぎて、付近に獣医師がいない……」
いつものごとく若い姿をしていたラファエロだったので、係員は足腰の悪い本人の代わりに、親族の男性が来たと考えたのでした。
ミカエルに対しても、彼が年齢よりもしっかりしていることは、それなりの時間を共にしないとわかりません。
係員はまともな人物でしたので、会場に来ることすらできないご老人と、年端もいかないミカエルに持病や心に傷のある動物の面倒をみることができるとは考えませんでした。
むしろミカエルをヤングケアラーなのではと心配して、相談窓口を書いたメモを渡してきたくらいです。
「正直に書けと言われたから、そうしただけなのに……! ミカエルよ、この世には建前というものがある、幼いおぬしには欺瞞にみえるかもしれんが、物事を円滑に進めるためには必要な行為なんじゃ。というわけで、次回は外見年齢で申告しようと思う」
「この流れでそうもっていくとは、さすが師匠です。でも建前と虚偽申請は別物ですからね」
「……」
二人が話していると、ノックの音が響きました。
17
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
【完結】平民聖女の愛と夢
ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです
ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる