亡霊戎遊

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天戒

天戒ー参ー

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半年後。


今日も普段と変わらない稽古を終え、さらに正月での祭事も重なり、眠いも浅い燐はもうへとへとだった。


「ふう、やっと自分の部屋だ…」
こんこんと雪が鳴く庭を、障子の隙間から眺めながら燐は布団を乱雑に敷くと、どさっと寝転がった。
碌に着替えもせず、湯浴みもせず布団に突っ伏したせいでどことない違和感がまとわりつく。ため息をつきながらゆっくり寝返りを打つと、1人でぽつりぽつりと話し出した。
「今日もこんなに疲れてんのに薬飲んでも眠れないんだよなあ…。」
また寝返りを打つ。
「椿、帰ったよなあ。今何してるんだろうなあ…。」
さらに腕を枕代わりにしてみる。
「どうしたら椿の気持ちに答えられたのかなあ…。」
ゴロゴロと落ち着かない気分のまま、燐は布団からはみ出た状態で仰向けになった。
「寒っ…。」
自分を抱きしめてみる。

先ほど見かけた光景が、燐を奮い立たせるように瞼の裏にこびりついていた。


—————


数刻前。
椿はなきりと一緒に夜の河原を歩いていた。
雪の降る音のない空間を、そっと踏み締める。
2人はそっと手を添えて、ゆっくり歩く。
「…もし、気づかれていたら。」
「大丈夫だろ。むしろ気づいたのはこっちの方だって。」
なきりは、にぃ、と口の端を持ち上げるとそのまま椿へ唇を重ねた。
「…。」
思わず目を閉じた椿は、頬を赤らめる様子も、近づかれて狼狽える様子も見せずにじっとなきりを見つめている。
「…私は、燐さんの私に対する態度が好かなかっただけですわ。ちゃんとした恋路を、私は体験して見たかった。ただ、そこにあなたがいただけです。…。」
「わかっているさ。」
慎重な言葉選びの椿とは異なる、なきりの遊ぶような口調に、椿は不安が隠しきれないまま、そっと歩く。
「このお菓子に沢山の薬を砕いて混入させましたわ。」
ふと手提げの風呂敷を持ち上げて、なきりに見せる。
「ちょっとくらいのおイタ、仕方ないよな。」
澄ました顔でそう呟く彼に、椿は困り眉のまま続ける。
雪の中にはっきりした顔立ちが目立つ。
「きっと2、3日で目を覚ますと思います。その間にここから」
なきりはぽんぽんと重ねた手を撫でると、額をくっつけるようにして椿に告げた。

「ああ。そしたらずっと一緒だ。」






—————-




燐はぼーっと頭の中で自分と会話していた。
あの夏の剣舞からしばらく日が経っているが、相変わらず記憶は鮮明だった。

昨年から燐が請け負っている祭事の剣舞は、本来師範である父親の役目だった。
まだ師範代の燐のやるべきことではなかったが、これも父・宗一郎の判断である。
来年の春には、晴れて師範となり当主となる身である燐の修行も含め、昨年から引き継ぎがされたのであった。

元々不眠を患っている燐への治療の一環として、主治医が「さらに身体を動かせる機会を設けよう」という方針に変えたためである。
しかし燐は元々睡眠薬は効く方だった。
現在服薬しているバビリツール酸系の飲み薬は段々と身体が慣れてきてしまうため、今年25になった燐へはなかなか効きづらく、さらに幼少期から服用していたせいで副作用も強いものになっている。

ぶる、と燐は冷たい空気に震えた。
刻も回って、夜更けも近かったため、気温が下がったのだろう。
燐は天井を仰ぐ。

「あ~あ、今だけ目の隈くらい消えてくれたらなあ…っと。」

勢いよく、がばっ、と起き上がると、燐はようやく部屋を後にしようと大きめのタオルを手に取る。
そのまま部屋を出るとのそのそと浴室へと歩いた。
その廊下で、なきりに会った。

「あれ、帰ったんじゃなかったの?」
燐の言葉にはっとした様子で顔を上げると、なきりは周りに人がいないかを確認するようにキョロキョロと辺りを見渡した。
それから着物の袂を持ち上げるように口元に寄せると
「話があるんだろ。あとでお前の部屋で待ってるから、なるべく早く来い。」
「…。」
言い逃げるように去るなきりに、燐は声の掛け方を忘れて、そのままその場を後にした。
そういえば、話があるとなきりにも伝えていた。
今日だったかな、と燐は首を傾げながら再び歩き始めた。
冷気で足が冷えていた。




———————



燐は風呂の中で四肢の筋肉を揉みながら、なんとも間抜けな顔をしていた。
鼻にお湯が入ってしまったのだ。
「あががががが…!」
腕をつねったり、脚を曲げてみたり。
どうにも痛くてつんと鼻を刺す痛みに悶絶していた。

25の大人が1人で何をやっているんだと、我に帰った瞬間に風呂場の戸が叩かれた。
「アイ…らんれしょう…。」
鼻を摘んだままそう答えると、トトト、そんな足音だけを残して人物は立ち去っていってしまった。

「…?」

燐は疑問に思いながらもざばぁ、と湯船から立ち上がる。
そっと木の戸を開けるが、やはり誰もいなかった。
その代わりとでも言うように、小さな風呂敷がちょこんと、慎まやかに存在している。
「なんだこれ。…食い物?」
西洋の焼き菓子のようだった。
「ぱんけえき。」
確かこんな名前だったはずだ、とうんうん頷きながら燐は全裸のままじっとそのぱんけえきという食べ物を眺めてみた。
程よく甘い香りのする、ふわふわなそれを燐は初めて見た。
しかしその直後。

「へぐしゅっ。」

自分のくしゃみではじめて湯冷めし始めていることに気がつき、慌てて身体をタオルで拭く。
ぱんけえきが逃げないように見張りながら浴衣に着替えると、潰さないようにそっと風呂敷を巻き直してからとりあえず部屋へと歩を進めた。
適当に拭いただけの髪はボソボソと濡れているが、なきりの態度といい、このぱんけえきといい、気になることが多く思わず足早になる。
仕方がないので兵児帯を締めながら歩いた。
もちろん片手に風呂敷を持ちながら。


———————-



タァン。
なきりは勢いよく開けられた障子へ目を向ける。
「やっと戻ってきたか。」
燐はホクホクと湯気を出しながら、片手に持った風呂敷をなきりの前へと出して見せる。
「…?なんだそれは。」
「俺もわかんねえけどさ、ぱんけえき?とかいうやつじゃないのか?」
要領を得ない、と言った風になきりはポカンと口を開けた。
「だからそれがどうしたんだよ…。気になるなら食えばいいじゃねえか。」
燐はなるほど、誰かが置いてくれたんだな、と笑って見せると、食べながら畳にあぐらをかいた。

「_____で、どうしたんだよ。」
もふもふと食べながらもなきりには渡さないところを見ると、味が気に入ったのだろう。
本題に入る前にたらふく食べられては困る、となきりは単刀直入に切り出した。
少し遠くで石油ストーブがチリチリと音を立てる。

「で、何があったんだ。」
「ん?うん、あのさ。」

なきりは2度目の質問でようやく答えた燐に深いため息をつくと、嫌な予感を感じるように手を震わせた。
燐の表情が、眼差しが冷たいものになった。
「…怒らないで聞いてくれ。」
「え、何だ。」

「椿は、彼女は…他に男がいると思う。」

「…。」

暫し、沈黙。
なきりは目をぱちくりとさせたあと、燐が頬張っていたけえきを飲み込むのを見守る。
「どういうことだ。」
「聞いてるか?」
少し苛立ったようななきりの口調に、燐は顔を顰めた。
「どういうことだよ。…こっちの台詞。あと聞こえてるよ。」
「…」
もどかしい、と言わんばかりに燐は首を振った。
燐は冷静に言葉を選んだ。
「証拠も、現場も、話も聞いたぞ?」
スッと、刀が肉を斬るような冷たい感覚がなきりを襲った。
燐がニヤリと笑う。
これはもう、逃げられないとなきりは悟った。
「バレてないとでも思っただろ。浅はかだな、お前ら。」

そう言って背にしていた障子に話しかけると、それ越しに涙声が聞こえてきた。
その声に、なきりは聞き覚えがあった。
とうとう終わりを迎えると覚悟した声が、静かに響く。



「…はい、燐さん。」
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