2 / 5
2
しおりを挟む
祭りの準備で活気づく街をイザクと歩く。
荷物を持ってくれるおかげで、今日は普段よりたくさんの買い物をすることができた。
「いつもすべてひとりでやっているのか? 洗濯も食事の用意も子供たちに手伝わせればいいじゃないか」
「子供たちにはきちんと学校に行かせたいですし、今はシャロームの祭りの前ですから」
読み書きができれば、この先仕事にあぶれることはない。ある程度の年齢になったら、子供たちは孤児院を出て行かなくてはならなくなる。
「子供たちのためですもの。イザク様のようにわたしももっと頑張らないと」
「ミリに比べればわたしは大したことはやっていない」
「いいえ、イザク様の援助が無かったら、孤児院自体立ち行かなくなります。わたしにできるのは体を動かすことだけですから」
それに忙しい方が何も考えなくて済む。目の前の雑事に追われる最中は、都合よくミリから思考を奪ってくれた。
ミリは戦争で犠牲となった村のたったひとりの生き残りだ。
焦土と化した故郷。火の海に飲まれ死んでいった家族たち。
何もかもが一瞬で焼き尽くされた。
輝く未来に生きる人々の中で、ミリだけが未だ戦禍に取り残されたままだった。
もうすぐ戦争が終わった日がやって来る。祭りが行われるのも、訪れた平和に感謝を捧げるためだ。
浮かれ立つ街並みを、ミリはどこか遠くのことのようにぼんやりと眺めていた。
それでも笑顔を保っていられるのは、となりを歩くイザクのお陰だろうか。
通りすがりに男たちの会話が、ふとミリの耳に入ってきた。
「俺も戦地に赴いたが、あの時の王の采配は実に見事だった」
ざわつく心とは裏腹に、ミリの足がその場に止まる。
「いや、なんといっても賢人の立てた戦術だ。あれだけ長引いていた戦いを一瞬で終わらせたんだ。賢人こそがこの戦の最大の功労者と言えよう」
「もっともだ。我が軍に犠牲を出さずして敵を殲滅したのだからな。勝利に導いたのはやはり賢人だろう」
酔った様子の男たちは饒舌に言葉を並べ続ける。
勝利を得るために、ミリの村は生贄にされたのだ。皆にとってはちっぽけな犠牲でも、あの村はミリの生きる世界そのものだった。
それ以上は聞いていられなくて、ミリは街道をひとり駆け出した。
五十人もいない小さな集落だった。
だがあそこには長い間受け継がれてきた確かな営みがあった。
それが老いた者から年端の行かない子供までもが、一瞬でむごたらしく焼き殺されてしまったのだ。
「ミリ……!」
イザクの声も届かずにミリは足を引きずり走り続けた。
石畳の段に爪先を取られ、つんのめった先で両手と膝を付く。息切れと動悸の苦しさで、破裂しそうな心の痛みからミリは懸命に目を背けようとした。
「大丈夫か、ミリっ」
近くまで来たイザクが息を飲むのを感じた。スカートがめくれ上がり、火傷の痕が広がるミリの素足が露となっている。
我に返ってスカートで足を覆い隠した。何も見なかったように、イザクはミリを助け起こしてくる。
「怪我はないか?」
「はい……いきなり走り出してごめんなさい」
「突然どうしたんだ? わたしが何か気に障ることでも言ってしまったか?」
「いえ! イザク様は何も」
「ミリ、待っとくれ!」
追いかけてきたのは肉屋のおかみだ。ミリが孤児院で働いていることを知っていて、常日頃から何かと親身に相談に乗ってくれていた。
「うちのひとが心無いことを言ってすまなかったね」
「おばさん……いいんです。わたし、気にしてませんから」
力なく首を振る。おかみはミリの境遇を知る数少ない人間だ。
「そこの旦那。ミリは最果ての焼かれた村の出身でね」
「ミリが……?」
「ああ、運よく生き残ってね。たった独り残されて、まだ若いのに苦労ばかりで……あたしゃ不憫でならないんだ。旦那もどうかミリのこと、気にかけてやってくれませんかね」
「やめて、おばさん! すみません、イザク様。今の話は忘れてください」
「あ、ああ……」
見えてしまった醜い傷跡も。どうかイザクの記憶から消えてなくなるようにと、ミリは心の中で祈っていた。
荷物を持ってくれるおかげで、今日は普段よりたくさんの買い物をすることができた。
「いつもすべてひとりでやっているのか? 洗濯も食事の用意も子供たちに手伝わせればいいじゃないか」
「子供たちにはきちんと学校に行かせたいですし、今はシャロームの祭りの前ですから」
読み書きができれば、この先仕事にあぶれることはない。ある程度の年齢になったら、子供たちは孤児院を出て行かなくてはならなくなる。
「子供たちのためですもの。イザク様のようにわたしももっと頑張らないと」
「ミリに比べればわたしは大したことはやっていない」
「いいえ、イザク様の援助が無かったら、孤児院自体立ち行かなくなります。わたしにできるのは体を動かすことだけですから」
それに忙しい方が何も考えなくて済む。目の前の雑事に追われる最中は、都合よくミリから思考を奪ってくれた。
ミリは戦争で犠牲となった村のたったひとりの生き残りだ。
焦土と化した故郷。火の海に飲まれ死んでいった家族たち。
何もかもが一瞬で焼き尽くされた。
輝く未来に生きる人々の中で、ミリだけが未だ戦禍に取り残されたままだった。
もうすぐ戦争が終わった日がやって来る。祭りが行われるのも、訪れた平和に感謝を捧げるためだ。
浮かれ立つ街並みを、ミリはどこか遠くのことのようにぼんやりと眺めていた。
それでも笑顔を保っていられるのは、となりを歩くイザクのお陰だろうか。
通りすがりに男たちの会話が、ふとミリの耳に入ってきた。
「俺も戦地に赴いたが、あの時の王の采配は実に見事だった」
ざわつく心とは裏腹に、ミリの足がその場に止まる。
「いや、なんといっても賢人の立てた戦術だ。あれだけ長引いていた戦いを一瞬で終わらせたんだ。賢人こそがこの戦の最大の功労者と言えよう」
「もっともだ。我が軍に犠牲を出さずして敵を殲滅したのだからな。勝利に導いたのはやはり賢人だろう」
酔った様子の男たちは饒舌に言葉を並べ続ける。
勝利を得るために、ミリの村は生贄にされたのだ。皆にとってはちっぽけな犠牲でも、あの村はミリの生きる世界そのものだった。
それ以上は聞いていられなくて、ミリは街道をひとり駆け出した。
五十人もいない小さな集落だった。
だがあそこには長い間受け継がれてきた確かな営みがあった。
それが老いた者から年端の行かない子供までもが、一瞬でむごたらしく焼き殺されてしまったのだ。
「ミリ……!」
イザクの声も届かずにミリは足を引きずり走り続けた。
石畳の段に爪先を取られ、つんのめった先で両手と膝を付く。息切れと動悸の苦しさで、破裂しそうな心の痛みからミリは懸命に目を背けようとした。
「大丈夫か、ミリっ」
近くまで来たイザクが息を飲むのを感じた。スカートがめくれ上がり、火傷の痕が広がるミリの素足が露となっている。
我に返ってスカートで足を覆い隠した。何も見なかったように、イザクはミリを助け起こしてくる。
「怪我はないか?」
「はい……いきなり走り出してごめんなさい」
「突然どうしたんだ? わたしが何か気に障ることでも言ってしまったか?」
「いえ! イザク様は何も」
「ミリ、待っとくれ!」
追いかけてきたのは肉屋のおかみだ。ミリが孤児院で働いていることを知っていて、常日頃から何かと親身に相談に乗ってくれていた。
「うちのひとが心無いことを言ってすまなかったね」
「おばさん……いいんです。わたし、気にしてませんから」
力なく首を振る。おかみはミリの境遇を知る数少ない人間だ。
「そこの旦那。ミリは最果ての焼かれた村の出身でね」
「ミリが……?」
「ああ、運よく生き残ってね。たった独り残されて、まだ若いのに苦労ばかりで……あたしゃ不憫でならないんだ。旦那もどうかミリのこと、気にかけてやってくれませんかね」
「やめて、おばさん! すみません、イザク様。今の話は忘れてください」
「あ、ああ……」
見えてしまった醜い傷跡も。どうかイザクの記憶から消えてなくなるようにと、ミリは心の中で祈っていた。
31
あなたにおすすめの小説
【完結】その約束は果たされる事はなく
かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。
森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。
私は貴方を愛してしまいました。
貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって…
貴方を諦めることは出来そうもありません。
…さようなら…
-------
※ハッピーエンドではありません
※3話完結となります
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
[完結]優しすぎた選択
青空一夏
恋愛
恋人の玲奈とコンサートへ向かう途中、海斗は思いがけない出来事に遭遇する。
たいしたことはないはずだったその出来事とその後の選択は、順風満帆だった彼の人生を狂わせた。
十年後、理由の分からない別れを抱えたまま生きる海斗の前に、忘れていた過去と向き合うための期限が訪れる。
これは、優しさから選んだはずの決断が、取り返しのつかない後悔へと変わった物語。
これは、すべてを手に入れてきたはずの人生を歩んできた男が、たった一度の選択で、一生後悔することになったお話。
※本作は他サイトにも掲載しています。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる