【R18】恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。

古堂 素央

文字の大きさ
55 / 65

第55話 最後の試練

しおりを挟む
 鏡に映ったロランが外壁から足を踏み外した。
 空中に投げ出された姿を前に、アメリは声なき悲鳴を上げるしかできなかった。
 すかさず魔物たちが容赦なく群がってくる。その先を見たくなくて、思わず顔を覆い隠した。

 直後、開かずのガラス戸が乱暴な音を立て、部屋に強風が吹きすさぶ。突然のことに目をつむり、激しく舞い踊った髪をとっさに押さえつけた。
 次に顔を上げたときにはもう、真ん前に広い背中があった。片膝を付き、自分を護るようにしてロランがすぐそこにいる。
 驚きのあまり反応を返せない。剣を横薙ぎにしたままの体勢で、ロランはヴィルジールを睨み上げていた。

「来たぞ、ヴィルジール」

 地を這うような声音のロランに、宙に浮いたままのヴィルジールは満面の笑みを返す。
 ロランの斬撃は目にも止まらぬ速さだった。にもかかわらず涼しい顔であっさりよけられてしまった。
 臨戦態勢を保つロランから、怖いほどの緊張が伝わってくる。身じろぎひとつできずにアメリは息を詰めた。

「さすがはロラン。おめでとう、ロランは試練合格だよ!」
「ふざけるのも大概にしろ」
「ふざけてなんかないってば。これは試練だって言ったろう? 思ってた以上に早かったし、正直僕もびっくりさ」

 聖剣のつばがきちりと密やかな音を立てる。
 最小限のわずかな動きで、ロランは聖剣を構え直した。一時も視線を逸らさずに、隙なくヴィルジールの出方を伺っている。

 対照的にヴィルジールと言えば、おちゃらけた態度を崩そうとしてこない。
 張り詰めたロランとはちぐはぐ過ぎて、アメリはふたりのやり取りをただハラハラと見守った。
 それでなくとも三人がいるのはバカでかいベッドの上だ。
 勇者と魔王による、世界平和を賭けた最終決戦が行われるにふさわしい場所とは、とてもではないが思えなかった。

「戯言はいい。さっさと勝負をつけさせてもらう」
「僕はロランとやり合うつもりはないよ。こう見えて僕は平和主義なんだ。それにさっきから眠くて仕方なくって」

 あふとひとつあくびする。

「だけど熟睡するにはあとひと息って感じかな?」

 考えるように小首をかしげると、ヴィルジールはふいにアメリに目を向けた。

「てなわけでアメリ、次は君の番だからね!」
「ふぇっ、わ、わたし!?」

 いきなり水を向けられて、間の抜けた声が出てしまう。と同時にロランの警戒心が、一気に跳ね上がったのをアメリは感じ取った。
 その瞬間、ロランの剣が風切り音を立てた。
 気づくとロランはヴィルジールへとさらに一歩を踏み込んでいた。不安定なはずのスプリングがまったくと言っていいほど揺れていない。
 どう動いたのかすら分からずに、アメリの目にはロランが瞬間移動したようにしか映らなかった。

「だからロランとやり合う気はないってば」

 そう言ってヴィルジールがその場からぱっと掻き消えた。
 舌打ちとともに、気配を探るためロランが部屋中に視線を巡らせる。

「これ以上アメリを巻き込むな! 指定通りここまで来てやったんだ。魔王なら正々堂々俺と勝負しろ!」
「巻き込むも何も、アメリだって立派な人間代表だよ? そこはそれ、きちんとやってもらわないと」

 部屋のどこからか声だけが耳に届いた。
 居場所を突き止めようにも、反響するように言葉はあちらこちらに移動していく。

「ロランの代わりにわたしがヴィルジールさんと戦えってことですか……?」
「まさか!」

 恐る恐るアメリが問うと、すぐさま笑いを含んだ否定が返される。

「勇者としてロランはきちんと行動で示したんだ。次はアメリが証明して見せてよ」
「証明を……?」
「そう、それが最後の試練だよ」

 告げられた意味がこれっぽっちも分からない。
 一体自分は何をすればいいと言うのだろうか。

「そんな言葉に耳を貸さなくていい! ヴィルジール、お前の相手はこの俺だっ」
「やだよ。僕はもう眠いんだ」

 ロランが叫ぶも、聞こえてきたのはそんなあくび交じりの声だった。

「何をすべきか、アメリにはもう分かってるはずだよ? 大丈夫、君ならちゃんとできるから」
「わたしが、すべきこと……」

 つぶやいて胸の内に問いかける。
 答えに辿り着く前に、ヴィルジールが再び口を開いてきた。

「じゃあ、寝る準備して待ってるよ。僕が安眠できるよう、アメリはしっかり頑張ってね」

 籠るように語尾が聞き取りづらくなっていく。
 ヴィルジールの声はそのままぱたりと途絶えてしまった。

 しんとした部屋の中、それでもアメリはまだ動けないでいた。
 聖剣を構えたロランがいつまで経っても緊張を解こうとしないからだ。
 まだ危機は去っていないのか。張り詰めた空気を前に、声をかけるのもためらわれた。

 そのときロランの握る聖剣が眩い光を纏った。輪郭がぼやけ、アメリの胸に吸い込まれて消えていく。
 魔物の殺気が全てなくなったのだ。湧き上がる安堵に任せ、アメリは喜びの顔をロランへと向けた。
 しかしロランはいまだ同じ姿勢で宙を睨みつけている。それこそ剣を握った手の形そのままに。

「ロラン?」

 さすがにおかしいとなって、その肩にアメリはそっと指を伸ばした。
 触れるか触れないかの力加減で、ロランの体が真横に倒れ伏す。

「ロランっ!」

 ボロボロに引き裂かれたマントの下には、幾筋も裂傷が走っていた。
 これでどうして動けていたのだろうか。無事な個所が見当たらないほどに、どこもかしこも傷だらけだった。
 真っ白になったロランの顔は、人形のように息ひとつ見られない。

「嘘……」

 血の気が引いて、ロランの元へ駆け寄った。
 震える手で頬を叩くも、まったく反応が返ってこない。

「そんな、やだ、ロラン……!」

 パニックになってロランの頭を抱え込む。すると耳元でかすかに呼吸が感じられた。
 はっとなり、胸の動きを注視する。しばらく息を詰め、ようやくわずかながら上下しているのが確認できた。

「よかった……」

 緊張の糸が切れ、アメリはその場でへたり込んだ。
 しかし安心している場合ではないとすぐに気づかされる。真っ黒いシーツの上で、ロランの血は止まることを知らず流れ続けていた。

「……癒さなきゃ」

 それができるのはアメリだけだ。

 ――何をすべきか、分かってるはずだよ

 さっき言われた言葉が蘇る。

 ヴィルジールはこうも言っていた。
 魔王は愛の力で眠りにつくのだと。

 だがそんなことはもうどうでもよかった。

 ロランを失いたくない。


 アメリを突き動かすのは、ただその思いだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...