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第一部 家庭教師と教え子編
第7話 最強の魔術師2
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「シルヴェステルよ、マリカ王女の家庭教師になれとは言わん。その代わりに弟子を取る気はないか?」
「無理ですよ。わたしが防壁管理で手一杯なのは魔術師長もご存じのはず。皆には実地で指導を行っていますし、それで十分でしょう」
「その場しのぎの指導では人材は伸びはせぬ。そろそろ主義を曲げてはくれまいか」
元々シルヴェステルは弟子を取らないことで有名だ。
技術を盗み取ろうと押しかける者もいるにはいる。だがあまりのレベルの高さに大抵が根を上げ、いつの間にかいなくなっているのが常だった。
「足手まといを抱えるより、わたしがひとの何倍も働いた方が早いです。人材育成は老後にでも取っておきますよ」
「しかし身の回りの世話をする者がひとりでもふたりでもいた方が、お主も何かと楽ができよう」
「お断りします。わたしが弟子と呼ぶのは、アレクサンドラ様が遺されたユスティーナ様のみですから」
「そうか……」
アレクサンドラの名に、魔術師長もようやくあきらめたようだ。
しかし彼は尚も言葉を続けてきた。
「ならば、シルヴェステル。そろそろ妻を娶らぬか? お主ほどの才を持つ者が子孫を残さないのは国の大きな損失となろう」
「これはまた暴君の物言いですね」
「もちろん強制はできぬ……だがアレクサンドラ様が命懸けでお守りになった国とユスティーナ様のためと思ったらどうだ? 今からでも遅くはない。わしの養子となれば、お主も貴族の一員となり魔力の高い令嬢を娶ることも簡単にできるであろう」
強い魔力を持つ人間は王族と貴族が大半を占めている。
まれに平民にも大きな魔力を持つ子供が生まれるため、そういった者は貴族の養子となることがほとんどだった。
「お断りします」
貴族は絶対服従と引き換えに、地位や名誉と莫大な財産が与えられる。それは貴族になったが最後、王の命令には逆らえなくなるということだ。
恐怖政治が行われていなくとも、貴族にしてみれば暗黙の了解のことだった。時の王が婚姻を言い渡せば、その者同士で結婚するのが当たり前の認識だ。
あのユハ王のことだ。シルヴェステルが貴族になった途端、嬉々として婚姻を推し進めてくるの違いない。
そんなことにでもなれば、これまでしてきた苦労がすべて水の泡になってしまう。
シルヴェステルが従い、自ら膝を付くのはユスティーナ以外に存在しない。国にもユハ王にも、忠誠を誓うつもりは毛頭なかった。
「わたしにはこの胸に誓った女性がひとりだけおります。その方以外の誰とも生涯添い遂げるつもりはありません」
駄目押しでくぎを刺す。
「それほどまでにアレクサンドラ様を……そうか、相分かった」
目を見開いた魔術師長は今度こそ納得して引き下がった。
しかし彼の中でなにやら誤解が生じているようだ。
(まぁ、かえって都合がいいので一向に構いませんが)
何食わぬ顔で、シルヴェステルは魔術師長の前を辞した。
その足でユスティーナの元に向かう。
今日のマリカとのやり取りで、ユスティーナへの当たりがますます厳しくなりそうだ。
そんなことを思いながらも、シルヴェステルは口元に笑みを浮かべていた。
(孤立すればするほど、ユスはわたしに依存せざるを得なくなる)
シルヴェステルなしでは生きられない。
もっともっとそうなるように、これからもユスティーナを仕向けなければ。
「ユス、言っておいた課題は終わりましたか?」
「もうとっくに終わらせたわ」
(おや……?)
存外元気そうなユスティーナを見て、シルヴェステルはひとり眉をひそめた。
先日マリカとの茶会があったので、もっと落ち込んでいると思っていたのだ。
「ね、シルヴェステル、わたくし明日王立図書館に行ってくるわ」
「王立図書館に?」
「ええ、リュリュが誘ってくれたの。今から楽しみで仕方なくって!」
リュリュはサロ公爵家の跡取りだ。
厄介なことにユスティーナの婚約者候補として名が挙がっている。
「わたしが付いて行ける日に日程を調整できませんか?」
「駄目よ。もう外出の許可はもらったもの。それにシルヴェステルは行こうと思えばいつだって行けるでしょう?」
滅多にできない外出にユスティーナはウキウキの様子だ。
仕方ないと息をつき、シルヴェステルはユスティーナの首にチョーカーを巻き付けた。
「何よ、これは?」
「護身のためのものですよ。ユスに危険が迫ったときに、段階的に魔術が発動する仕様です」
「大袈裟ね。わたしを襲って得する人間なんていやしないわ」
「つけなければ行かせませんからね」
「もう、過保護なんだから。リュリュにだって護衛はついてるのよ?」
文句を言いつつも、ユスティーナはシルヴェステルのチョーカーを気に入ったようだ。
鏡に映し、仕込まれた輝石をたのしげに指で揺らしている。
(リュリュ・サロ……さて、どう排除しましょうか)
その後ろでシルヴェステルは、そんな不穏なことに考えを巡らせていた。
「無理ですよ。わたしが防壁管理で手一杯なのは魔術師長もご存じのはず。皆には実地で指導を行っていますし、それで十分でしょう」
「その場しのぎの指導では人材は伸びはせぬ。そろそろ主義を曲げてはくれまいか」
元々シルヴェステルは弟子を取らないことで有名だ。
技術を盗み取ろうと押しかける者もいるにはいる。だがあまりのレベルの高さに大抵が根を上げ、いつの間にかいなくなっているのが常だった。
「足手まといを抱えるより、わたしがひとの何倍も働いた方が早いです。人材育成は老後にでも取っておきますよ」
「しかし身の回りの世話をする者がひとりでもふたりでもいた方が、お主も何かと楽ができよう」
「お断りします。わたしが弟子と呼ぶのは、アレクサンドラ様が遺されたユスティーナ様のみですから」
「そうか……」
アレクサンドラの名に、魔術師長もようやくあきらめたようだ。
しかし彼は尚も言葉を続けてきた。
「ならば、シルヴェステル。そろそろ妻を娶らぬか? お主ほどの才を持つ者が子孫を残さないのは国の大きな損失となろう」
「これはまた暴君の物言いですね」
「もちろん強制はできぬ……だがアレクサンドラ様が命懸けでお守りになった国とユスティーナ様のためと思ったらどうだ? 今からでも遅くはない。わしの養子となれば、お主も貴族の一員となり魔力の高い令嬢を娶ることも簡単にできるであろう」
強い魔力を持つ人間は王族と貴族が大半を占めている。
まれに平民にも大きな魔力を持つ子供が生まれるため、そういった者は貴族の養子となることがほとんどだった。
「お断りします」
貴族は絶対服従と引き換えに、地位や名誉と莫大な財産が与えられる。それは貴族になったが最後、王の命令には逆らえなくなるということだ。
恐怖政治が行われていなくとも、貴族にしてみれば暗黙の了解のことだった。時の王が婚姻を言い渡せば、その者同士で結婚するのが当たり前の認識だ。
あのユハ王のことだ。シルヴェステルが貴族になった途端、嬉々として婚姻を推し進めてくるの違いない。
そんなことにでもなれば、これまでしてきた苦労がすべて水の泡になってしまう。
シルヴェステルが従い、自ら膝を付くのはユスティーナ以外に存在しない。国にもユハ王にも、忠誠を誓うつもりは毛頭なかった。
「わたしにはこの胸に誓った女性がひとりだけおります。その方以外の誰とも生涯添い遂げるつもりはありません」
駄目押しでくぎを刺す。
「それほどまでにアレクサンドラ様を……そうか、相分かった」
目を見開いた魔術師長は今度こそ納得して引き下がった。
しかし彼の中でなにやら誤解が生じているようだ。
(まぁ、かえって都合がいいので一向に構いませんが)
何食わぬ顔で、シルヴェステルは魔術師長の前を辞した。
その足でユスティーナの元に向かう。
今日のマリカとのやり取りで、ユスティーナへの当たりがますます厳しくなりそうだ。
そんなことを思いながらも、シルヴェステルは口元に笑みを浮かべていた。
(孤立すればするほど、ユスはわたしに依存せざるを得なくなる)
シルヴェステルなしでは生きられない。
もっともっとそうなるように、これからもユスティーナを仕向けなければ。
「ユス、言っておいた課題は終わりましたか?」
「もうとっくに終わらせたわ」
(おや……?)
存外元気そうなユスティーナを見て、シルヴェステルはひとり眉をひそめた。
先日マリカとの茶会があったので、もっと落ち込んでいると思っていたのだ。
「ね、シルヴェステル、わたくし明日王立図書館に行ってくるわ」
「王立図書館に?」
「ええ、リュリュが誘ってくれたの。今から楽しみで仕方なくって!」
リュリュはサロ公爵家の跡取りだ。
厄介なことにユスティーナの婚約者候補として名が挙がっている。
「わたしが付いて行ける日に日程を調整できませんか?」
「駄目よ。もう外出の許可はもらったもの。それにシルヴェステルは行こうと思えばいつだって行けるでしょう?」
滅多にできない外出にユスティーナはウキウキの様子だ。
仕方ないと息をつき、シルヴェステルはユスティーナの首にチョーカーを巻き付けた。
「何よ、これは?」
「護身のためのものですよ。ユスに危険が迫ったときに、段階的に魔術が発動する仕様です」
「大袈裟ね。わたしを襲って得する人間なんていやしないわ」
「つけなければ行かせませんからね」
「もう、過保護なんだから。リュリュにだって護衛はついてるのよ?」
文句を言いつつも、ユスティーナはシルヴェステルのチョーカーを気に入ったようだ。
鏡に映し、仕込まれた輝石をたのしげに指で揺らしている。
(リュリュ・サロ……さて、どう排除しましょうか)
その後ろでシルヴェステルは、そんな不穏なことに考えを巡らせていた。
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