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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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リーゼロッテの守護者の力は、玉座の間から同心円状に広がり続けていた。その力が王城の奥まったこの客間ももれなく包み込んでいく。
カイはビリビリと全身を苛むような神気に苦悶の表情で耐えていた。アンネマリーを抱きとめる腕が震え、いたずらに力が入る。はっと息を吐くが、うまく吸い込むことができない。
清らかすぎて生物が生きられない静謐な水の中のようだとカイは思った。
(綺麗すぎて反吐が出る……!)
カイは己の深部にまで浄化しにかかる圧倒的な力に、殺意に近い苛立ちを憶えた。
「さ、わんな」
――オレの心に
ギリとその歯を食いしばった。
そのときアンネマリーの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「あたたかい……」
そう言うと、アンネマリーはあたりを見回した。アンネマリーの涙がカイの肩にすべり落ち、カイは突如、世界を取り戻した。
水を得た魚のように動かなかった体の自由が戻ってくる。思い切り息を吸い込むと、ふわりとアンネマリーのいい匂いがした。
――このままアンネマリーの全てを奪いたい。
突然カイはそんな衝動に駆られた。自分ならばいとも簡単にそれができてしまうだろう。
ふいにあの可哀そうな王子の顔がよぎった。欲する者の手には届かず、そうでない者はたやすくそれを手に入れる。
託宣は呪いだ――
そう言ったのは誰だったろうか。
カイはハインリヒに特別な感情は抱いていなかった。イジドーラの大切な人間の、大切にしたかったもの。
ただそれだけだった。
カイはアンネマリーの両の二の腕をつかむと、自分の体からぐいと引き離した。
「ごめん、ありがとう。もう大丈夫」
そう言って立ち上がると、手を引いてアンネマリーも立ち上がらせた。
「ここはもう大丈夫そうだから、オレは行かなくちゃ。ああ、でも迎えが来るまで、絶対に部屋を出ちゃダメだからね」
そのまま部屋を出ていこうとして、「ああ」とカイは何かを思い出したようにアンネマリーを振り返った。懐に手を入れて何かを取り出し、握りこんだ手をアンネマリーの目の前で開いて見せた。
その手のひらにはハインリヒの懐中時計が乗せられていた。
見覚えのあるそれを差し出したカイを見やり、どうしてこれを彼がもっているのだろうとアンネマリーは小首をかしげた。
「ハインリヒ様が、アンネマリー嬢に持っていてほしいって」
アンネマリーの白い手を取り時計を握り込ませると、カイはやわらかくふっと笑った。
常々、彼の貼り付けたような笑顔が胡散臭いと感じていたアンネマリーは、カイの素の笑顔を見て目を丸くした。
「じゃあ、オレ行くね」
そう言ってカイは静かに扉を閉めた。
残されたアンネマリーは、手のひらの時計をみやる。ハインリヒが肌身離さず持っていた懐中時計だ。
その蓋を開くと時計の針が静かに時を刻んでいる。
殿下の庭で、これを開いて文字盤を確認しては、ハインリヒはいつも残念そうな顔をした。
『時が止まってしまえばいいのに』
いつかハインリヒがそう呟いたとき、アンネマリーはハインリヒへの気持ちを自覚した。
時計の蓋の内側には、アメジストのような石がはめられている。ハインリヒの瞳の色だ。その紫にきらめく石をアンネマリーはそっとなぜた。
陽だまりのような波動を感じて、アンネマリーは胸の前で、ぎゅっとその時計を握りしめた。
カイはビリビリと全身を苛むような神気に苦悶の表情で耐えていた。アンネマリーを抱きとめる腕が震え、いたずらに力が入る。はっと息を吐くが、うまく吸い込むことができない。
清らかすぎて生物が生きられない静謐な水の中のようだとカイは思った。
(綺麗すぎて反吐が出る……!)
カイは己の深部にまで浄化しにかかる圧倒的な力に、殺意に近い苛立ちを憶えた。
「さ、わんな」
――オレの心に
ギリとその歯を食いしばった。
そのときアンネマリーの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「あたたかい……」
そう言うと、アンネマリーはあたりを見回した。アンネマリーの涙がカイの肩にすべり落ち、カイは突如、世界を取り戻した。
水を得た魚のように動かなかった体の自由が戻ってくる。思い切り息を吸い込むと、ふわりとアンネマリーのいい匂いがした。
――このままアンネマリーの全てを奪いたい。
突然カイはそんな衝動に駆られた。自分ならばいとも簡単にそれができてしまうだろう。
ふいにあの可哀そうな王子の顔がよぎった。欲する者の手には届かず、そうでない者はたやすくそれを手に入れる。
託宣は呪いだ――
そう言ったのは誰だったろうか。
カイはハインリヒに特別な感情は抱いていなかった。イジドーラの大切な人間の、大切にしたかったもの。
ただそれだけだった。
カイはアンネマリーの両の二の腕をつかむと、自分の体からぐいと引き離した。
「ごめん、ありがとう。もう大丈夫」
そう言って立ち上がると、手を引いてアンネマリーも立ち上がらせた。
「ここはもう大丈夫そうだから、オレは行かなくちゃ。ああ、でも迎えが来るまで、絶対に部屋を出ちゃダメだからね」
そのまま部屋を出ていこうとして、「ああ」とカイは何かを思い出したようにアンネマリーを振り返った。懐に手を入れて何かを取り出し、握りこんだ手をアンネマリーの目の前で開いて見せた。
その手のひらにはハインリヒの懐中時計が乗せられていた。
見覚えのあるそれを差し出したカイを見やり、どうしてこれを彼がもっているのだろうとアンネマリーは小首をかしげた。
「ハインリヒ様が、アンネマリー嬢に持っていてほしいって」
アンネマリーの白い手を取り時計を握り込ませると、カイはやわらかくふっと笑った。
常々、彼の貼り付けたような笑顔が胡散臭いと感じていたアンネマリーは、カイの素の笑顔を見て目を丸くした。
「じゃあ、オレ行くね」
そう言ってカイは静かに扉を閉めた。
残されたアンネマリーは、手のひらの時計をみやる。ハインリヒが肌身離さず持っていた懐中時計だ。
その蓋を開くと時計の針が静かに時を刻んでいる。
殿下の庭で、これを開いて文字盤を確認しては、ハインリヒはいつも残念そうな顔をした。
『時が止まってしまえばいいのに』
いつかハインリヒがそう呟いたとき、アンネマリーはハインリヒへの気持ちを自覚した。
時計の蓋の内側には、アメジストのような石がはめられている。ハインリヒの瞳の色だ。その紫にきらめく石をアンネマリーはそっとなぜた。
陽だまりのような波動を感じて、アンネマリーは胸の前で、ぎゅっとその時計を握りしめた。
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