ふたつ名の令嬢と龍の託宣【全年齢版】

古堂 素央

文字の大きさ
93 / 548
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
     ◇
 目の前に差し出された紅茶に、リーゼロッテは微笑んだ。

 明日は王城を辞して領地に帰る日だ。この王太子用の応接室でお茶を飲むのも今日で最後かと思うと、少しさびしい気がする。王城での滞在は、結局は一カ月弱となった。

 リーゼロッテがもうすぐ誕生日を迎えることもあって、領地への帰還が決められたのだが、リーゼロッテの力の制御はまだまだ不十分な状態だった。

 当面は、週に一度だけ、ジークヴァルトの守り石を外して眠り、夜のうちに力の解放をすれば、リーゼロッテに負担が少ないということで落ち着いた。

(ハルト様の言うとおり、十五の誕生日を迎えれば何かが変わるかしら?)

 そこは誕生日を迎えてみなければわからない。その時になってから考えればいいと、ジークヴァルトには言われている。

 リーゼロッテは帰郷を前に、ジークヴァルトと共に力を制御する特訓を続けていた。そのかいあってか、最初の頃に比べてほんのわずかな力なら、ひとりでも集められるようになってきている。

 最終日の今日も王太子専用の応接室のソファに座って、リーゼロッテは特訓に励んでいた。そんなリーゼロッテを監督しつつ、ジークヴァルトはその横で山のような書類仕事を片付けている。

 そんな時にカイが久しぶりに顔を出して、いつもように紅茶を淹れてくれたのだった。

「明日は早く出るの?」

 カイの問いかけに、いいえとリーゼロッテはかぶりを振った。

「領地まで馬車で三時間程度ですので、朝食はゆっくりといただけますわ」
「そっか。でも、なんだかさみしくなるね」

 カイのその言葉に、リーゼロッテはゆっくりとカイの方へ顔を向けた。

わたくし、カイ様の淹れてくださるこの紅茶、やさしい味がして大好きですわ」

 エメラルドのような瞳でカイを真っ直ぐ見つめ、リーゼロッテは淑女の笑みを向けた。カイの紅茶はまろやかな舌触りで、いつでも香しくとてもおいしかった。

 疲れている時、うれしいとき、落ち込んでいる時。
 カイはリーゼロッテの体調に合わせて、ミルクや砂糖が多めだったり、寛げるようにハーブを入れたり、時にはスパイスの効いた刺激的なものまで、いろんな紅茶を淹れてくれた。気遣ってもらっているのだと思うと、リーゼロッテはその気持ちにとても癒された。

 カイにしてみれば、お茶を淹れることは相手の懐に入るための手段の一つに過ぎなかったが、それなりに美味しい紅茶の淹れ方を研究してきた身としては、そう言われて悪い気はしなかった。

「いつでもまた淹れてあげるよ」

 ふたりはにっこりと微笑みあった。

(結局はオレも、この令嬢に毒気を抜かれているのかもな)
 微笑みつつ、カイは内心で苦笑した。

「あなたたちも、最後まで浄化してあげられなくてごめんなさいね……」

 リーゼロッテが目の前の小鬼たちに視線を向けた。
 目の前のテーブルの縁には、三匹の小鬼たちが並んで座っていた。見た目は不細工だったが、どれもおめめがきゅるんとして愛らしく見える。

(またかわいくなってるし……)

 リーゼロッテの力は理解の範疇を超えると、カイはあきれる他なかった。

 小鬼たちに話しかけつつ、リーゼロッテは小さな緑色の光の粒を小鬼たちに投げて飛ばしている。小鬼たちは行儀よく順番に並んで、その粒を気持ちよさそうに受けとめていた。

 そんなリーゼロッテを横目に、カイは先ほどから自分を睨みつけているぬしを振り返った。

「ジークヴァルト様。オレがリーゼロッテ嬢に大好きって言われたからって、そんな怖い顔しないでくださいよ」
「カイではない。紅茶がだ」

 小声で言うカイに、ジークヴァルトは即答した。

「もう、男の嫉妬は醜いですよ。ご自分の婚約者なんですから、リーゼロッテ嬢の愛は自力で掴んでください」

 あきれるように言うと、ジークヴァルトは言葉に詰まり、ふいとカイから視線をそらした。

(何コレ、すっげーおもしろい)

 カイは意地の悪い表情になると、リーゼロッテに聞こえないように、そっとジークヴァルトに耳打ちした。

「大丈夫、イケますよ、ジークヴァルト様。いいですか? 女性はガッと抱きしめてグッと口づければイチコロです。はじめは驚いて嫌がるかもしれませんが、憎からず思っている相手には、そのまま攻めれば蕩けてふにゃふにゃになりますから」

 カイの言葉に一瞬動きが止まったジークヴァルトは、そのあと無言でリーゼロッテに視線を移した。リーゼロッテは無邪気に小鬼の浄化を続けている。

(やばい、マジでおもしろすぎる)

 カイは笑いだしそうなのを必死でこらえ、こんな面白い光景が見られるのは、今日で最後かと思うと心から残念に思った。

「オレ、この後行かなきゃならないところがありますから」

 王妃に定期報告をする日だということを思い出して、カイは部屋から出ていこうとした。振り返り、「リーゼロッテ嬢、気をつけてね?」とにっこり言ってから扉を開けた。

 リーゼロッテは明日の道中を心配してくれたのだと思い、「ありがとうございます」と返したが、カイは意味深にジークヴァルトをみやり、再びリーゼロッテに笑みを残して出て行ってしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

変人令息は悪女を憎む

くきの助
恋愛
「ブリジット=バールトン。あなたを愛する事はない。」 ああ、ようやく言えた。 目の前の彼女は14歳にしてこれが二度目の結婚。 こんなあどけない顔をしてとんでもない悪女なのだ。 私もそのことを知った時には腹も立ったものだが、こちらにも利がある結婚だと割り切ることにした。 「当初話した通り2年間の契約婚だ。離婚後は十分な慰謝料も払おう。ただ、白い結婚などと主張されてはこちらも面倒だ。一晩だけ付き合ってもらうよ。」 初夜だというのに腹立たしい気持ちだ。 私だって悪女と知る前は契約なんて結ぶ気はなかった。 政略といえど大事にしようと思っていたんだ。 なのになぜこんな事になったのか。 それは半年ほど前に遡る。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

処理中です...