ふたつ名の令嬢と龍の託宣【全年齢版】

古堂 素央

文字の大きさ
94 / 548
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
 リーゼロッテはカイを見送ると、再び小鬼たちに向き直った。

「最後まで、あきらめませんわ」

 そう言うと、そのふっくらした口元の前で祈るようにゆるくこぶしを握り、その両手の中に力を集め始めた。

(あきらめたらそこで試合終了なのよ。安西先生もそう言ってたじゃない)
 某バスケ漫画を思い出し、リーゼロッテはその手の中に意識を集中した。

 ジークヴァルトはその姿を立ったままじっと見つめていた。

 手のひらの中の緑の光を、大事そうに集めていくリーゼロッテの口が何事かつぶやいている。そのうっすらと開かれた唇は、あまりにも無防備に見えた。

 ジークヴァルトは無意識に、その隙だらけのリーゼロッテに手を伸ばしていた。
 その手がリーゼロッテに届こうとしたとき、テーブルの上のティーカップがカタカタとふるえだし、次の瞬間ガチャンと大きな音をたてた。

 驚いてそちらをみやると、カップが真っ二つに割れている。残っていた紅茶がソーサーにこぼれてテーブルにまで溢れだしていた。

 咄嗟にジークヴァルトはリーゼロッテの頭を抱え込み、自分の胸に引き寄せた。いきなりのことにリーゼロッテは呆然と割れたカップを見つめることしかできない。

 以前の生活ならば、カップが割れるなど日常茶飯事の風景だったが、今、まさにそれと同じことが起こり、リーゼロッテは激しく動揺した。

 それだけではなかった。
 応接室の調度品も、ガタガタと音を鳴らしてふるえている。浄化を受けていた小鬼たちも、おびえたように床の上を逃げまどっていた。

(周囲の異形たちが騒いでいる)

 ジークヴァルトはリーゼロッテをその腕に抱きしめながら、あたりを警戒した。すると、ざわついていた空気は、すっと引いて何事もなかったかのように静寂を取り戻した。

「何だったのだ、今のは?」

 ジークヴァルトはそう呟いた後、腕の中のリーゼロッテをみやった。リーゼロッテは涙目でジークヴァルトを見上げると、震える声で言った。

「ヴァルト様……今のもわたくしのせいですか?」
「いや、今のはお前のせいではない。むしろ……」

 そう言ったあと、ジークヴァルトは押し黙った。
(オレは今何をしようとした?)

 リーゼロッテからその身から離すと、ジークヴァルトはそのままじっと考え込んでいた。

 リーゼロッテが応接室をみやると、飾られていた花瓶や絵画、時計など、いろんなものが床に落ちたり傾いたり、部屋の中は散々な状態になっていた。

 ジークヴァルトが合間に確認していた書類の束も床に落ちて散乱している。

(いけない、大事な書類が)

 リーゼロッテは散らばった紙を集め、テーブルの上に戻そうとした。幸い、こぼれた紅茶で濡れてしまったりはしていなかった。

 ふと一枚の書類に目が止まる。内容はちんぷんかんぷんだったが、長い文章の最後に書かれた署名を見て、リーゼロッテは目を見開いた。少しクセのあるその文字に、リーゼロッテは見覚えがあったからだ。

『S.Hugenberg』と書かれた署名の筆跡を凝視する。その筆跡はリーゼロッテが子供のころにもらった前公爵ジークフリートの手紙と同じものだった。

 ふと、昨日のエラとのやり取りが脳裏をかすめる。
 ジークフリートに贈ったと思っていたハンカチが、ジークヴァルトの手に渡っていた。なぜ、そうなったのか。その答えがこれならば、全てつじつまがあってしまう。

「あの、ジークヴァルト様」

 ギギギと油の切れたブリキのおもちゃのように、リーゼロッテはジークヴァルトを振り返った。

「なんだ?」

 訝し気に問われたリーゼロッテは、手に持った書類をジークヴァルトの前に差し出し、ぎこちなく聞き返した。

「こちらの署名は、ジークヴァルト様のもので間違いございませんか?」
「ああ、そうだが。それがなんだ?」

 それを聞いたリーゼロッテは、口をすぼめて変な表情になった。

「なんだ? すっぱいものを食べたような顔をして」
「い、いいえ、なんでもありませんわ」

 慌てたようにリーゼロッテはかぶりを振った。

(エラに、エラに確かめなくては)

 リーゼロッテは目の前の惨状もすっかり忘れて、この事実を否定してくれる誰かを求めていた。
――リーゼロッテの子供の頃の文通相手が、ジークフリートではなく、はじめからずっと、ジークヴァルトであったという事実を。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

変人令息は悪女を憎む

くきの助
恋愛
「ブリジット=バールトン。あなたを愛する事はない。」 ああ、ようやく言えた。 目の前の彼女は14歳にしてこれが二度目の結婚。 こんなあどけない顔をしてとんでもない悪女なのだ。 私もそのことを知った時には腹も立ったものだが、こちらにも利がある結婚だと割り切ることにした。 「当初話した通り2年間の契約婚だ。離婚後は十分な慰謝料も払おう。ただ、白い結婚などと主張されてはこちらも面倒だ。一晩だけ付き合ってもらうよ。」 初夜だというのに腹立たしい気持ちだ。 私だって悪女と知る前は契約なんて結ぶ気はなかった。 政略といえど大事にしようと思っていたんだ。 なのになぜこんな事になったのか。 それは半年ほど前に遡る。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

私の感情が行方不明になったのは、母を亡くした悲しみと別け隔てない婚約者の優しさからだと思っていましたが、ある人の殺意が強かったようです

珠宮さくら
恋愛
ヴィルジ国に生まれたアデライードは、行き交う街の人たちの笑顔を見て元気になるような王女だったが、そんな彼女が笑わなくなったのは、大切な人を亡くしてからだった。 そんな彼女と婚約したのは、この国で将来を有望視されている子息で誰にでも優しくて別け隔てのない人だったのだが、彼の想い人は別にいたのをアデライードは知っていた。 でも、どうにも何もする気が起きずにいた。その原因が、他にちゃんとあったこアデライードが知るまでが大変だった。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

処理中です...