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第2章 氷の王子と消えた託宣
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◇
立ち並ぶレンガ造りの統一感のある店々。行きかう紳士淑女たち。異国情緒あふれる貴族街の通りを、リーゼロッテは夢見心地で歩いていた。
気温は息が白くなる一歩手前なくらいだが、午後の日差しは暖かく、日向にいればそう寒さも感じない。何より半ばあきらめかけていた王都の街だ。自然と足取りも軽くなるというものである。
ジークヴァルトにエスコートされながら石畳を進む。その後ろをエラが続き、前を行く三人を守るようにエーミールが鋭い視線で周囲に気を配りながら歩を進めている。
四人はこの目抜き通りでも、周囲の人間の注目を集めていた。貴族街にはもともと専属の護衛が配されている。足を踏み入れる者はみな身元がしっかりした者ばかりのため、例え貴族令嬢がひとりでやってきたとしても、そうそう問題は起きないくらいには治安が守られている。
そんな貴族街に護衛を連れてくる時点で、その青年が位の高い貴族だと伺える。その彼が大事そうにエスコートしている令嬢も、なんというか世俗慣れしていない箱入りのお嬢様のようだ。
その令嬢は先ほどから物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回しては、そのエメラルドのような瞳を輝かせている。これが一介の令嬢だったのなら、田舎貴族のおのぼりとして嘲笑の的になっただろう。
しかし、その令嬢の様子はなんとも微笑ましい。大事に囲われて育てられ、きっと今日が人生はじめてのお忍びなのだろう。そんなふうに思わせる令嬢の純真で無垢な様子に、見る者すべてが頬を緩ませていた。
「あっ」
ふいにジークヴァルトにぐいと腰を引き寄せられ、リーゼロッテの口から小さな声が漏れた。夢中になって無意識に体を向けていたその先に、黒い吹きだまりのような異形の塊が蠢いている。
それは公爵家で走り回っているような弱い小鬼などではなかった。悪意ある意思をもって、その崩れかけた手をリーゼロッテに伸ばそうとしている。
「――……っ!」
リーゼロッテは声なき声を出して、横にいるジークヴァルトにしがみついた。しかし、ここは多くの貴族が行きかう往来だ。そのことを思い出して、リーゼロッテは「申し訳ございません」と慌てて身を離そうとした。
人が集まる場所には異形の者も集まりやすい。そうジークヴァルトに言われていたのに、さっそく迷惑をかけてしまった。浮かれ気分もほどほどにしなくては。
「問題ない、オレが見ている。お前は普段通りでいい」
無表情で見下ろしながらそっけなく言うと、ジークヴァルトはリーゼロッテの手を引いて再び歩き始める。歩きづらくない程度に腰を引き寄せられ、先ほどよりも密着して歩く形となった。
(……なんだか過保護がパワーアップしているわ)
王城の廊下でも似たような場面があった。そのときは「掴まれるからよそ見はするな」と言われたように思う。
(なんでだろう。あの時よりも異形に慣れたし、力の制御もずいぶんできるようになったはずなのに……)
それに普段通りでいいと言われても、急に異形の気配が気になりだした。通りを見回すと、木陰や細い路地裏などに、異形の影が揺らめいているのが見て取れる。なんだか店の物色どころでなくなってしまったリーゼロッテは、足元の石畳の上だけに意識を集中して慎重に歩を進めた。
ふとジークヴァルトがある店の前で足を止めた。リーゼロッテが顔を上げると、その店のカーテンは閉められ、他の店の前に掲げられているような旗も出ていない。どうやら休業日のようだ。
不思議に思ってジークヴァルトを見上げようとしたとき、閉ざされていた店の扉が涼し気な鈴の音と共に開け放たれた。
「ようこそおいでくださいました、フーゲンベルク公爵様」
「ああ」
恭しく腰を折られ、店の中へと促される。当たり前のようにジークヴァルトは店内へと足を踏み入れた。
「では、わたしどもは入口で控えております」
「いや、時間まで好きに過ごすといい。次の店で待っている」
エーミールの言葉にジークヴァルトはそう静かに言い残すと、リーゼロッテを連れて店の奥へと消えていった。
店の従業員に頭を下げられ、目の前の扉が閉められる。その様子をエーミールは苦い顔をして見つめていた。
そのままそこを動かないエーミールに、エラは黙って従った。エラも貴族街は久しぶりだが、今日は遊びで来ているわけではない。公爵がそばにいれば心配はないだろうが、万が一リーゼロッテが何かあったときにはすぐ駆け付けられる距離にはいるべきだろう。
「では、わたしたちも行こうか」
振り向いたエーミールに突如そう言われて、エラの口から「えっ?」という声が漏れた。
「何を驚く? ジークヴァルト様の仰せだ。ここに張り付いている方が返ってご迷惑になるだろう」
閉ざされたの店の前に立つふたりに、周囲から好奇の目が寄せられている。エラは考える暇もなくエーミールに手を取られて通りを歩き出した。
立ち並ぶレンガ造りの統一感のある店々。行きかう紳士淑女たち。異国情緒あふれる貴族街の通りを、リーゼロッテは夢見心地で歩いていた。
気温は息が白くなる一歩手前なくらいだが、午後の日差しは暖かく、日向にいればそう寒さも感じない。何より半ばあきらめかけていた王都の街だ。自然と足取りも軽くなるというものである。
ジークヴァルトにエスコートされながら石畳を進む。その後ろをエラが続き、前を行く三人を守るようにエーミールが鋭い視線で周囲に気を配りながら歩を進めている。
四人はこの目抜き通りでも、周囲の人間の注目を集めていた。貴族街にはもともと専属の護衛が配されている。足を踏み入れる者はみな身元がしっかりした者ばかりのため、例え貴族令嬢がひとりでやってきたとしても、そうそう問題は起きないくらいには治安が守られている。
そんな貴族街に護衛を連れてくる時点で、その青年が位の高い貴族だと伺える。その彼が大事そうにエスコートしている令嬢も、なんというか世俗慣れしていない箱入りのお嬢様のようだ。
その令嬢は先ほどから物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回しては、そのエメラルドのような瞳を輝かせている。これが一介の令嬢だったのなら、田舎貴族のおのぼりとして嘲笑の的になっただろう。
しかし、その令嬢の様子はなんとも微笑ましい。大事に囲われて育てられ、きっと今日が人生はじめてのお忍びなのだろう。そんなふうに思わせる令嬢の純真で無垢な様子に、見る者すべてが頬を緩ませていた。
「あっ」
ふいにジークヴァルトにぐいと腰を引き寄せられ、リーゼロッテの口から小さな声が漏れた。夢中になって無意識に体を向けていたその先に、黒い吹きだまりのような異形の塊が蠢いている。
それは公爵家で走り回っているような弱い小鬼などではなかった。悪意ある意思をもって、その崩れかけた手をリーゼロッテに伸ばそうとしている。
「――……っ!」
リーゼロッテは声なき声を出して、横にいるジークヴァルトにしがみついた。しかし、ここは多くの貴族が行きかう往来だ。そのことを思い出して、リーゼロッテは「申し訳ございません」と慌てて身を離そうとした。
人が集まる場所には異形の者も集まりやすい。そうジークヴァルトに言われていたのに、さっそく迷惑をかけてしまった。浮かれ気分もほどほどにしなくては。
「問題ない、オレが見ている。お前は普段通りでいい」
無表情で見下ろしながらそっけなく言うと、ジークヴァルトはリーゼロッテの手を引いて再び歩き始める。歩きづらくない程度に腰を引き寄せられ、先ほどよりも密着して歩く形となった。
(……なんだか過保護がパワーアップしているわ)
王城の廊下でも似たような場面があった。そのときは「掴まれるからよそ見はするな」と言われたように思う。
(なんでだろう。あの時よりも異形に慣れたし、力の制御もずいぶんできるようになったはずなのに……)
それに普段通りでいいと言われても、急に異形の気配が気になりだした。通りを見回すと、木陰や細い路地裏などに、異形の影が揺らめいているのが見て取れる。なんだか店の物色どころでなくなってしまったリーゼロッテは、足元の石畳の上だけに意識を集中して慎重に歩を進めた。
ふとジークヴァルトがある店の前で足を止めた。リーゼロッテが顔を上げると、その店のカーテンは閉められ、他の店の前に掲げられているような旗も出ていない。どうやら休業日のようだ。
不思議に思ってジークヴァルトを見上げようとしたとき、閉ざされていた店の扉が涼し気な鈴の音と共に開け放たれた。
「ようこそおいでくださいました、フーゲンベルク公爵様」
「ああ」
恭しく腰を折られ、店の中へと促される。当たり前のようにジークヴァルトは店内へと足を踏み入れた。
「では、わたしどもは入口で控えております」
「いや、時間まで好きに過ごすといい。次の店で待っている」
エーミールの言葉にジークヴァルトはそう静かに言い残すと、リーゼロッテを連れて店の奥へと消えていった。
店の従業員に頭を下げられ、目の前の扉が閉められる。その様子をエーミールは苦い顔をして見つめていた。
そのままそこを動かないエーミールに、エラは黙って従った。エラも貴族街は久しぶりだが、今日は遊びで来ているわけではない。公爵がそばにいれば心配はないだろうが、万が一リーゼロッテが何かあったときにはすぐ駆け付けられる距離にはいるべきだろう。
「では、わたしたちも行こうか」
振り向いたエーミールに突如そう言われて、エラの口から「えっ?」という声が漏れた。
「何を驚く? ジークヴァルト様の仰せだ。ここに張り付いている方が返ってご迷惑になるだろう」
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