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第2章 氷の王子と消えた託宣
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リーゼロッテが進むとジークヴァルトもその後をついて来る。何かに目を止めて立ち止まると、やはりジークヴァルトも同様に立ち止まった。
(プレッシャー、ハンパないんですけど……!)
背後に意識がいって、先ほどのように没頭できそうにない。一度気になりだすと、なかなか意識の外には追い出すことは難しかった。
しかし、羽ペンや文鎮などの文具が置かれた棚の前まで来ると、リーゼロッテは思わずそのコーナーに目を奪われた。目の前に並べられているのは、インク壺や揃いの便せん・封筒など、統一感のある可愛いステーショナリーグッズだ。
(これ、一つ買うと全部ほしくなるヤツだわ)
シリーズ化された品のよい文具たちが、自分の文机で並ぶさまを想像すると、リーゼロッテは瞳を閉じてほおとため息をついた。
「どうした?」
「あ、いえ、こちらの品々を使ってお手紙を書いたら素敵だなと思いまして……」
「ならば全て買おう」
「ですが、すでに持っている物ばかりで……今使っている物もとても気に入っているのです……」
ダーミッシュ家の自室で愛用している文具は、義父のフーゴから贈られたものだ。長年大事に使っている物なので、愛着も湧いている。
「だったらフーゲンベルク家の部屋で使えばいいだろう」
「まあ! よろしいのですか?」
その考えは正直なかった。あの部屋は毎回当然のように使わせてもらっているが、所詮はよそ様のお宅である。自分の好き勝手にしていいものではないだろうと、私物も増やさずなるべく汚さないようにと何かと気を使って過ごしていたのだ。
「では、店主。こちらを揃いで。届けるのは公爵家に頼む」
「はい、かしこまりました」
目の前のやり取りに少々めまいがしてくる。まさか「ここからここまで買い」を自分がする日が来ようとは。まあもっとも、支払うのはジークヴァルトなのだが。
「まだ時間はある」
そう言ってジークヴァルトがじっと見下ろしてくる。
「はい、他の品も見てまいりますね」
もう買い物は済ませたのだから、あとはお得意のウィンドウショッピングだ。肩の荷が下りたリーゼロッテは足取りも軽く店内を移動した。
「あの、ヴァルト様」
相変わらず後をついてくるジークヴァルトを振り返ると、リーゼロッテは小首をかしげた。
「わたくしにずっとついているのは退屈でございましょう? ヴァルト様はおかけになってお休みしていただいてよろしいですわ」
「いや、そんなことはない。オレのことは気にするな」
「え……?」
ジークヴァルトは都合が悪いと顔を逸らす癖がある。今、真っ直ぐ見つめ返すジークヴァルトは嘘を言っているようではなかった。
(普通、男の人って、女の長い買い物に付き合わされるのは嫌がるものなのに……)
気にするなと言われても気になってしまうのが人の性だが、こういったときジークヴァルトは頑として引きはしない。リーゼロッテは厚意に甘えてショッピングを再開することにした。
人形のコーナーにさしかかると、大きなクマの縫いぐるみが目に入った。クマの両脇に手を差し込んで持ち上げてみる。ぷらんと垂れ下がった両足を合わせると、リーゼロッテの膝下から胸元くらいまである大きさだ。
これをぎゅっとして一緒に寝てみたい。そんな欲望がふつふつと湧き上がる。しかし、自分はすでに成人した身だ。さすがにそれは痛すぎる行為だろう。
無言でクマを棚に元通りに座らせると、リーゼロッテは次の棚へと移動しようとした。
「それはいらないのか?」
背後霊のようにずっと黙ってついて回っていたジークヴァルトが、突然口を開いた。
「え? いいえ、わたくしももう成人いたしましたし、さすがに縫いぐるみがほしいなどとは、恥ずかしくて言えませんわ」
確かにクマのつぶらな瞳に後ろ髪はひかれるが、「ほらあの子、いい年してあの店でこんな大きな縫いぐるみを買ってもらったんですって」などと言われては淑女として立つ瀬がない。
ジークヴァルトは自分を子供だと思っているのだから、そんなことを平気で言い出すのだろう。この微妙な乙女心が理解できないのも仕方ないと何気ないふりを装って、リーゼロッテは別の棚へと移動した。
(あ、これ可愛い……)
目に留まったブレスレットを手に取る。ラインストーンが飾られた華奢なものだ。
「あの、ヴァルト様……もしよろしければ、こちらを揃いで買っていただいてもよろしいですか? ……その、エラとお揃いでつけたくて」
ブレスレットの石は赤、青、白、緑、ピンクなどがある。一点ものでない分だけそれほど高級なものではないのだろう。大好きなエラと普段使いでお揃いで身につけられたと、リーゼロッテは頬を染めながらジークヴァルトを見上げた。
ジークヴァルトは少し驚いた表情でリーゼロッテを見つめていた。といっても親しい者にしかわからないような表情の変化だったのだが。
「あ……先ほど欲しい物を決めたのに、厚かましすぎましたわね」
「いや、いい。問題ない」
少し慌てたように言って、ジークヴァルトは店主に目配せした。何しろ初めてリーゼロッテから本当に欲しいと思う物をジークヴァルトにねだってきたのだ。それが他人とのペアのアクセサリーだとしても。エッカルトがこの場にいたらむせび泣いていたかもしれない。
リーゼロッテが手に持つブレスレットを店主が受け取って包もうとする。
「あ、こちらは今日持ち帰ってもかまいませんか?」
早くエラとお揃いで身につけたい。荷物になるわけでもないしとリーゼロッテはジークヴァルトを伺い見た。頷くジークヴァルトを確認すると、店主は包んだブレスレットを一度ジークヴァルトに手渡した。それをジークヴァルトから受け取ったリーゼロッテは、自然とはにかんだ笑顔を向けた。
「ありがとうございます、ジークヴァルト様」
「……ああ」
じっと見つめてくるジークヴァルトは、なんだかいつもと違うような気がする。
(やっぱりずうずうしかったかしら……?)
一抹の不安を残しつつ、リーゼロッテの始めてのお買い物は無事に終了したのであった。
(プレッシャー、ハンパないんですけど……!)
背後に意識がいって、先ほどのように没頭できそうにない。一度気になりだすと、なかなか意識の外には追い出すことは難しかった。
しかし、羽ペンや文鎮などの文具が置かれた棚の前まで来ると、リーゼロッテは思わずそのコーナーに目を奪われた。目の前に並べられているのは、インク壺や揃いの便せん・封筒など、統一感のある可愛いステーショナリーグッズだ。
(これ、一つ買うと全部ほしくなるヤツだわ)
シリーズ化された品のよい文具たちが、自分の文机で並ぶさまを想像すると、リーゼロッテは瞳を閉じてほおとため息をついた。
「どうした?」
「あ、いえ、こちらの品々を使ってお手紙を書いたら素敵だなと思いまして……」
「ならば全て買おう」
「ですが、すでに持っている物ばかりで……今使っている物もとても気に入っているのです……」
ダーミッシュ家の自室で愛用している文具は、義父のフーゴから贈られたものだ。長年大事に使っている物なので、愛着も湧いている。
「だったらフーゲンベルク家の部屋で使えばいいだろう」
「まあ! よろしいのですか?」
その考えは正直なかった。あの部屋は毎回当然のように使わせてもらっているが、所詮はよそ様のお宅である。自分の好き勝手にしていいものではないだろうと、私物も増やさずなるべく汚さないようにと何かと気を使って過ごしていたのだ。
「では、店主。こちらを揃いで。届けるのは公爵家に頼む」
「はい、かしこまりました」
目の前のやり取りに少々めまいがしてくる。まさか「ここからここまで買い」を自分がする日が来ようとは。まあもっとも、支払うのはジークヴァルトなのだが。
「まだ時間はある」
そう言ってジークヴァルトがじっと見下ろしてくる。
「はい、他の品も見てまいりますね」
もう買い物は済ませたのだから、あとはお得意のウィンドウショッピングだ。肩の荷が下りたリーゼロッテは足取りも軽く店内を移動した。
「あの、ヴァルト様」
相変わらず後をついてくるジークヴァルトを振り返ると、リーゼロッテは小首をかしげた。
「わたくしにずっとついているのは退屈でございましょう? ヴァルト様はおかけになってお休みしていただいてよろしいですわ」
「いや、そんなことはない。オレのことは気にするな」
「え……?」
ジークヴァルトは都合が悪いと顔を逸らす癖がある。今、真っ直ぐ見つめ返すジークヴァルトは嘘を言っているようではなかった。
(普通、男の人って、女の長い買い物に付き合わされるのは嫌がるものなのに……)
気にするなと言われても気になってしまうのが人の性だが、こういったときジークヴァルトは頑として引きはしない。リーゼロッテは厚意に甘えてショッピングを再開することにした。
人形のコーナーにさしかかると、大きなクマの縫いぐるみが目に入った。クマの両脇に手を差し込んで持ち上げてみる。ぷらんと垂れ下がった両足を合わせると、リーゼロッテの膝下から胸元くらいまである大きさだ。
これをぎゅっとして一緒に寝てみたい。そんな欲望がふつふつと湧き上がる。しかし、自分はすでに成人した身だ。さすがにそれは痛すぎる行為だろう。
無言でクマを棚に元通りに座らせると、リーゼロッテは次の棚へと移動しようとした。
「それはいらないのか?」
背後霊のようにずっと黙ってついて回っていたジークヴァルトが、突然口を開いた。
「え? いいえ、わたくしももう成人いたしましたし、さすがに縫いぐるみがほしいなどとは、恥ずかしくて言えませんわ」
確かにクマのつぶらな瞳に後ろ髪はひかれるが、「ほらあの子、いい年してあの店でこんな大きな縫いぐるみを買ってもらったんですって」などと言われては淑女として立つ瀬がない。
ジークヴァルトは自分を子供だと思っているのだから、そんなことを平気で言い出すのだろう。この微妙な乙女心が理解できないのも仕方ないと何気ないふりを装って、リーゼロッテは別の棚へと移動した。
(あ、これ可愛い……)
目に留まったブレスレットを手に取る。ラインストーンが飾られた華奢なものだ。
「あの、ヴァルト様……もしよろしければ、こちらを揃いで買っていただいてもよろしいですか? ……その、エラとお揃いでつけたくて」
ブレスレットの石は赤、青、白、緑、ピンクなどがある。一点ものでない分だけそれほど高級なものではないのだろう。大好きなエラと普段使いでお揃いで身につけられたと、リーゼロッテは頬を染めながらジークヴァルトを見上げた。
ジークヴァルトは少し驚いた表情でリーゼロッテを見つめていた。といっても親しい者にしかわからないような表情の変化だったのだが。
「あ……先ほど欲しい物を決めたのに、厚かましすぎましたわね」
「いや、いい。問題ない」
少し慌てたように言って、ジークヴァルトは店主に目配せした。何しろ初めてリーゼロッテから本当に欲しいと思う物をジークヴァルトにねだってきたのだ。それが他人とのペアのアクセサリーだとしても。エッカルトがこの場にいたらむせび泣いていたかもしれない。
リーゼロッテが手に持つブレスレットを店主が受け取って包もうとする。
「あ、こちらは今日持ち帰ってもかまいませんか?」
早くエラとお揃いで身につけたい。荷物になるわけでもないしとリーゼロッテはジークヴァルトを伺い見た。頷くジークヴァルトを確認すると、店主は包んだブレスレットを一度ジークヴァルトに手渡した。それをジークヴァルトから受け取ったリーゼロッテは、自然とはにかんだ笑顔を向けた。
「ありがとうございます、ジークヴァルト様」
「……ああ」
じっと見つめてくるジークヴァルトは、なんだかいつもと違うような気がする。
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一抹の不安を残しつつ、リーゼロッテの始めてのお買い物は無事に終了したのであった。
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