328 / 548
第2章 氷の王子と消えた託宣
第20話 心火の聖母
しおりを挟む
【前回のあらすじ】
王妃の離宮の星読みの間で、ジークヴァルトから独り立ちをする決意を固めたリーゼロッテ。
そんなときに王城の廊下でハインリヒと出会い頭にぶつかったリーゼロッテは、王子の守護者の姿を垣間見ます。その姿は聖母を思わせるほど慈愛に満ちていて……。
アデライーデの傷は自分が負わせたものだという王子の告白に、リーゼロッテはただ驚くばかり。ハインリヒとアデライーデの間に一体何があったのか? 王子の告白は続くのでした。
しんとした静けさだけが支配する中、王子に連れられて王城の奥深くを進む。幾度も廊下の角を曲がり、もはやどの道をたどって来たのかもわからない。
注意しないと気付かない程度に緩やかな傾斜が続き、王城の地下へと向かっているであろうことは、リーゼロッテにも理解できた。
(あそこへ向かっているのかしら……?)
まっすぐ伸びる廊下の先に、そびえ立つような二枚扉が見えてくる。近づくにつれて、それが思う以上に大きいものだと分かった。
その目の前までたどり着くと、扉に施された龍のレリーフにむけて、ハインリヒ王子は両手をかざした。龍が紫を帯びたかと思うと、その重厚な扉がひとりでに開いていく。きしむような音がその場に重く響いた。
開ききった扉を躊躇なくくぐると、王子はついてくるようにと視線で促してくる。場の雰囲気に飲まれながらも、リーゼロッテはそれに従い、薄暗い扉の奥へと足を踏み入れた。
一歩踏み込んだ瞬間、押さえつけられるような圧が全身を覆う。じんとしびれるようなその感覚は、神聖でいて、畏怖を感じさせるものだった。
続いてカイが入った矢先に、再び扉が閉じていく。きしむ音に振り返ったリーゼロッテは、閉まりゆくその様を不安げに見やった。
「リーゼロッテ嬢、奥へ」
声をかけられ、部屋の中へと視線を戻す。王子が立つその辺りだけが、うすぼんやりとした明かりで照らされていた。奥までは見渡すことはできないが、ここはやたらと天井が高く、狭く細長い部屋のようだ。
王子が先へと歩き出す。後ろにいるカイの気配に押されて、リーゼロッテも無言でそれに続いた。ハインリヒが進むにつれて、壁の両側にある明かりが、順番にひとつひとつ灯っていく。
明るい範囲が広がり、細長い部屋だと思っていたこの場所は、奥まで続いている廊下なのだとようやく気づいた。狭く感じたこの空間も、廊下であるなら十分すぎるほどの広さと幅だ。
「王子殿下……ここは一体?」
まだ明かりが灯っていない廊下の先は、闇が広がるばかりで、その奥がどこまで続いているのかさえ分からない。胸元の守り石をぎゅっと握りしめて、リーゼロッテは無意識にハインリヒの方へと身を寄せようとした。
「それ以上は近づかないでくれ。また、先ほどのような目にはあいたくないだろう?」
白い手袋をはめた手で制されて、リーゼロッテははっとなりハインリヒから距離をとった。
ハインリヒ王子とぶつかったとき、王子の守護者が現れた。まるでリーゼロッテを王子から引き離すかのように。
「あれは本当に、王子殿下の守護者だったのですか……?」
「ああ、残念なことにね」
王子の言葉に異を唱えるのも憚られるが、そう聞かずにはいられなかった。だがハインリヒは、その問いを意に介した様子もなく歩を進める。
「あの女はわたしの守護者で間違いないと、そう神託に出た」
「神託に……?」
「シネヴァの森にいる巫女の神託だ。リーゼロッテ嬢も森の巫女の存在は知っているだろう?」
この国の最北の地に、オデラ湖という湖がある。それを取り囲むように大きな森が広がっていて、そこに魔女が住んでいるらしい。そんな話なら聞いたことがあった。
「森には魔女が住んでいると」
戸惑ったように答えると、ハインリヒ王子は立ち止まって、苦笑いを向けてきた。
「魔女か……。当代の巫女はわたしの高祖伯母にあたる方だが、まあそう言われても仕方のないことか」
「わたくし、不敬なことを……!」
はっと息をのみ、顔を青ざめさせる。
「いや、いい。婚姻の託宣を受けた貴族は、いずれシネヴァの森に向かうことになる。リーゼロッテ嬢も、その時に意味が分かるだろう」
リーゼロッテの言葉を気にした様子も見せず、王子は再び歩き出した。それ以上は聞き返すこともできずに、リーゼロッテも慌ててそれについて行った。
王子が進むごとに壁の明かりが順に灯されていく。明るい範囲は広がったが、この廊下はまだまだ続いているようだ。
不意に飾り気のなかった壁に、立派な額縁の絵が現れた。その前で一旦立ち止まると、ハインリヒはその絵を静かに仰ぎ見る。
「ここに並ぶのは託宣を受けた歴代の王と王妃たちだ」
王子が見上げているその絵は、ディートリヒ王の肖像画だった。燃えるような赤毛に金色の瞳をしたディートリヒ王が、じっとこちらを見下ろしている。
ハインリヒは次に反対側の廊下の壁に視線を向けた。そこにも一枚の肖像画が掲げられている。
「向かいにあるのが王妃の肖像だ」
そこにはイジドーラ王妃ではなく、ハインリヒにそっくりな女性が描かれていた。その右頬から顎のラインにかけて龍のあざがある。
前王妃のセレスティーヌなのだろう。先ほど視た守護者もハインリヒと似ていると思ったが、そこに描かれているセレスティーヌは、生き写しと言っていいほどだった。王子が化粧をしたら、きっともっとそっくりになるに違いない。
そんな不敬なことを思っていると、ハインリヒが苦しげにつぶやいた。
王妃の離宮の星読みの間で、ジークヴァルトから独り立ちをする決意を固めたリーゼロッテ。
そんなときに王城の廊下でハインリヒと出会い頭にぶつかったリーゼロッテは、王子の守護者の姿を垣間見ます。その姿は聖母を思わせるほど慈愛に満ちていて……。
アデライーデの傷は自分が負わせたものだという王子の告白に、リーゼロッテはただ驚くばかり。ハインリヒとアデライーデの間に一体何があったのか? 王子の告白は続くのでした。
しんとした静けさだけが支配する中、王子に連れられて王城の奥深くを進む。幾度も廊下の角を曲がり、もはやどの道をたどって来たのかもわからない。
注意しないと気付かない程度に緩やかな傾斜が続き、王城の地下へと向かっているであろうことは、リーゼロッテにも理解できた。
(あそこへ向かっているのかしら……?)
まっすぐ伸びる廊下の先に、そびえ立つような二枚扉が見えてくる。近づくにつれて、それが思う以上に大きいものだと分かった。
その目の前までたどり着くと、扉に施された龍のレリーフにむけて、ハインリヒ王子は両手をかざした。龍が紫を帯びたかと思うと、その重厚な扉がひとりでに開いていく。きしむような音がその場に重く響いた。
開ききった扉を躊躇なくくぐると、王子はついてくるようにと視線で促してくる。場の雰囲気に飲まれながらも、リーゼロッテはそれに従い、薄暗い扉の奥へと足を踏み入れた。
一歩踏み込んだ瞬間、押さえつけられるような圧が全身を覆う。じんとしびれるようなその感覚は、神聖でいて、畏怖を感じさせるものだった。
続いてカイが入った矢先に、再び扉が閉じていく。きしむ音に振り返ったリーゼロッテは、閉まりゆくその様を不安げに見やった。
「リーゼロッテ嬢、奥へ」
声をかけられ、部屋の中へと視線を戻す。王子が立つその辺りだけが、うすぼんやりとした明かりで照らされていた。奥までは見渡すことはできないが、ここはやたらと天井が高く、狭く細長い部屋のようだ。
王子が先へと歩き出す。後ろにいるカイの気配に押されて、リーゼロッテも無言でそれに続いた。ハインリヒが進むにつれて、壁の両側にある明かりが、順番にひとつひとつ灯っていく。
明るい範囲が広がり、細長い部屋だと思っていたこの場所は、奥まで続いている廊下なのだとようやく気づいた。狭く感じたこの空間も、廊下であるなら十分すぎるほどの広さと幅だ。
「王子殿下……ここは一体?」
まだ明かりが灯っていない廊下の先は、闇が広がるばかりで、その奥がどこまで続いているのかさえ分からない。胸元の守り石をぎゅっと握りしめて、リーゼロッテは無意識にハインリヒの方へと身を寄せようとした。
「それ以上は近づかないでくれ。また、先ほどのような目にはあいたくないだろう?」
白い手袋をはめた手で制されて、リーゼロッテははっとなりハインリヒから距離をとった。
ハインリヒ王子とぶつかったとき、王子の守護者が現れた。まるでリーゼロッテを王子から引き離すかのように。
「あれは本当に、王子殿下の守護者だったのですか……?」
「ああ、残念なことにね」
王子の言葉に異を唱えるのも憚られるが、そう聞かずにはいられなかった。だがハインリヒは、その問いを意に介した様子もなく歩を進める。
「あの女はわたしの守護者で間違いないと、そう神託に出た」
「神託に……?」
「シネヴァの森にいる巫女の神託だ。リーゼロッテ嬢も森の巫女の存在は知っているだろう?」
この国の最北の地に、オデラ湖という湖がある。それを取り囲むように大きな森が広がっていて、そこに魔女が住んでいるらしい。そんな話なら聞いたことがあった。
「森には魔女が住んでいると」
戸惑ったように答えると、ハインリヒ王子は立ち止まって、苦笑いを向けてきた。
「魔女か……。当代の巫女はわたしの高祖伯母にあたる方だが、まあそう言われても仕方のないことか」
「わたくし、不敬なことを……!」
はっと息をのみ、顔を青ざめさせる。
「いや、いい。婚姻の託宣を受けた貴族は、いずれシネヴァの森に向かうことになる。リーゼロッテ嬢も、その時に意味が分かるだろう」
リーゼロッテの言葉を気にした様子も見せず、王子は再び歩き出した。それ以上は聞き返すこともできずに、リーゼロッテも慌ててそれについて行った。
王子が進むごとに壁の明かりが順に灯されていく。明るい範囲は広がったが、この廊下はまだまだ続いているようだ。
不意に飾り気のなかった壁に、立派な額縁の絵が現れた。その前で一旦立ち止まると、ハインリヒはその絵を静かに仰ぎ見る。
「ここに並ぶのは託宣を受けた歴代の王と王妃たちだ」
王子が見上げているその絵は、ディートリヒ王の肖像画だった。燃えるような赤毛に金色の瞳をしたディートリヒ王が、じっとこちらを見下ろしている。
ハインリヒは次に反対側の廊下の壁に視線を向けた。そこにも一枚の肖像画が掲げられている。
「向かいにあるのが王妃の肖像だ」
そこにはイジドーラ王妃ではなく、ハインリヒにそっくりな女性が描かれていた。その右頬から顎のラインにかけて龍のあざがある。
前王妃のセレスティーヌなのだろう。先ほど視た守護者もハインリヒと似ていると思ったが、そこに描かれているセレスティーヌは、生き写しと言っていいほどだった。王子が化粧をしたら、きっともっとそっくりになるに違いない。
そんな不敬なことを思っていると、ハインリヒが苦しげにつぶやいた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】遅いのですなにもかも
砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。
王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。
数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
私の感情が行方不明になったのは、母を亡くした悲しみと別け隔てない婚約者の優しさからだと思っていましたが、ある人の殺意が強かったようです
珠宮さくら
恋愛
ヴィルジ国に生まれたアデライードは、行き交う街の人たちの笑顔を見て元気になるような王女だったが、そんな彼女が笑わなくなったのは、大切な人を亡くしてからだった。
そんな彼女と婚約したのは、この国で将来を有望視されている子息で誰にでも優しくて別け隔てのない人だったのだが、彼の想い人は別にいたのをアデライードは知っていた。
でも、どうにも何もする気が起きずにいた。その原因が、他にちゃんとあったこアデライードが知るまでが大変だった。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
死を回避するために筋トレをすることにした侯爵令嬢は、学園のパーフェクトな王子さまとして男爵令嬢な美男子を慈しむ。
石河 翠
恋愛
かつて男爵令嬢ダナに学園で階段から突き落とされ、死亡した侯爵令嬢アントニア。死に戻ったアントニアは男爵令嬢と自分が助かる道を考え、筋トレを始めることにした。
騎士である父に弟子入りし、鍛練にいそしんだ結果、アントニアは見目麗しい男装の麗人に。かつての婚約者である王太子を圧倒する学園の王子さまになったのだ。
前回の人生で死亡した因縁の階段で、アントニアは再びダナに出会う。転落しかけたダナを助けたアントニアは、ダナの秘密に気がつき……。
乙女ゲームのヒロインをやらされているダナを助けるために筋トレに打ち込んだ男装令嬢と、男前な彼女に惚れてしまった男爵令嬢な令息の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は、写真ACよりチョコラテさまの作品(作品写真ID:23786147)をお借りしております。
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる