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第5話 仕組まれた偽装結婚
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「こんな話、あんまりです!」
夜遅くに鏡台の前に座り、アンドレアは侍女のマリーに髪をとかれていた。
「普通はそう思うわよね……」
「ええ、ええ、そうですとも! アンドレア様があんまりにもお可哀そうですっ」
マリーはアンドレアが子供のころからの侍女で、シュナイダー家に嫁ぐときに一緒についてきた数少ない理解者だ。
「ライラ様は昔からわがままでいらっしゃいましたけど、まさかここまでとは……婚姻後のポール様の態度もずっとどうかしてましたし、その上旦那様までグルだったなんて……!」
「そうよねぇ、普通はそう思うわよねぇ……」
どこか他人事のようにつぶやいた。
ある程度心を麻痺しておかないと、アンドレアの精神がどうにかなってしまいそうだ。
「あまりの非常識に呆れ果てて、このマリー、開いた口が塞がりませんっ」
「その割にはよく動く口ね」
「す、すみません! わたしったら調子に乗ってっ」
「いいのよ。わたくしを心配してくれているのでしょう? ありがとう、マリー」
マリーに当たっていても仕方ない。
これからどうしたものかとアンドレアは物憂げにため息をついた。
「わたくしこそ、調子に乗り過ぎたのがいけなかったのよね……」
「そんなことありません! アンドレア様は完全に被害者です!!」
「でも、わたくしが領地の仕事を引き受けさえしなければ、今ごろは離縁されて自由の身になっていたのではないかしら?」
「それはそうかもしれませんが……そ、そもそも離婚が前提で偽装結婚を企てるだなんて、アンドレア様を馬鹿にし過ぎです!」
マリーは顔を真っ赤にして涙目になっている。
酸欠で今にも倒れ込みそうな剣幕を見て、かえってアンドレアは冷静になった。
「仕事を放棄する手もあるけれど……」
「そうです! それがいいです!」
「だけれど楽しいのよね、領地の仕事って」
言っていて遠い目になってしまう。
今思うと、せっせと波乱の種を蒔いていたのは、他でもないアンドレア自身だったのだから。
アンドレアとポールは従姉弟同士だ。
母とともにシュナイダー家に遊びに行っては、ポールの勉強によくつきあっていた。
五歳下のポールはできの悪い弟のような存在で、勉強を嫌うポールを押しのけてアンドレアが家庭教師を質問攻めにして辟易させるのがいつものことだった。
そのことを父ケラー侯爵は良く思っていなかったようだ。
しかしシュナイダー公爵は笑って好きにさせてくれたため、アンドレアの領地経営の手腕はめきめきと上達していった。
(お父様はきっとそこを利用したのよね。ポールにすり寄ればケラー家は今後も安泰だから……)
王位継承権第二位のポールは、次期国王になる可能性が高い。
アンドレアたちの祖父である国王は、御年九十歳を越え現在は病床に就いている。
王太子である継承権第一位の伯父がいるが、彼も六十歳を越えていた。気弱な性格もあって、自身が王位を継ぐことに消極的になっているらしい。
状況から見てポールに軍配が上がり過ぎている。
現状を覆すことはアンドレアには困難に思えた。
「仕事の手を抜くなってお父様にも言われてしまったし、シュナイダー家が傾くようなことになったら、わたくしもマリーも行くところを失ってしまうわ」
手抜きをすればポールが大激怒するだろう。
家からは追い出されるだろうし、そうなったとき父が出戻ったアンドレアをケラー家に迎え入れるとは思えない。
「やっぱりアンドレア様は、あのときエドガー様の元に嫁ぐべきでしたのに……」
「いまさらそれを言っても仕方ないわ」
「ですが! エドガー様ならアンドレア様を絶対に幸せにしてくださったはずです!」
「エドガーとだって政略結婚だったのよ? どうしてそう言い切れるのよ」
「そんなの見ていれば分かりますっ」
力説するマリーにアンドレアは首を傾げた。
元婚約者のエドガーは、いつも飄々として何を考えているかいまいち掴めない男だった。
彼も幼馴染で、確かに幼いころからの仲ではあった。だがそれほどアンドレアを慕っていたようには思えない。
「どのみちエドガーは今はライラの婚約者だし……お父様はそこら辺のことはどう処理するつもりなのかしら?」
ポールの愛人と化したライラを、さすがにそのままエドガーに嫁がせるわけにはいかないだろう。
過去に一度、婚姻直前でアンドレアとの婚約を一方的に反故にしたのだ。
貴族社会では婚約は契約の一種だ。違約金を支払ったとはいえ、二度目の暴挙はケラー家の信用にも関わってくる。
「一度ケラー家に行ったほうがよさそうね」
ため息交じりに漏らす。
アンドレアの兄はエドガーの姉を妻に迎え入れている。
彼女もアンドレアの幼馴染で、本当の姉のように親っている女性だった。
「なんとか時間を作って一度帰ることにするわ。ポールも里帰りじゃ文句も言えないでしょうし」
行ったところで状況は変えられないだろうが、話を聞いてもらえるだけでもアンドレアの心が救われる。
どうしてこんなことになってしまったのかと、アンドレアはもう一度ため息をついた。
夜遅くに鏡台の前に座り、アンドレアは侍女のマリーに髪をとかれていた。
「普通はそう思うわよね……」
「ええ、ええ、そうですとも! アンドレア様があんまりにもお可哀そうですっ」
マリーはアンドレアが子供のころからの侍女で、シュナイダー家に嫁ぐときに一緒についてきた数少ない理解者だ。
「ライラ様は昔からわがままでいらっしゃいましたけど、まさかここまでとは……婚姻後のポール様の態度もずっとどうかしてましたし、その上旦那様までグルだったなんて……!」
「そうよねぇ、普通はそう思うわよねぇ……」
どこか他人事のようにつぶやいた。
ある程度心を麻痺しておかないと、アンドレアの精神がどうにかなってしまいそうだ。
「あまりの非常識に呆れ果てて、このマリー、開いた口が塞がりませんっ」
「その割にはよく動く口ね」
「す、すみません! わたしったら調子に乗ってっ」
「いいのよ。わたくしを心配してくれているのでしょう? ありがとう、マリー」
マリーに当たっていても仕方ない。
これからどうしたものかとアンドレアは物憂げにため息をついた。
「わたくしこそ、調子に乗り過ぎたのがいけなかったのよね……」
「そんなことありません! アンドレア様は完全に被害者です!!」
「でも、わたくしが領地の仕事を引き受けさえしなければ、今ごろは離縁されて自由の身になっていたのではないかしら?」
「それはそうかもしれませんが……そ、そもそも離婚が前提で偽装結婚を企てるだなんて、アンドレア様を馬鹿にし過ぎです!」
マリーは顔を真っ赤にして涙目になっている。
酸欠で今にも倒れ込みそうな剣幕を見て、かえってアンドレアは冷静になった。
「仕事を放棄する手もあるけれど……」
「そうです! それがいいです!」
「だけれど楽しいのよね、領地の仕事って」
言っていて遠い目になってしまう。
今思うと、せっせと波乱の種を蒔いていたのは、他でもないアンドレア自身だったのだから。
アンドレアとポールは従姉弟同士だ。
母とともにシュナイダー家に遊びに行っては、ポールの勉強によくつきあっていた。
五歳下のポールはできの悪い弟のような存在で、勉強を嫌うポールを押しのけてアンドレアが家庭教師を質問攻めにして辟易させるのがいつものことだった。
そのことを父ケラー侯爵は良く思っていなかったようだ。
しかしシュナイダー公爵は笑って好きにさせてくれたため、アンドレアの領地経営の手腕はめきめきと上達していった。
(お父様はきっとそこを利用したのよね。ポールにすり寄ればケラー家は今後も安泰だから……)
王位継承権第二位のポールは、次期国王になる可能性が高い。
アンドレアたちの祖父である国王は、御年九十歳を越え現在は病床に就いている。
王太子である継承権第一位の伯父がいるが、彼も六十歳を越えていた。気弱な性格もあって、自身が王位を継ぐことに消極的になっているらしい。
状況から見てポールに軍配が上がり過ぎている。
現状を覆すことはアンドレアには困難に思えた。
「仕事の手を抜くなってお父様にも言われてしまったし、シュナイダー家が傾くようなことになったら、わたくしもマリーも行くところを失ってしまうわ」
手抜きをすればポールが大激怒するだろう。
家からは追い出されるだろうし、そうなったとき父が出戻ったアンドレアをケラー家に迎え入れるとは思えない。
「やっぱりアンドレア様は、あのときエドガー様の元に嫁ぐべきでしたのに……」
「いまさらそれを言っても仕方ないわ」
「ですが! エドガー様ならアンドレア様を絶対に幸せにしてくださったはずです!」
「エドガーとだって政略結婚だったのよ? どうしてそう言い切れるのよ」
「そんなの見ていれば分かりますっ」
力説するマリーにアンドレアは首を傾げた。
元婚約者のエドガーは、いつも飄々として何を考えているかいまいち掴めない男だった。
彼も幼馴染で、確かに幼いころからの仲ではあった。だがそれほどアンドレアを慕っていたようには思えない。
「どのみちエドガーは今はライラの婚約者だし……お父様はそこら辺のことはどう処理するつもりなのかしら?」
ポールの愛人と化したライラを、さすがにそのままエドガーに嫁がせるわけにはいかないだろう。
過去に一度、婚姻直前でアンドレアとの婚約を一方的に反故にしたのだ。
貴族社会では婚約は契約の一種だ。違約金を支払ったとはいえ、二度目の暴挙はケラー家の信用にも関わってくる。
「一度ケラー家に行ったほうがよさそうね」
ため息交じりに漏らす。
アンドレアの兄はエドガーの姉を妻に迎え入れている。
彼女もアンドレアの幼馴染で、本当の姉のように親っている女性だった。
「なんとか時間を作って一度帰ることにするわ。ポールも里帰りじゃ文句も言えないでしょうし」
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