魔界公務員と代行者

まかろん まよね

文字の大きさ
2 / 12

2 馴れ初め(前半)

しおりを挟む
 「こちらをご確認ください」

 謎の男とフェンスの前で向かい合ったまま。
 フリーズしていた善夜の思考を再稼働させたのは、彼が差し出した黒地に白い文字の印刷されたカードだった。
 彼女は「あ……」と、反射的に受け取ると――自分に注がれる視線から逃れようと、この黒いカードをじっと見つめた。サイズと内容からして、名刺だろうか。

「まかい、がい……ざい……ざい、りゅう…………?」
「魔界外在留管理局 人間界支局 在留管理及び捜査・取締課に所属するオフィサーと申します」

 カードに顔を近づけて懸命に読み上げる善夜を見かねてか、謎の男・オフィサーが淀みなく自己紹介をする。

「一言であらわせば『魔界の公務員』です」
「ま、魔界の……公務員……」

 オウム返しに繰り返し。彼女は戸惑い気味に目の前で姿勢よく立っているオフィサーを眺めた。

(だから、『オフィサー』さん……?)

 改めて善夜は、目の前の男を怖々ながらも見上げる。
 彼はかなり背が高い。自分の身長は160センチを超えたぐらいだから、彼は180センチを優に超えている。見上げすぎて首の後ろが痛い。

「ご確認いただけたでしょうか?」
「!」

 オフィサーの声で我に返った善夜は、慌ててカードに視線を戻す。細かい文字にもカードの裏にもまだ目は通していないが、

「は、はい……」

 待たせるのも怖くて、とりあえずコクンと小さく頷いた。すると、

「では次に――」

 彼は彼女の手からカードをさっと取り上げると、

「お名前をうかがってもよろしいでしょうか」

 カードを上着の内側にしまいながら尋ねてきた。
 その手を何となく目で追っていて気付いたが、彼の装備も本人に劣らず異様だった。黒を基調とした軍服のような制服には見たことのないマークが描かれた腕章がついている。腰の剣帯には漆黒の剣と先ほどのガラケーのような黒い端末――そして、何に使うのかわからない小さな扉のキーホルダーのようなものが吊ってあった。
 やっぱり、普通の人間じゃ……

「――あなたのお名前を聞いています」
「! ごめんなさいっ……」

 我に返り、善夜は慌てて謝罪すると、

「ゴメンナサイ……?」

 オフィサーは僅かに眉をひそめて続けた。

「それがあなたのお名前ですか……?」
「違いますっ!」

 思わずツッコミを入れるように答えてしまった。
 善夜は仕切り直すようにコホン、と小さく咳払いをしたのち自己紹介をした。

「よ、善夜……です」
「ヨヨヨさん」
「善夜、です……!」
「善夜さん」

 善夜から訂正がないことを確認し、オフィサーは改めて告げた。

「あなたには私の公務を代行していただきます」

 善夜はきょとんとした顔で彼を見上げる。

「だいこう……?」
「あなたの身体を支配させていただきます」
「――え?」

 聞き返す間もなく、オフィサーがこちらに向かって手を差し伸べ――彼女は思わず自分を庇うように両手を上げて目を閉じる。

 直後、右手に掴まれたような温かい圧迫感。今度は驚いて肩を弾ませ、

「……」

 それだけだった。
 謎の沈黙に耐えられず怖々と目を開けると、

「!?」

 オフィサーの姿がない。

「……あれ?」
『――私に支配されるだけの簡単な仕事です』
「――!!?」

 それでもすぐ近くで聞こえる彼の声に、驚き周囲を見回す善夜。

「えっ……お……」

 そんな彼女の右手がグン、と大きく上がった。
 自分が驚くよりも先に響いた金属音に、善夜は思わず目を閉じて、

(今度はなに……!?)

 心の中で愚痴りつつ、慎重に目を開けて。

「…………――!!?」

 音のした方向――すなわち上がったままの自分の右手を確認し、絶句した。
 いつの間にか、剣が握られている。オフィサーの剣帯に吊ってあったものだ。柄から剣先まで黒一色。光すら反射しないそれは、剣の輪郭をした底なしの暗闇を思わせた。
 不意に、視界の奥から銀色の鎖が飛んでくるのが見えた。風切り音とともに殺到するそれを、善夜の右腕が――

「――え!?」

 勝手に動いた。
 振るわれた剣が、きんっ! と鎖を弾き飛ばす。もちろん彼女にそんな技術はない。

「え……勝手に……!?」
『時間固定されているため、固定対象への損害は発生しません』

 パニックで言葉が出にくい善夜に、オフィサーの声が淡々と説明する。
 飛ばされた鎖は屋上のアンテナに引っかかるように絡みつき、そのままどこかへ続く足場のようにピンと張られた。
 さらに再び飛んできた次の鎖も、善夜の右腕の剣によって――

 かんっ! ……ごつ。

 弾かれ、屋上に佇む児童の1人に直撃した。

「あっ……!!」
『ですので、損害は発生しません』
「あ、そうなんですね……よかっ……」

 間髪入れずに善夜の右腕が剣を振るう。
 タイミングを外すように素早く撃ち込まれた鎖も黒い刃が難なく弾き、職員の男に絡みつき――これもまた、足場のようにどこかと結ばれているようにピンと張られた。

「――うわあああああああああ!!!!?」
『……どうしましたか?』

 突如目を剥いて絶叫する彼女に、オフィサーの声が怪訝そうに尋ねる。

「すいません……ビックリしちゃって……」
『今、驚かれるのですね』
「すいません……感情が追いつかな……」

 言いかけて彼女はハッと我に返り、

「ってそうじゃなくてオフィサーさん、どこにいるんですか? 何が、どうなって……」

 不安いっぱいに周囲を見回しながら改めて尋ねる。
 その時だった。

「……え……?」

 視界の端に、見たことのない色のモヤが漂っているのが見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたくしが代わりに妻となることにしましたの、と、妹に告げられました

四季
恋愛
私には婚約者がいたのだが、婚約者はいつの間にか妹と仲良くなっていたらしい。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

処理中です...