魔導士と巫女の罪と罰

羽りんご

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第一章

魔導士は異世界に飛ばされた

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 勇者召喚から3日が経過した。その夕刻時。ステラは自分の事務室で今後の予定を確認していた。
「明日の予定ですが午前中は勇者達に魔法の授業。午後は大臣達と会議。夕方は勇者達と会食でございます」
 ステラは身なりを整えながら部下の魔導士から明日の予定を聞いていた。
「ご苦労様。では私は魔法陣の点検に向かいます。夕食までには戻ります」
「かしこまりました」
 魔導士が退室した後、ステラは手元の書類をまとめ、城の地下にある魔法陣の間へ向かった。

 重い扉を開け、付近の燭台に火を灯すと広間の床に描かれた輝きを失った魔法陣が目に映った。勇者召喚のために構築された魔法陣である。ステラはその中心に立ち、思考した。
(後一週間で勇者達の出陣か……)
 自分達が召喚し、訓練を積んだ勇者達は確実に成長している。このままの調子ならば出陣までに十分な実力を身に着けるだろう。
(今度こそ魔王を倒せるだろうか?)
 実は勇者召喚はこれが初めてではなかった。彼女が宮廷魔導士の称号を与えられてから二年間、勇者召喚は過去三回行われ、今回で四回目となる。過去に召喚した勇者達の音信は既に途絶え、行方は未だにわからない。

(場合によってはまたこれを使わなくてはならないかもしれない)

 今回の勇者達の犠牲を想定しながら暗い天井を見上げた。

『私達、元の世界に帰れるのかな?』
『お父さんとお母さん、心配しているかも』
『元の世界のごはんが食べたいなぁ』

 この国に滞在中の勇者達がそんな話をしていた。召喚されたばかりの時は期待と高揚に胸を膨らませていたが、やはり元の世界が恋しいのだろう。国王から魔王とその軍勢の脅威について聞かされてその残虐性を知り、不安を覚える者もいた。

『そ、そんな奴らに勝てるのかよ?』
『なんだよ貴司たかし、ビビッてんのか?』

 過去の勇者達も同じような話をしていた。彼らの気持ちは理解できる。しかしこうしている間にも魔王の軍勢の侵攻は続いている。戦わなければより多くの人間が命を落とす。それを阻止するためにも我々には勇者召喚が必要なのだ。勇者達は王国の、いや、世界の希望なのだ。王国のため、世界のため、そして女神エターニア様のためにも魔王と戦わなければ。
 思考を終えてフードを被り直し、足元に目を向けるとステラは魔法陣の異変に気付いた。何かがおかしい。術者である自分が詠唱していないにもかかわらず魔法陣が光を放っていたのだ。その光は赤黒く、その場を離れようとしても両足は石膏で固められたかのように動けなかった。

「こ、これは一体…?」

 赤黒い光は一瞬にして輝きを増し、彼女の視界を奪った。まもなくしてほんのり冷たい風が頬を撫で、鳥のさえずりが聴こえた。
 おそるおそる目を開くと、大理石の床があったはずの足元には魔法陣はすでになく、様々な野草が生い茂る大地が広がっていた。体が自由を取り戻したことに気付いたステラは辺りを見回すと周辺には赤や黄色の葉をつけた木々が林立していた。

 「そ…外?」
 
 見たところどこかの森の中のようであった。見上げると空は青く澄み渡り、太陽は高く昇っていることから時間は正午ぐらいであろう。先程まで夕暮れ時だったはず。まるで時が巻き戻ったかのようだ。一体何が起きたのだろうか?そもそもなぜ魔法陣が突然起動したのだろうか?
 あの魔法陣は術者が魔力を注入し、特殊な文言を詠唱して初めて起動するものである。しかし、あの時魔法陣は独りでに起動した。しかも勇者を召喚することなく自分を別の場所に転送するという全く異なる事象を発現した。何者かが魔法陣に細工をした?ありえない。あの部屋に自分以外の人間が入った痕跡はなかった。以前召喚した勇者達が魔法陣に干渉した様子もなかった。
 とにかく、城に戻り、魔法陣を調べなくては。自分の位置を確かめるべく風魔法を詠唱しようと右手を上に掲げた。

「何をしているの?」

 不意に声を掛けられて振り向くと背後に女性が怪訝そうに佇んでいた。うなじが隠れる程度に伸びた黒髪。純白の小袖と真紅の袴の衣装に身を包み、右手に唐草模様の買い物袋を携えていた。

「だ、誰?」
「私?見ての通りの野暮ったい巫女さんよ」
 巫女と称する女性は自嘲気味に話した。
「み、巫女?」
 巫女という存在はよく知っている。王国内にある女神を祀る神殿にて特別な儀式によって神の声を聞き、それを我々に伝える。言わば『神の使い』である。ステラも何度か会ったことがあるが、その時の巫女はとても厳格で神の代弁者に相応しい風格があった。
 それに対して目の前の女性は自分の知る巫女のイメージとは程遠く、顔立ちこそ美しいがどこか締まりがなく威厳を感じない。それに巫女は重要な用事がない限り神殿の外に出ることはない。改めて周りを見渡すが神殿らしき建物は見当たらない。
「その…巫女様がこんなところで何をしているのですか?」
「買い出しよ。ちょっと家の鏡が割れちゃってね」
「か、買い出し…?」
 マスティマ王国において巫女という地位は低いものではない。少なくとも買い出しなどという些細な用事で外出するなど考えられない。
「ということは…ここはマスティマ王国ではないのですか?」
「マスティマ王国?聞いたことないわね」
「ご、ご存知ないのですか!?エーテリアにおいて最大の王国であり、邪悪な魔王とその軍勢に唯一対抗できる国ですよ?」
「魔王?」
 巫女は左右を見渡し、改めて目の前の少女を一瞥した。
「それっぽい奴はいないようだけど?」
「いやいや!動物みたいにその辺にいるような存在じゃないですから!」
 そう突っ込みながらもステラは周囲の魔力を探ったが、巫女の言う事にも納得できた。どれだけ抑えていても魔王という強力な存在は遠くからでもその魔力を感じ取ることができる。しかし今は魔王どころか付近の弱小な魔物の魔力すら感じない。まるで魔物など最初から存在しないかのようだ。巫女ならば遠くの魔力を探知することは容易いはず。
「ここは天城国あまぎのくに和本わもと列島に住む悪党達のたまり場よ」
「あ、アマギ?ワモト?」
 聞き覚えのない地名であった。ステラは頭の中にエーテリアの世界地図を思い浮かべるが、心当たりは全くない。
「まさか……異世界?ここは異世界なのですか?」
「何を訳の分からないこと言ってんの。だいたい、誰よあんた?」
「し、失礼いたしました。私は…」
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