魔導士と巫女の罪と罰

羽りんご

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第一章

なぜか魔法が使えなくなった

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 ステラはここに来るまでのいきさつを話した。エーテリアと呼ばれる世界、そこで猛威を振るう魔王とその軍勢に対抗すべく魔法陣を用いて勇者を異世界から召喚していること。その魔法陣の異常によってこの世界に飛ばされたこと。巫女はそれらの話を静かに聞いていた。

「ふーん…その『魔王』って奴に対抗するために異世界から『勇者』を召喚している…っての?」
「その通りです。彼らこそ魔王を打ち倒し、エーテリアに平和を」
「虫唾が走るわね」
「え?」
 話に熱が入りだしたところに思わぬ言葉を投げかけられステラは一瞬固まった。
「何の関係もない人間を余所から引っ張り出して急に『勇者になって魔王と戦え』だ?私から言わせりゃ只の誘拐よ」
「ひ、人聞きの悪いことを!戦わなければ世界は魔王によって滅びるのですよ!今でもエーテリアの人々は奴らの侵略に苦しめられているのです!」
「私には関係ないわね。そもそも戦いの経験もない人間を危険な戦場に送り込み、自分達は高みの見物なんてあなた達はとんだ外道だわ」
「何を言うのですか!魔王を倒せるのは選ばれた勇者のみ!その勇者に力を授け、導くことがエーテリアの神から私達に与えられた使命なのです!」
「神?」
「そうです!私達の世界エーテリアを創造主である女神エターニア様!地水火風の恵みも魔法も勇者の力も皆女神様から授けられた祝福なのです!」
 ステラは誇らしげに信仰する女神について語った。
「その祝福を歪め、世界に仇なす魔王を滅ぼすために勇者も私達も命を懸けて戦っているのです!」
「どこの神もクソッタレなところは似ているのね」
 巫女は肩を竦めながら鼻で笑った。
「な…!あ、あなた何て無礼なことを!」
 神に対しあまりにも汚らわしい言葉を口にした巫女に腹をたてたステラは思わず立ち上がり、声を荒らげた。
「あなたは巫女なんでしょう?それなのになんですかその言いぐさは!?ましてや私達の神に対しなんたる侮辱!!恥を知りなさい!」
「知ったことじゃあないわ。それじゃああんたはその女神様のために喜んで死ぬわけね?ほんっと神って奴は血と争いが大好きね」
 あくまでも態度を改めない巫女を目の当たりにし、ステラの怒りは頂点に達した。

「一度ならず二度までも神を侮辱するなど…許すわけにはいきません!」
「だとすれば…どうするの?信仰深い宮廷魔導士さん?」
 小首を傾げる巫女をよそにステラは三歩下がり、体内の魔力を昂らせた。
「女神様から授かりし魔法の力、その身をもって思い知りなさい!」
 明確な攻撃の意図を感じ取った巫女は懐に右手を入れ、四肢に力を入れ身構えた。その表情にもようやく警戒の色が見えた。この巫女に戦いの心得があるかどうか知らないが、ろくに魔力も持たず、神への敬意もない痴れ者は一度懲らしめる必要がある。自分はマスティマ王国随一の宮廷魔導士。戦いにおいても王国の騎士団や勇者に遅れをとることはない。王国に迫る幾多の魔物達を討ち取ってきた。自分が負ける理由などない。絶対的な自信と共にステラは両手を前にかざし、詠唱を始めた。 

「…風よ、集いて我が敵を切り裂け!『ウィンド』!」

 詠唱を終えたステラの手元に空気が集まり、それはかまいたちとなり巫女に襲い掛かり、彼女の身体を切り裂く…ことはなかった。

「……は?」

 数秒間の静寂の後、構えを維持したまま巫女は困惑した声を漏らした。かまいたちどころかそよ風さえも巫女の身体に触れた感触がない。

「う、うそ?どうして?」

 ステラはもう一度詠唱し、両手を振りかざすがやはり何も起こらない。

「なぜ?なぜ魔法が発動しないの?」
 鍵となる文言に一句の誤りもない。魔力は十分にある。それなのに魔法が全く発動しない。元の世界では魔法の発動を阻害する手段はいくつか存在するが、周りを見渡してもそれらしいものは見当たらない。宮廷魔導士らしからぬ動揺を続ける少女を巫女は呆れながら眺めていた。
「…何なの?これ…」
 宮廷魔導士と名乗る少女が使う『魔法』というものに正直興味があった巫女だが、その結果はあまりにも拍子抜けであった。まるで手品に失敗した大道芸人を見ているような気分だ。もし見物料を支払っていたら返却を要求しているところだ。少女はいまだに魔法の使用を試みている。敵を目前にしてここまで隙をさらすとは。おそらく魔法以外の戦い方を知らないのだろう。

(…どうしたものかね…)
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