魔導士と巫女の罪と罰

羽りんご

文字の大きさ
上 下
5 / 17
第一章

巫女は殺戮者だった

しおりを挟む
 巫女が様子を窺っていると、右側から剣呑な気配が近づいてきた。横手の茂みが不自然に揺れ、巨大な影が宮廷魔導士に飛びかかろうとしていた。

「危ない!」

 巫女はステラを勢いよく突き飛ばした。その背後を影が通り過ぎ、ステラは背中から地面に叩きつけられた。その衝撃で頭のフードが外れた。

「いたっ!」

 仰向けに倒れたステラは一瞬何があった理解できなかった。上半身を起こし、正面に目をやるとそこには全長3メートル程の黒光りする鱗を持つ三首の大蛇が佇んでいた。目前の獲物を捕食せんとばかりに三つの首が一斉に舌を鳴らした。
「!…ま、魔物?この世界にも魔物が?」
「妖怪か…空気を読んでほしいわね…」
 巫女は煩わしそうに呟き、ステラに目をやることなく身体を起こし、妖怪と呼ばれた大蛇に向き合った。懐から取り出した札を持ったまま右手を横一閃に振りかぶった瞬間、三つの首が切り離された。胴体の切り口から多量の血しぶきが溢れ、純白の小袖に赤い染みが付着した。その右手の札はいつの間にか小刀に姿を変えていた。三つの首が宙を舞い、無数の太刀筋がそれらを包み込んだ。地面に落下した時にはすでに三つの首は小間切れの肉片と化していた。

「な…!」
 
 ステラは目を見開き、信じ難い光景に驚愕した。この巫女は巨大な大蛇を前にしても物怖じせず、札一枚を一瞬で刃物に変え、いとも簡単に大蛇を打ち倒した。しかもこの一連の流れに魔力を使った痕跡は一切感じられない。

「馬鹿な…!餓羅々がららが一瞬で殺られただと!?」
 茂みに隠れていた黒ずくめの男は驚きの声をあげた。賞金目当てに巫女の命を狙っていたこの妖怪使いは隙をついて付近の妖怪を差し向けたが、その目論見は完全に打ち砕かれた。その間抜けな声の主を巫女は見逃すはずがなかった。男が巫女と目が合った時にはすでに遅く、 巫女の右手から放たれた小刀は男の眉間を貫いた。
「があっ!?」
 男が断末魔をあげと同時に巫女は距離を詰め、男のみぞおちに札を貼り付けた。その札には『爆』と書かれていた。

「爆ぜろ」

 静かに巫女が呟くと札は一瞬にして光を放ち、爆音と共に男の腰から上は吹き飛ばされた。肉片や血しぶきが巫女の体に降りかかり、顔や衣服を赤く染め上げた。残された下半身は両膝をつき崩れ落ちた。

「お、おのれぇー!」
 隠れていたもう一人の黒ずくめの男が飛び出し、巫女の左側から刀を突きだした。巫女はそちらに目をやることもなく上体を反らし、その目前を刀が通り過ぎた。バランスを崩した男の背中を目掛けて勢いよく蹴りを入れた。
「うごぉ!」
 腰を砕かれた男はうつ伏せに倒され、落とした刀を拾おうと右手を伸ばした。その行為を巫女が許すことはなく、『矢』と書かれた札を二枚投げつけた。札は標的に向かいながら矢に姿を変え、男の右手を貫いた。
「ぎゃあぁぁぁあばっ!」
 悲鳴をあげる男の意も解さずに巫女は男の後頭部を思いきり踏み潰した。男の頭はスイカのごとく砕け散り、血や肉片が周囲に飛び散った。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 隠れていた三人目の黒ずくめの男が恐怖に囚われ、背を向けて全速力で逃げ出した。しかし、その両足のアキレス腱に矢が突き刺さり、逃亡を妨害した。両膝をついた男は目の前の木に手をつき身体を支えた。助けを呼ぼうとした時はすでに遅く、巫女は男の首を掴んでいた。
「や、やめてくれぇぇぇぇ!」
 巫女は男の命乞いに耳を貸すことなく、その背中に手刀を突き刺した。手刀は男の胴を貫通し、反対側から赤く染まって飛び出した。
「あ、あばっ…」
 男の口から血がこぼれた。巫女は腕を引き抜き、男の首をへし折った。

「あ……あぁ……」
 一連の流れを見ていたステラに助かったという安堵感などなく、殺戮と呼ぶにふさわしい戦いに恐怖し、未だ立ち上がれずにいた。

(ひ、人殺し……)

 自衛のためとはいえ魔物はともかく同じ人間に対してあまりに過激で残虐な攻撃。自分が知る巫女としては考えられない、いや、許されない行為であった。それをこの巫女は涼しい顔でこなしている。自分はそんな相手に制裁をくわえようとしていたのか?ステラは自分の浅はかさを呪った。
 周辺の殺気が消えたことを確認した巫女は手に付いた血を袴で拭いながら恐怖に震える少女の方に振り替える。返り血に染まったその表情は殺戮の後とは思えないほど穏やかであった。
「やっと落ち着いた…で、何の話だったっけ?」
しおりを挟む

処理中です...