異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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序章

魔勇者の少女

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「此度の戦、見事な働きであった。魔勇者まゆうしゃよ」

 玉座から魔王が声をかけた。彼の視線の先にいるのは跪き、頭を下げる黒髪の少女――魔勇者である。彼女は少女にしては不似合いなほどに禍々しい黒衣に身を包んでいる。

「苦しゅうない、表をあげよ」
 魔王が命ずると魔勇者は無言で顔をあげる。 
「さすがは魔勇者様!たった一人で三百の軍勢を制圧してしまうとは!」
 側近が称賛の声をあげる。今回の戦で敵の侵攻を大幅に遅らせることができたのだ。側近のみならず、魔王にとっても喜ばしい戦果であった。

「この程度の任務、大したことないわ」
 少女は不遜な態度で返答する。王に対する言葉としては礼を失した対応である。しかし、魔王は咎めることなく少女を静かに見下ろす。側近でさえも彼女の態度に立腹することはない。それほどまで彼女の力は認められているのだ。
「今のおぬしならばこの武器を使いこなすことができよう」
 魔王が指を鳴らすと魔物が宝箱を運んできた。その中身は赤黒の禍々しい剣であった。
「それは獄炎剣。刃に宿りし黒き炎が獲物を捉え、内側から焼き尽くす。次の任務で必ず役に立つであろう」
「新たな力、ありがたく頂戴いたしますわ」
 魔勇者はわざとらしいほど仰々しく、厳かな手つきで新しい武器を受け取った。

「それにしても余が与えた力、ずいぶん馴染んだようだな」
「えぇ、敵を斬り、生命いのちを喰らうたびに力が増しているみたい…なんならもう一戦望んでもいいくらいよ」
 魔勇者は鼻を鳴らした。
「頼もしいな。だが、無理をするでない。今日は食事をとり、ゆっくりと休むがよい…」
 魔王はその禍々しい雰囲気から想像もつかぬ気遣いの言葉をかけた。
「本日のおすすめメニューは焼肉だそうでございます。たくさん食べて精をおつけください」
 側近が親切に夕食の献立を教えてくれた。その内容を聞いただけで魔勇者の腹の音が部屋中に響いた。魔勇者は顔色一つ変えず片膝をついていたが、その内心、後で側近を殴ろうと思っていた。

「今後ともよろしく頼むぞ、魔勇者よ。では下がるがよい」
「ははっ」
 魔勇者は一礼し、衛兵に案内されて退室した。

「…クソ魔王め…」

 誰もいない廊下のど真ん中で魔勇者は一人呟いた。

(まさかこんなに大活躍するとはね…)

 魔勇者の活躍に驚いているのは魔勇者自身であった。廊下を歩き、自室に向かう途中彼女はこれまでの出来事を振り返った。つい最近まで剣さえも振るったことすらない普通の人間だったのだ。こうなった一つのきっかけは一冊の本であった。

 あの本に書かれたあの言葉。それを朗読した時、全てが始まったのだ。
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