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第一章

魔勇者に任命される

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「…まゆ……何?」  

 言ってる意味がわからない。私がまゆなんとか?

「魔勇者だ。これからおぬしは魔勇者シズハとなるのだ」
 魔王は丁寧にもう一度教えてくれた。あ、これはご親切に…って違う!
「魔勇者って何よ?魔王の勇者だから魔の勇者…ってわけ?」
「そうだ」
 魔王はあっさりと言い切った。
「おぬしは我が呼び声に答えてくれたであろう?ゆえにこの地に召喚したのだ」
「…はぁあ?えぇえ?!」
 思わず変な声が出た。全く心当たりがないんだけど?……いや、ある。さっき読んでいた本に書いてあったあの変な文章。あれを朗読したことでこの魔王の『呼び声』に反応したと思われたのだろう。
「な、なんでよ?そもそもなんで私がこの世界に呼ばれたのよ?」
 当然の疑問を私は投げかけた。魔王と言えば大抵のラノベでラスボスあるいは主人公として扱われる存在。しかし、そいつが勇者を召喚するなんて作品は見たことがない。探せばあるかもしれないけど。
「簡単に説明しよう。現在我々魔族は人間達と敵対関係にあり、各地で交戦している状況だ」
 魔王は淡々と説明を始めた。まぁ、よくある話ね。
「しかし、戦火が予想以上に広がり、戦力不足に悩まされているのだ。各地に展開している余の配下達が奮戦しているが、それでも状況は芳しくない」
 ふむふむ。
「そこで余はある魔法を開発した。余の力を分け与えることで、一騎当千の力を持つ『魔勇者』を作り出す魔法だ」
 すんごい魔法だなおい。
「その魔法の被験者を求めて余は異世界に呼び声をあげたのだ」
 なるほど。だから私がこの世界に呼ばれたわけね。その辺は納得できた。しかし、一つの新たな疑問が生じた。
「でもなんでわざわざ異世界から人間を引っ張る必要があるの?」
 魔勇者とやらを作るだけならば自分の世界の奴を使えばいいじゃないの。
「この魔法を使うのは初めてであるがゆえ、余を慕う民を使うのは気が引けるのでな…その点、異世界の赤の他人ならば後腐れなく実験できると思うたのだ」
 ぶっちゃけやがったよ!しかも初めてなんかい!
「で、私にその魔勇者一号の実験体になれっての?冗談じゃないわよ!」
「ほう?不服と申すか?」
「当然よ!私はラノベの主人公みたいに求めにホイホイ応じるようなお人よしじゃないのよ!さっさと元の世界に帰しなさい!」
 当たり前の反応を私は魔王にぶつけた。魔勇者だかなんだか知らないが、全く関係のない争いに巻き込まれるなんて御免被るわ!
「…残念ながら、それはできない…」
「な…!それはどういう――」
 魔王が私に向けて人差し指を突き出すと、その指先に黒い光が集まった。その光が野球ボールほどの大きさになると私目掛けて射出された。

「おぐっ!」

 鳩尾みぞおちを殴られたかのような衝撃が走った。ほどなくして身体全体が内側から燃えるように熱くなった。
「…ぐぐ…こ、これは一体…?」
 やがて熱は収まった。呼吸を整えて私は自分の身体を眺めたがぱっと見異常はない。手のひらを見ても何の変わりも――

「っておわ!」

 突然、右手のひらの上に黒い火の玉が上がった。まるで手品のようだ。

「どうやら成功したようだな」

 魔王が満足気な声をあげた。
「な…何をしたのよ?」
「余の力をおぬしに分け与えた。その力によって、おぬしの身体を『魔勇者』に作り変えたのだ」
「な、なんだってー!」
 今のがそれかよ!

「ちなみに、こんなこともできる」
「え?何を……ってぐあぁ!?」
 魔王が右手を軽く握ると私の胸に激痛が走った。まるで心臓を締め付けられたような感覚だ。魔王が手を開くと、やがて苦痛は収まった。
「な、何なのよ今の…」
「おぬしに宿った力は余の力。つまり、余とおぬしはそれを通じてつながっている。ゆえに余はおぬしの力をコントロールすることができるのだ。ちょっと応用すれば今のようにおぬしに苦痛を与えることもできるし、その気になればおぬしを殺すことも…」
「…え?ということは…」
「おぬしの命は余が預かった」

 えええええええ!完全に人質戦法じゃねぇかこの野郎…!

「安心せよ…戦いが終わった暁にはおぬしを元の世界に帰してやる。それまでの辛抱だ」
 安心できるか!おのれ魔王!さすが汚い魔王…!

「…本当に戦いが終わったら帰してくれるんでしょうね…?」
 信用できるわけがない。多くのゲームに手を出してはどれも中途半端に完結できないゲーム実況者の更新頻度くらい信用できない。
「もちろんだ。魔の神ファナトスに誓っておぬしを魔勇者として導き、魔族達に平穏をもたらす。そして、おぬしを元の世界に必ず帰してみせよう」
 なんかすごい神の名前が出たが、いずれにせよ選択の余地はないようだ。
「というわけで、おぬしには我が手足となってもらう」
 玉座から立ち上がり、前に出てきた魔王はほくそ笑みながら宣言した。
「よろしく頼むぞ、魔勇者シズハよ」
 そう言いながら魔王は握手を求める手を差し出してきた。
「よ、よろしく…」
 私は露骨に嫌な顔をしながら握手した。これが今の私にできるせめてもの抵抗であった。

 こうして、私は異世界に召喚されて『魔王の』勇者になりました…ガッデム!
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