異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

第一章

魔王の思惑

　草木も眠る深い夜。魔王の間では魔王が未だ就寝することなく玉座にて腕を組んでいた。ほどなくして玉座の横にある小さな隠し扉から山羊の頭の側近がお茶をお盆に乗せて入室してきた。

「魔王様。お茶をお持ちいたしました」
「うむ。すまぬな、ゴードンよ」

　魔王はゴードンに目を向けることなく、右手をお茶の入ったカップに向けた。すると見えない何かがカップを浮かばせ、魔王の右手に届けた。魔王はお茶を一口で飲み干すとカップを見えない何かに運ばせて、ゴードンの持つお盆に届けた。

「…例の計画はいかがでしょうか？」
　ゴードンは顔色一つ変えることなく尋ねた。
「……魔勇者か…」
「私は驚きました。まさか異世界の人間を利用するとは…」
「この計画は正直、賭けであった…」
　異世界から人間を召喚すること。魔王の力を植え付けて『魔勇者』を作り上げること。どちらも魔王にとって初の試みであった。理論上は可能と言われていたが、実行の際はどちらも多量の魔力を消費する。そうそう気安く使えるものではなかった。もし失敗すればただ魔王の魔力を浪費するだけという結果に終わる可能性もあった。

「…しかし、大丈夫でしょうか？」
「…どうした？」
「その魔勇者様ですが、魔王様のことを快く思っておりません」
「…無理もなかろう…彼女も望んでここに来たわけではない」
　彼女は異世界から無理やり召喚されたのだ。はたから見れば誘拐も同然である。魔王はそれを承知の上で実行したのだ。
「だが、余の力を植え付けてある以上、あやつも妙な真似はできぬ」
　静葉に植え付けられた魔王の力。それは魔王自身とつながっている。魔王がその気になればどこにいようとも力を暴走させて彼女を殺すこともできる。脱走や謀反など、ゴードンが懸念するようなことはまず起きないと考えていた。

「…あやつの存在はこの戦局を大きく変える…そのために我らの手で最強の魔勇者を作らなければならぬのだ」
「ゆえにこの好待遇…でありますか…？」
「おぬしにも思うところがあろう…だが、くれぐれも余計な事は考えるな…あやつに害をなすようなことは…な…」
　魔王は横にいる側近に静かに鋭い視線を向けた。
「は…はい！」
　一瞬だけ膨らんだ魔王の魔力に気圧されたゴードンは背筋を伸ばし、返事した。
「夜も更けた…おぬしもそろそろ休むがよい」
「はっ！し…失礼します…！」
　ゴードンは一礼し、隠し扉から退室した。一人になった魔王は溜息をもらした。

「…確かにあやつの命は余が握っている…」

　誰に聞かせるでもなく魔王は魔王は口を開いた。そして自分の手のひらをそっと見つめた。

「…そして、余の命もあやつに握られているのだ…」

　再び腕を組み、眼を閉じた魔王は呼吸を整え、眠るように瞑想に入った。