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第五章
アカフクの薬師
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「大丈夫?」
光の刃をひっこめたリエルは一連の流れを見て呆気にとられていた少女に手を差し伸べた。
「あ…ありがとうございます」
少女はリエルの手を取り、立ち上がった。
「どういたしまして。それより…」
「あ…」
リエルが少女の周りを見ると彼女のものと思われる荷物が地面に散らばっていた。
「ずいぶん散らかされたみたいね。拾ってあげるわよ」
後から駆け付けたビオラは荷物の一つを手に取った。何かの薬品が入った細長い瓶だ。
「これは…薬?」
容器の瓶も中の液体も一般の道具屋に置いてある薬品とは違う。
「もしかしてあなた…薬師?」
リエルからそう聞かれた少女は静かに頷いた。薬師とは薬品の調合を生業とする職業である。
「はい…あと、一応、冒険者です…」
少女はいくつかの瓶を拾いながらか細く答えた。
「へぇー。薬師の冒険者なんて変わってるわね」
ビオラは正直な感想を漏らした。薬師は主に商業ギルドに所属し、アイテム製造の薬品部門を担当する、あるいは自分の店舗を開き、販売する。そのために必要な素材の調達を冒険者ギルドに依頼するのが一般的である。薬師自らが冒険者になるという話は少なくともリエル達の中では聞いたことがない。
「やっぱり…変ですか?」
薬師の少女は恐る恐る尋ねた。
「ううん。そんなことないわ。むしろすごいと思うよ」
リエルは笑顔で答えた。
「そうそう!冒険者ギルドなんて変人のたまり場なんだから。薬師が一人くらいいたっておかしくないって!」
「…それフォローなの?」
ビオラの言葉にリエルは苦笑した。
「それより、さっきの人達は何なの?」
リエルは拾った荷物を少女に渡しながら尋ねた。
「どうせナンパがうまくいかなかったから逆切れしたんじゃないの?」
ビオラは肩を竦めた。
「あの…確かにその…ナンパで声をかけられたんですけど…」
少女はしどろもどろと口を開いた。
「実は僕…アカフクからやって来たんです…デワフ山に行くための準備のためにエキョウに立ち寄ったところで…」
「アカフクから?」
そうリエルから聞き返された少女は突如怖気づいた。その反応に訝しんだリエルとビオラは不思議そうに顔を合わせた。
「アカフクって…クラウディ大陸の北側にある地方よね?」
「そうだよね。確か五十年前に疫病が流行したらしいけど…」
ビオラからその話題を聞いた少女はさらに表情を暗くした。
「あ…ご、ごめん。気にさわった?」
ビオラは思わず謝罪した。
「…ということは…」
「…はい。僕がアカフク出身だと知って彼らは…」
五十年前、アカフク地方ではとある疫病が大流行した。その疫病は感染力も死亡率も高く、人間だけでなく農作物にさえ悪影響を及ぼした。当時からアカフクを統治していたオウカ公国の政策によって地方丸ごと隔離封鎖されるほどに危険な疫病であった。
三年ほどかかって治療薬が完成したことで流行はようやく収まり、隔離も解除され、アカフクは疫病の脅威から解放された。しかし、五十年経った今でもアカフクに対する人々の偏見は強く、アカフクの人間や食品を忌避する者はいまだに多い。アカフク地方を訪れる者の数は疫病が流行る以前に比べて明らかに減少していた。
うつむき加減からわずかに見える少女の表情は辛きの渦中にあるかのようであり、その目じりには涙が溜まっていた。おそらく、先程の男達のような侮蔑を受けたのは一度や二度ではない。リエルはそう推測した。
「…辛かったよね…あなたのせいじゃないのに…」
そう優しく語りかけながらリエルは少女の手を取った。
「あ…」
驚いた少女は思わず手を振り払おうとするが、リエルはそれを止めるように手に力をこめた。
「大丈夫。あの疫病はもうない。そうでしょ?」
「でも…」
「私ね、小さい頃おばあちゃんと一緒にアカフクに来たことがあるの」
リエルは静かに語り始めた。
「自然は美しく、食べ物は美味しかったし、そこにいる人たちは皆いい人だった。五十年前に疫病が流行ったなんてとても思えないくらいにいい所だったわ」
少女は真摯に語るリエルの目をじっと見た。
「今のアカフクがどんな所かは実際に行ってみなくちゃわからない。この薬だって、飲んで初めて効果がわかるんでしょ?」
足元に落ちていた薬を拾いながらリエルは話を続けた。
「誰が何人、どんな前評判を語っても真実を決めるのは自分の目。だから、あんな奴らの言葉なんて気にしないでいいのよ」
「う…うぅ…」
目に涙を浮かべた少女はリエルの胸に飛び込み、嗚咽した。リエルは彼女の頭を優しく抱え込んだ。そして、何も言わずに静かにその頭をなでた。
「よくもまぁ、公衆の面前で…見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうわよ…」
ビオラは気まずそうに頭を掻いた。
「あ…ご、ごめんなさい」
我に返った少女は自分の身体をリエルから引き離した。
「いいのよ。この子はしょっちゅうこんな調子になるんだから」
ビオラが代わりに答えた。
「しょっちゅうって何よ。そんなつもりないわよ」
「はいはい」
リエルの反論をビオラは適当に聞き流した。
「そういえば、あんたデワフ山に行くとか言ってたわよね?」
「え…あ、はい…」
「ちょうどよかった!あたし達もデワフ山に行こうとしてたところなのよ。どうせなら一緒に行かない?」
「で、でも…」
「そうね。一人で行くよりもずっと安全よ。それに、あなたの薬はきっと役に立つと思うわ。行きましょう!」
「は…はい…」
二人の圧に押されて少女は思わずうなずいた。
「あ、そういえば名前教えてなかったわね。私はリエル。こっちの魔法使いはビオラ。あなたは?」
「…アズキです」
薬師の少女はそう名乗った。
「よし!時間もちょうどいいし、どっかでお昼にしましょう。アズキ」
リエルはアズキの手を引きながら歩きだした。アズキは戸惑いながらもそのあとに続いた。
光の刃をひっこめたリエルは一連の流れを見て呆気にとられていた少女に手を差し伸べた。
「あ…ありがとうございます」
少女はリエルの手を取り、立ち上がった。
「どういたしまして。それより…」
「あ…」
リエルが少女の周りを見ると彼女のものと思われる荷物が地面に散らばっていた。
「ずいぶん散らかされたみたいね。拾ってあげるわよ」
後から駆け付けたビオラは荷物の一つを手に取った。何かの薬品が入った細長い瓶だ。
「これは…薬?」
容器の瓶も中の液体も一般の道具屋に置いてある薬品とは違う。
「もしかしてあなた…薬師?」
リエルからそう聞かれた少女は静かに頷いた。薬師とは薬品の調合を生業とする職業である。
「はい…あと、一応、冒険者です…」
少女はいくつかの瓶を拾いながらか細く答えた。
「へぇー。薬師の冒険者なんて変わってるわね」
ビオラは正直な感想を漏らした。薬師は主に商業ギルドに所属し、アイテム製造の薬品部門を担当する、あるいは自分の店舗を開き、販売する。そのために必要な素材の調達を冒険者ギルドに依頼するのが一般的である。薬師自らが冒険者になるという話は少なくともリエル達の中では聞いたことがない。
「やっぱり…変ですか?」
薬師の少女は恐る恐る尋ねた。
「ううん。そんなことないわ。むしろすごいと思うよ」
リエルは笑顔で答えた。
「そうそう!冒険者ギルドなんて変人のたまり場なんだから。薬師が一人くらいいたっておかしくないって!」
「…それフォローなの?」
ビオラの言葉にリエルは苦笑した。
「それより、さっきの人達は何なの?」
リエルは拾った荷物を少女に渡しながら尋ねた。
「どうせナンパがうまくいかなかったから逆切れしたんじゃないの?」
ビオラは肩を竦めた。
「あの…確かにその…ナンパで声をかけられたんですけど…」
少女はしどろもどろと口を開いた。
「実は僕…アカフクからやって来たんです…デワフ山に行くための準備のためにエキョウに立ち寄ったところで…」
「アカフクから?」
そうリエルから聞き返された少女は突如怖気づいた。その反応に訝しんだリエルとビオラは不思議そうに顔を合わせた。
「アカフクって…クラウディ大陸の北側にある地方よね?」
「そうだよね。確か五十年前に疫病が流行したらしいけど…」
ビオラからその話題を聞いた少女はさらに表情を暗くした。
「あ…ご、ごめん。気にさわった?」
ビオラは思わず謝罪した。
「…ということは…」
「…はい。僕がアカフク出身だと知って彼らは…」
五十年前、アカフク地方ではとある疫病が大流行した。その疫病は感染力も死亡率も高く、人間だけでなく農作物にさえ悪影響を及ぼした。当時からアカフクを統治していたオウカ公国の政策によって地方丸ごと隔離封鎖されるほどに危険な疫病であった。
三年ほどかかって治療薬が完成したことで流行はようやく収まり、隔離も解除され、アカフクは疫病の脅威から解放された。しかし、五十年経った今でもアカフクに対する人々の偏見は強く、アカフクの人間や食品を忌避する者はいまだに多い。アカフク地方を訪れる者の数は疫病が流行る以前に比べて明らかに減少していた。
うつむき加減からわずかに見える少女の表情は辛きの渦中にあるかのようであり、その目じりには涙が溜まっていた。おそらく、先程の男達のような侮蔑を受けたのは一度や二度ではない。リエルはそう推測した。
「…辛かったよね…あなたのせいじゃないのに…」
そう優しく語りかけながらリエルは少女の手を取った。
「あ…」
驚いた少女は思わず手を振り払おうとするが、リエルはそれを止めるように手に力をこめた。
「大丈夫。あの疫病はもうない。そうでしょ?」
「でも…」
「私ね、小さい頃おばあちゃんと一緒にアカフクに来たことがあるの」
リエルは静かに語り始めた。
「自然は美しく、食べ物は美味しかったし、そこにいる人たちは皆いい人だった。五十年前に疫病が流行ったなんてとても思えないくらいにいい所だったわ」
少女は真摯に語るリエルの目をじっと見た。
「今のアカフクがどんな所かは実際に行ってみなくちゃわからない。この薬だって、飲んで初めて効果がわかるんでしょ?」
足元に落ちていた薬を拾いながらリエルは話を続けた。
「誰が何人、どんな前評判を語っても真実を決めるのは自分の目。だから、あんな奴らの言葉なんて気にしないでいいのよ」
「う…うぅ…」
目に涙を浮かべた少女はリエルの胸に飛び込み、嗚咽した。リエルは彼女の頭を優しく抱え込んだ。そして、何も言わずに静かにその頭をなでた。
「よくもまぁ、公衆の面前で…見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうわよ…」
ビオラは気まずそうに頭を掻いた。
「あ…ご、ごめんなさい」
我に返った少女は自分の身体をリエルから引き離した。
「いいのよ。この子はしょっちゅうこんな調子になるんだから」
ビオラが代わりに答えた。
「しょっちゅうって何よ。そんなつもりないわよ」
「はいはい」
リエルの反論をビオラは適当に聞き流した。
「そういえば、あんたデワフ山に行くとか言ってたわよね?」
「え…あ、はい…」
「ちょうどよかった!あたし達もデワフ山に行こうとしてたところなのよ。どうせなら一緒に行かない?」
「で、でも…」
「そうね。一人で行くよりもずっと安全よ。それに、あなたの薬はきっと役に立つと思うわ。行きましょう!」
「は…はい…」
二人の圧に押されて少女は思わずうなずいた。
「あ、そういえば名前教えてなかったわね。私はリエル。こっちの魔法使いはビオラ。あなたは?」
「…アズキです」
薬師の少女はそう名乗った。
「よし!時間もちょうどいいし、どっかでお昼にしましょう。アズキ」
リエルはアズキの手を引きながら歩きだした。アズキは戸惑いながらもそのあとに続いた。
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